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白き子  作者: 藍上央理
最終章 金の神
40/50

(8)

 アスランの目が歪む。嫌悪を露わにする。

 アファルトルは食い入るように都市を見つめ、その中心部を見据える。

 タスクとミルトはちょろちょろとアファルトルの肩に駆け上り、そして、眺める。大きな瞳が不安げに揺れる。

「さて……行こうか」

 アファルトルはつぶやき、一歩を踏み出す。杖を握りしめる手が、白くなるほど力を込めて。しかし、不安や恐れを感じる余裕を振り捨て、ただ賢明にその目的を達成することだけを考えて。それはまるで獅子に飛びかかる一匹のネズミのようなもの。昇る陽に金髪が照らされ、眩しく輝き上がら、風にはためく。彼女はネズミなどではない。彼女もまた一匹の獅子。先行きの期待なども表さず、ただ貫くのみ。突き進むことを決意した顔。しかし、あらゆる策略図がその頭のなかで様々に練り凝らされていく。




 今や、ラ・ルマリアンは目前にそびえ、アファルトルたちを阻んでいる。門戸は固く閉ざされ、何人の出入りも許さない。そこは金の長の領地の門、南門だった。

 アファルトルは何やら壁際を探り始めた。そして、まもなく石壁のひとつを取り外し、小さく丸めた紙を取り出した。素早くそれを開く。書面をざっと読み下すと、思案気に目を細めた。

 アスランは壁に手を当て、彼女とは別の何かを思いついたようだ。簡単にぼこりと石を取り外してしまうと、仔ネズミを呼び、穴の大きさを確かめる。アファルトルはアスランの考えを察し、足元の雪を払い、硬く黒い大地をむき出しにする。杖の先細りで、ぐいぐいとラ・ルマリアンの図を書き、皇居の平面図を描く。そして、さらに詳細に精密に自室の位置を記す。

「タスク、手伝どうてはくれぬか。わたしの力となってくれぬか」

 タスクは不安そうに、アファルトルを見つめたが、力強くこくりと頷いた。ミルトはビクリとし、タスクにすがりつく。その小さな頭に銀色の指輪が、王冠然と乗っかっている。アファルトルはそれをつまみ、

「今からそなたらに取ってきてもらうものは、わたしにとって命より大切なもの。わたしの頼みだ。諾と言うてはくれぬものか」

 ミルトは困ったように彼女を見、兄を見つめる。タスクが高く、「チー」と叫ぶと、いやいやミルトは頷いた。

「助かる。この図をよく覚えていっておくれ。この門は南の金宮きんのみやの領地の出入口だ。まっすぐ突き抜けていけば良い。神殿にそなたらを気遣うものはおらぬはずだ。あそこで行けるものは神官のみ。あれは多分そなたらを見ても……」アファルトルは、は少し考え、「とにかく目立たぬようにしておれば、誰もそなたらに気づかぬだろう、唯一、白き子のみ信じよ。彼の者は味方である故」

 タスクはじっとアファルトルを信頼した目で見つめたまま、縦に首をしきりにふる。

「手は元のままか?」と尋ねると、タスクはよく見えるようにその小さな手を掲げ、にぎにぎと動かしてみせた。アファルトルは微笑み、私の部屋の書き物机の下に隠し扉がある。そのなかに玉璽と文書を隠しておる。それを取ってきて欲しいのだ。そなたらにわたしの密使となってほしい」

 タスクは甲高く鳴くと、地面に描かれた図をまじまじと三つ目、妹を引っ張って、穴の中へすり抜けていった。それを見届けると、アファルトルはおもむろに肌着を引きずり出し、ビリビリとその裾を引き裂く。ナイフで指に傷をつけ、たどたどしく白い布切れに赤い血が鮮明ににじみ、アスランがかろうじて読み下せる古語でもって、何かを書き連ねる。元の穴ぼこのなかにそれを押しこみ、石を詰める。傷ついた指をくわえ、先ほどの文書をアスランに手渡すと、「それを燃してはくれぬか。残念なことだが、わたしは魔法が使えぬ。それを早めに処分してしまわねばならぬ」

 アスランはそっと文面を覗く。

『敬

 万事整い候。地のみ起こせし候えど、他ならず。如何。

 デュクサル足下』

 手引きするものがいる。そして、味方するものはおそらく一名。どうするつもりなのだろうと、アスランは懸念する。しかあし、それもほんの一瞬。すぐに火を灯すとその存在を消し去った。



 

 都市の壁の隙間から小さな体を滑り込ませた兄妹は、きょろきょろと辺りを見渡した。人がいっぱいいる。森とは全く違う。木々の代わりに石の壁がそそり立ち、大地をも覆っている。か細い幹の木が弱々しく立ち並んではいたが、恐ろしく自閉した、死につつある臭気を放っている。遠くから、微かに子どもたちの嬌声が聞こえてくる。揚々と詩歌を歌っている。目のまえに広がる光景とは根本から意味を異にする、優しい歌。それが何の違和感もなく詠われている。仔ネズミたちは四つん這いに走り、物陰に潜む。単なる大通りだが、二匹には地平線が望めるほどの石の大地。まるで人技ではないように、びっしりと石塊が敷き詰められている。その上に金文字でルーンが描かれ、二匹は無意識にそれらを避けて走り去る。

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