捕らえられた者達
「けほっ」
視界の全てが真っ白くなる。
何も見えない。
あれっ? 瞼が重くなってきた。
意識が遠くなっていく。
「フェル!!」
ロイさ……ま……。
ロイ様は私に向かって手を伸ばしてきた。
私も彼に向かって手を伸ばすがそれはロイ様には届かなかった。
「フェル!!」
ロイ様の焦ったような声だ。
ロイ……さ……ま……。
身体が宙に浮いた気がするが、もう考えることができない。
私はそこで意識を手放した。
ああ、またあの光景だ。
これは、さっきの続きだろうか?
ヴァイスとヒロインが話している。
ヴァイスの目からは涙が流れている。
だが、彼の瞳に映っているのはヒロインではない。
どこか虚ろで遠くを見ているようだ。
ヴァイスがヒロインに話す内容は子供の頃、第一王子の側近候補兼友人としてあの日お茶会に参加したという話だ。
しかし、そこである出来事が起こってしまったのだ。
王子とヴァイス、それにディアナが賊の侵入により捕まえられる。
そして、ヴァイスの目の前でディアナが死ぬって話だった。
「賊の正体は……第ニ王子の派閥の騎士と伯爵だった……今でも夢に見る。 あの日のことを。 あいつらの顔を一度も忘れたことはない」
ヴァイスの声は冷たく低い。 今にもその人を殺しそうな雰囲気が漂っている。
だが、それと同じで消えてしまいそうな雰囲気も漂っている。
そんな様子にヒロインは涙を流し……確かヴァイスのことを抱き締めるんだった気がする。
そこでふと気になったことがあった。
『賊』の正体のことだ。
『賊』の正体は第二王子の派閥だったなら、おかしくなる。
だって、ヴァイスは第ニ王子の派閥だ。
賊の正体を知っている彼がなぜ犯人の派閥に入っているのだろうか?
そもそも、『賊』の正体についてはゲームでは話していなかった気がする。
なのに、今見ている光景はゲームのシーンだ。
私が忘れていただけ?
とりあえず、今は考えるのをやめて、彼らの光景を見るとヴァイスがこちらを見ていたのだ。
そして、あの虚ろな瞳を私に向けていた。
そして、小さく言った。
『間違えるな』と。
ドキっとしたがその光景をどこか他人事のように見てしまっている。
どういうことだろうか?
ゲームではあんなことをヒロインには言わない。
どうして……? これって夢だよね……ん? あれ? 私は今、何をしているの?
「……ルーナ嬢、フェルーナ嬢」
誰かに呼ばれている気がする。
重たい瞼をゆっくりあげると……。
「はっ……」
そこにいたのは美少年二人とツインテールの悪魔でした。
「大丈夫かい?」
美少年の一人こと第一王子、レオンだ。
横になっていた私を彼が支えてくれながら上体を起こした。
「……ええ、大丈夫ですわ」
いや、大丈夫じゃない。
こんなに近い美少年は心臓に悪い。
「それで、今の状況はなんですか?」
そう、私たちは王宮にいたはずなのになぜ今は薄暗く、鉄柵があり、冷たい床の上にいるのか。
私は周りを見渡す。
薄暗いが、私達の子供の背では到底届かないところにある小さな冊子から光が漏れており、周りの様子はよく見えた。
そしたら、近くで倒れている子供を見つけた。
こちらに背を向けて倒れているので、顔は見えなかったが、あの服には見覚えがあった。
「ロイ様!」
最後にロイ様を見たのは意識を失う前だ。
確か……ロイ様に手を伸ばしたが届かなかったはずだ。
私は急いでロイ様の元に駆け寄ろうとすると、それを制された。
「大丈夫。 今は意識がないだけだから」
そう言ったのはレオンだ。
「そうですか……よかった」
その言葉を聞いて安心し、ホッと息を吐く。
でも、それでも心配でレオンの制止をのけロイ様に近づいた。
そして、あの時は掴めなかった彼の手を握る。
暖かい……生きている。 よかった……。
安堵していると、レオンが私に向かって話し始めた。
「それで、状況だけど……見てわかるように、私たちは捕らえられた」
私達とは私を含めた5人だ。
私、ロイ様、レオン、ヴァイス、ディアナだ。
「そして、今いるのは地下牢だ」
やっぱりか……。
周りを見たときにそう思ったが、それだと助けに来るのは難しい。
私の言いたいことがわかったのか、私のところに近づいて来たと思ったら目の前でレオンはニッコリと笑った。
今の状況にはとても似つかわしいその顔に寒気がする。
「なんで……笑ってるんですか?」
「ん? ああ、安心して欲しいと思って」
「安心?」
「お嬢さんが難しい顔をしていたから、不安になっているのかと思ってね。 幼い、しかも貴族令嬢がこんな地下牢に入るなんてことは絶対にないからね」
そう言ったレオンは私を心配しているように言っているのだと思うが、彼も王族なのでこんなところにいるのはおかしいはずなのになぜ、そこまで普通にしていられるのか違和感を覚えた。
「それで、笑顔ですか?」
「そうだね。 私まで不安そうな顔をしていると余計に不安になるだろうと思ってね」
だから、笑顔って……。
逆に怖いわ。
そこで、ふと私達以外会話をしていないことに気づいた。
ヴァイスは無表情でずっと黙っており、その横で彼に黙ってピッタリとくっついた涙目のディアナがいた。
さっきまで、私の顔を覗き込んでいたはずなのに。
「御二方も大丈夫ですか?」
心配で声をかけたが、何も話さない。
それどころかディアナの目からポロポロと涙が溢れていく。
「……ディアナ様」
「ディアナ」
ヴァイスがディアナの名前を呼びギュッと抱きしめてあげていた。
それを皮切りにディアナはヴァイスの胸に顔を当て泣き出した。
「おっおにいざま……わだし、じんじゃうの?」
その言葉にヴァイスは「大丈夫、大丈夫だよ」と繰り返しながら彼女の背中をポンポンと叩いていた。
私とレオンはその様子を黙って見ていた。
ああ、私のせいだ。
私が、ディアナに言ってしまったんだ。
『死んでしまう』って。
幼い彼女には耐えられるはずがない。
嘘だと思った『賊』の話が本当に起こってしまったから。
だから、彼女は不安であんなに泣いている。
「ごめんなさい」
ポツリと彼女に聞こえない声でそう言った。
「大丈夫だよ」
その言葉が聞こえたのか隣にいるレオンからそう言われた。
私のせいで不安にさせてしまったが、ディアナは死なせない。
これはゲームだけど、ゲームではない世界なのだから。
ゲームの彼は言った。
『間違えるな』と。
私は間違えてはいけない。
なんのことかはわからないが、これだけはわかる。
ゲームのシナリオと異なってきていることが。
ゲームでは私とロイ様は捕まっていなかった。
そこがまず違う。
なんとかディアナを死から回避しないと。
いっぱい泣いてスッキリしたのかディアナが落ち着いてきた。
「ディアナ様、ヴァイス様」
「……なによ」
涙声になりながらも、いつものような返事をするディアナに少し安心する。
「不安にさせて申し訳ありません」
そう言って頭を下げたら、二人は驚いていた。
「なんで、君が謝るの?」
「そうよ」
「私が、不要いなことを言ってしまったせいで……」
その言葉を聞いたディアナは「貴方はなにを言っているのよ!」とヴァイスから離れて私の前で仁王立ちになった。
「いいこと! 貴方のせいで泣いたわけじゃないから! 調子にのらないで! だいたい、貴方は前もって教えてくれたじゃない。 謝るのはおかしいわよ!」
涙声でそう言ったディアナの目にはまだ涙が見えた。
「ありがとうございます。 私はディアナ様、貴方を死なせませんわ!」
「当たり前だよ」
その言葉を返したのはヴァイスだ。
「大事な妹なんだ。 死なさないよ」
「お兄様……」
ヴァイスは安心させるように優しくディアナに笑いかける。
それに対してディアナも安心したような顔になる。
「私もみすみす死なせはしないよ」
そう言ったのはレオンだ。
ニッコリと笑いながら言う彼を見たら他の貴族令嬢だったら「きゃー」と言われるだろうと思ったらディアナの顔はひどく怯えたものになっていた。
「ディアナ様?」
「なっなんでもないわ!」
「でも……」
「そっそれよりも今からのことを考えましょう!」
さっきまでと打って変わり目に光が戻ってきた彼女を見て安心するのと同時になぜ、あんなに怯えた顔をしたのか不思議に思ったが、きっと不安で仕方がなかったのだろうと思うことにした。
「そうね……」
「んっ……」
私達がこれからどうするか話し始めようとしたら、隣からくぐもった声が聞こえた。
「ロイ様!」
「ん……」
「ロイ様!」ともう一度名前を呼ぼうとした瞬間に彼が上体を起こした。
そして、周りをキョロキョロした瞬間に……。
「……ハアハアハアハアハアハア」
「ロイ様?」
ロイ様は過呼吸になりながら自分の身体をギュッと抱きしめ、何かをブツブツ言っている。
「……汚い……汚い……汚い……汚い……汚い……汚い……汚い……汚い……」
「ロイ様!」
私が見えていないのか、ロイ様の手を握ろうとしたら払われた。
「僕に……僕に……触るな!!」
今までに聞いたことのないような苦しそうな声だった。
「ロイ様!」
「ロイ!」
「落ち着け!」
皆、ロイ様に落ち着くように声をかける。
ディアナはその様子を離れたところから見ていた。
「汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い」
しかし、ロイ様はさっきよりも混乱している。
「ロイ様!」
諦めずにロイ様に手を伸ばすが
「ハアハアハアハアハアハア……僕に……僕に……触るな!!」
さっきよりも大きく手を叩かれた。
それどころかロイ様の手からゆっくりと魔法陣が現れている。
「危ない、下がれ!」
レオンが焦った声で私たちを背に隠しながら後ろに下がらせる。
「ロイ様!」
しかし、私はレオンの背から前に出てロイ様に近づいて行こうとした。
だが、その腕をレオンに掴んだ。
「危ない。 やめといた方がいい」
「そうよ! 危ないわよ!」
「危険だ。 あの状態のロイはやばい」
レオンの腕を掴む力が強くなる。
その間にもロイは魔法陣を完成させていく。
「汚い、汚い、汚い、汚い、汚い、汚い」
危ないと思うし、怖い。
あの魔法陣の威力を私は知っている。
だけど、私は……。
「離してください。 大丈夫です」
そう言ってレオンに微笑んだ。
それを見た彼は私が、自分の背中に戻ると思ったのだろう。
腕からレオンの手が離れた。
「わたくしは彼の婚約者ですから」
そう言って私は彼らにもう一度微笑んだ。
そして、彼らを背に向けてロイ様に向かって走った。




