自分を取り戻す
この作品は、全て妄想であり、創作です。
私はこの仕事が好きだったし、誇りを持っていた。
勿論、営業成績を上げるのは、しかも常に上位でいるのは並大抵の努力では出来ない。
営業所で気取ってアポ取ったり、紹介を待ってるだけでは出来ない。まさに泥水を何回も飲んで現場を這いずり回り、毎月、容赦無く来る締め切りを、自分の力で修羅場をくぐり抜けないと決して営業力は付かないし、お客に対しての勘も働かなくなる。
それでもこの仕事が、会社が好きだった。高給は勿論だが、苦労に見合うだけの喜びがあった。
お子様達が希望の中学、高校、大学に入る。ご本人からもご両親からもお礼や感謝の言葉がメールや手紙で届く。
はたまた、家庭教師からも佐藤さんが推薦してくれたおかげで、いい生徒さんと知り合えました、勉強になりました、とお礼を言われる。
忙しくて家庭もほっぽりぱなしだったが、息子はいつも超頑張ってるお母さん、いけてるぜ!と言ってくれてた。
でももう私は、自分の見栄と、男からの要求を満たすだけの奴隷となり果てたのだ。
自分が大切に守ってきた聖域を自分の手で犯したのだ。
男と道ならぬ関係になった事も勿論だが、営業でやってはいけない事を何回もやってのけた。
私は見てくれの成績を上げると言う腐れプライドだけ守り、本物のプライドを無くしたのだ。
私はこの仕事でこれからも頑張ってる行けるのだろうか?
そんなある日、また社内で別な噂が立った。
理香子のところに、若くてなかなかの美人営業 -雅子- が、入った。スラリとした脚がかっこよく、タバコを吸う。
雅子の席は丁度、男の前あたりで彼女が後ろ向きだった。
噂の内容は男が雅子に良くライターを貸してくれと言っているが、雅子は振り向きながらわざわざ組んでいた脚を開く。ライターを持って男の脇に行くと男が雅子の脚を必ず触っている。それを同じチームで目の当たりに見てる理香子がお行儀悪い!と、毎日のようにヒステリーを起こしていると言うものだ。
私はその話を聞いてせせら笑った。前の私だったら怒り心頭で何か手立てを考えたろうが、私がはっきり確信を持った清美、理香子に引き続き、前回の告発文の内容もあり、私は完全に男を見放していた。と言うより憎んでいた。失敗すればいいと心から思っていた。その気持ちすらも、今思うと男への情ではあったろう。
会社を辞める気持ちが揺れていた私は、辞める前に男を、何とかやり込めたい気持ちでいっぱいだったが方法が思い付かなかった。
とりあえず、お気に入りのクルマでもパンクさせてやるかっと、カッターをカバンに潜めて男の社宅の駐車場に入った。嫁が不在の時、よくよく何回もここに、飲みに行くから迎えに来いと呼びつけられたものだ。
果たして男の車はあった。しかも男がクルマからなんやら荷物を持って降りるところだった。
よく見たらそれは子供のオムツだった。
あー、そー言えば嫁、ずっと何ヶ月も実家に帰っていると言ってたっけ、つまりお産で帰ってたのかぁ。
私はオムツを持ってふやけた顔で、いそいそと社宅に入る男を見て吹き出しそうになった。
急に憑き物が落ちたように冷静になった。
馬鹿だ。本当に馬鹿な私。いや私達、女だ。
男はしたたかだった。私達、女営業を食い物にして成績を上げ、反面自分の嫁にも妊娠させ、家庭の事もキチンと守っていた。男はこれからもそうやって、利用出来るものは何でも利用して生き抜いて行くんだろう。
男はあと2ヶ月後に転勤だ。本社の出世コースに行けるかは神のみぞ知るだ。
私や理香子はこれから、巻き返しが出来るだろうか?遅くないだろうか?
今は無理でもほとぼりが冷めたら理香子を誘って明るく飲んでみようか。そしてお互いを励まし合おうか?勿論男の話はタブーだ。私達はお互いの情事を知らんぷりが出来るぐらいの大人のはずだ。
私、佐藤惠子、今年で42歳。
まだまだ頑張っていけるよね?
パソコンももっと勉強したいし、趣味の語学もやってみたい。旅行もしたいし息子の入試終わったら2人で、主人の海外赴任先にも遊び行ってこようか。
いやその前に美容院で髪を綺麗に染めてエステにも行く。自分を取り戻すのだ。
精一杯、この2年間の自分の愚かさを反省....
男の嫁にも私の主人にも息子にも、私を信じてくれているお客様達にも心の中でお詫びするのだ。何回も。
そして、忘れてしまおう。前に進むために。
男に苦しんだ私の話はこれで終わりです。
作品に出て来る企業、登場人物にモデルはありません。
全て筆者の想像です。




