人間とアイスクリームのきもち
「ありがとうございましたぁ〜」
アルバイトのお姉さんのあかるい声に見送られて、あたしはお店を出た。
ドライアイスさんに寄り添われて、薄暗いカップの中で身を固くしながら、とろとろにして食べられるのを待っている。
急にあったかくなった。
あたしをシングルで買ってくれたお客さんが、自分の部屋に入ったのだ。
ビニール袋が開けられ、カップの中からあたしはそのひとの顔を見上げた。
「う〜ん。やっぱりバニラはいいなぁ」
あたしと見つめ合いながら、二十五歳ぐらいの優しい顔の男のひとが微笑んだ。
「神々しいほどに白くて、周りがちょっともう、とろけはじめてるのが、たまらーん」
あたしは言った。
「おいしく食べてね」
そしてしなを作って、微笑み返す。
「えっ?」
そのひとは微笑んだまま、びっくりしたように言った。
「アイスクリームって、喋れるの?」
「えっ!?」
あたしも微笑んだまま、びっくりして言った。
「あたしの声が、聞こえるの!?」
「うん、はっきりとね。でもこんなの初めてだ。アイスクリームと会話ができるなんて、思いもしなかったよ」
あたしはちょっととろけて、嬉し涙を流したみたいになった。
「あたしも初めて! あたしと会話ができるお客さんなんて……」
「どうしよう」
そのひとは、困ったようだった。
「君を食べちゃってもいいのかな……」
「もちろんよ」
にっこり笑って、あたしは言った。
「アイスクリームは食べられて、とろけて、幸せに死ぬために生きてるんだから」
食べられずに溶けて死ぬのは最悪。
真夏の停電のあの時みたいな思いはもう、したくない。
「じゃ、いただくよ?」
「うん! 最後の最後まで美味しく舐めてね」
そのひとは付属のプラスチック・スプーンじゃなく、輝かんばかりの銀のおおきなスプーンを手に持って、あたしに近づいてきた。
スプーンがあたしを掬う。あたしは空中に持ち上げられ、そのひとの口の中へ──
あったかさでカラダがしびれた。
「どう?」
気持ちよくしびれながら、あたしは聞いた。
「あたし……美味しい?」
「めちゃくちゃ美味しいよ」
彼が幸せそうに笑った。
「こんな美味しいアイス、初めてかも」
「もっと食べて! いっぱいとろけさせて!」
「でも、君ともっと話してみたいなぁ」
「食べながらでもお話はできるわ! とろけながらあたし、話すから!」
「名前、聞いていい?」
「バニラよ!」
「そっか……そうだったね。僕はゆーた」
「ゆーたくん……いい名前」
「ありがとう」
「あっ! そこ! 気持ちいい!」
「もうこんなにとろんとろんだよ、バニラちゃん」
「ああああっ!!!」
気がつくと彼に買われたあたしはぜんぶなくなってて、幸せに死んでいた。
ショーケースの中のおおきなバルクの中のあたしはちょっと寂しくなった。
『また……買いに来てくれるかな……ゆーたくん……』
それから彼を待ち続ける日が続いた。
「いらっしゃいませぇ〜」
アルバイトのお姉さんのあかるい声に迎えられて、ゆーたくんがお店に入ってきた。
「こんにちは、バニラちゃん。また買いに来たよ」
ショーケースの外から話しかけてくれる彼に、氷点下だから嬉し涙は流せなかったけど、あたしは笑顔で答えた。
「遅いよ、ゆーたくん。三日も待たせるなんて」
でもわかってる。仕方がないよね。
『フォーティーワン』のアイスクリームは420円もするから、毎日は買えないんだよね。




