(15)
「面白かった……! このゲーム……終わらせるのが惜しいぞ……!」
振り向いた時、その形相が変わっていた。おとなしく優しげな面が、鋭く冷たい玲瓏なものに変化していた。ぞっとする妖美さが漂い始める。額の血文字がくっきりと、「支配するもの」という意味にすり替わっていた。マーリンはぐいと袖で血を拭う。
「一体誰がこのわたしをマーリンなぞと思っておるのか。クックッ……そこの愚か者どもらは、まだマーリンという男のことを親族だの血族だの思っておる。マーリンという男など、はじめからどこにもおらんわ!
アファルトル……お前を生ましめ、皇太子にしたのはこのわたし。そして、わたしの思うとおりに、そこな男を連れて来おった!」
マーリンの姿のショウリーンは、その指をアスランに向ける。アスランは目を見開き、そして、眉を寄せる。
「オレを知っているのか?」
「知っているもなにも……お前はマルロスから何も聞いてはいないのか? お前の師マルロスはわたしの旧仇よ。にっくきマルロスの封印せしめた龍を解き放ち、やっとの思いで手に入れたのだ。七百年かかった!」
ここまで持ってくるのは一苦労だったぞ」
ショウリーンは含み笑う。
「お前のそのあざとい古の王にも報いることができる。そいつはこのわたしを封印できると信じておるわ。アスラン、お前の主に考えが甘いと諭してやれ。やれるものなら、とっくの昔にマルロスがしておったとな。
だいたいわたしはお前に仇なすためだけに、この国を作り、そして強大にしていったのだ。そこにおる奴らはこのゲームの駒にすぎん。用があるのは、古の王、お前だけだ」
「な……!?」
アファルトルは叫ぶ。激昂し、ふるふると目元が引きつる。
「それでは……母も父もそのために殺したのか!? 膨大な人間たちもか!」
ショウリーンは凍えるような視線をアファルトルに向け、「それがどうした? たかが人間。後から後から意味もなく生まれ来る塵芥のような存在ではないか」
「許さぬッ!!」
アファルトルは血を吐くように叫んだ。
「それがあのマーリンでもあったものの言い草かっ!? うぬにそのようなことを吐く資格はあるのか!?」
ショウリーンは嘲るように笑う。
「マーリンとはわたしのショウという人としての姿。それ程に気を悪くしたか? 悪趣味な女だ。お前はああいう男を信用するのか? クックッ、それは気の毒なことをしたな」
アファルトルは信じていた。かつては忠実な家臣であったはずのデュクサル=マーリンを。しかし、その変貌を目前にし、初め驚愕であったものが怒りとなり、冷静に寛大に保とうとしていた心に、熱い溶岩のような怒りが沸き立ち、それはたちまち心頭に達し、彼女の理性を焼きつくした。
彼女のポーチのなかに隠れ潜んでいたミルトは敏感にその怒りを察知し、たまらずポーチから顔を出した。その途端、周囲の邪気をもろに受け、クラクラと昏倒し、うっかりポーチから落ちてしまった。タスクは驚き、ポーチから身を乗り出す。
怒りで我を忘れたアファルは手に持った破邪の杖を投げつけようと構えた。
それを見たタスクは、「あっ」と叫び、槍のように投げられた杖を追い、その向かうところに気づかなかった。杖はショウリーンの見えぬ障壁によって弾き返され、床にカランと落ちてしまった。杖に追いついたタスクは怖気立つ悪寒にはっと見上げる。小さなタスクはその闇の力によろよろとよろめいた。しかし、杖に必死で縋り付き、「これは駄目だよ! 近寄っちゃ駄目だ!」
「タスク……!?」
アファルは我に返り、叫び、ポーチを探る。二匹ともいない。足元にミルトがうずくまっている。
「タスク! 戻ってくるのだ!!」
ショウリーンは杖にすがりつく小さな生き物に気づき、足で一踏みにした。汚らわしげに眉を歪め、にじみ広がっていく血の海から、杖を拾い上げる。
「うおぉぉぉぉ……!!」
アファルが吼えた。嚇怒し、人を殺せるほどに目元を剣に歪め、歯牙を剥いた。
「貴様……もはやマーリンとは思わぬ!! その忌まわしい体が灰になるまで、決して貴様ごときに慈悲も垂れぬわ!!」
そして、傍らにいるサバナムの剣を手に、居合とともに踏み込んだ。
ショウリーンは蔑むように鼻で笑うと、指を軽く振った。がくんと彼女の体は氷付き、あまりの唐突さに手のなかの剣を取り落とす。カラカラと虚しく剣は床を滑り、アファルトルは血を吐くような呻きを上げた。ショウリーンは哂笑すると、手にとった杖に目をやる。その彫像に目を細め、意外な美しさに感嘆のため息を漏らす。
「リュリスか……うまくできている。しかし、所詮おもちゃだ」
手に持った杖がバリバリとふしくれ、細切れに裂け、千切れ飛び散った。




