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白き子  作者: 藍上央理
第二章 追放者
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 十八歳になった最近、アシュトルーンは当時のことばかり考えている。おそらく自分はリーアン候の跡を踏襲することになるだろう。あと十年かそこらで後継が決まったとき、もしもラグナロクがまだ独身でいたら、この自分がラグナロクに求婚するのだ。

 アスランとラグナロクの進展をうかがっていると、いつの間にかそんな思いが胸の内を駆け巡っている。周りのものは、ラグナロクが選ぶのは当然アスランだと決めてかかっている。そんななかこんな風に考えてしまうことは不謹慎だろうか……アシュトルーンは後ろめたさを感じるが、そんな不遜な考えもそれほど無茶なものではないのではないかと思えてくる。

 四大臣の地位は非常に高い。その息子の自分もそれほど低い地位にいるわけではない。充分花婿候補になりえる。けれどあからさまに求婚したとなれば、ラグナロクを困らせてしまう。ラグナロクは一途にアスランを愛しているのだから……

 アシュトルーンは自分の思慕とラグナロクへの気遣いの間に挟まれて身動きとれない。

 ラグナロクと会えば会うほど、話せば話すほどその思いは強くなり、胸が苦しくてたまらなくなる。早く自分の気持ちの行きつく先を決めたかった。

 それとなくアスランにラグナロクとのことを決着つけるように勧めてみたり、ラグナロクとアスランが二人きりになるように図ってみたり、自分の首を絞めるようなことを懸命にやってみた。他にも美しい宮女との恋にいそしんでみたりもした。新しい恋人とキスをするたびに、相手の顔に悲しそうなラグナロクの顔が重なる。

(別に浮気してるわけじゃないんだから!)

 後ろめたさを押し切って、それ以上の行為に及ぼうとすると、どうしても肝心なものが役に立たず、逃げるようにその娘の部屋から出て行くことになる。そのおかげでアシュトルーンは不名誉なあだ名で呼ばれるようになった。

 それもこれもアスランの煮え切らない態度のせいだ。

「ぼくのほうはイヤなあだ名までつけられても、ラグナロクを思いきろうとしてるのに!」

 持っている羽ペンを全部へし折ってやりたい気持ちでアスランを怨んでみたりもした。なかなかはっきりしないアスランとラグナロクの関係に一番やきもきしているのは、アシュトルーン自身なのだ。





「あんた、ラグナロクのことはどう思ってるんだ?」

 それは、アスランがラ・チニルに出立する前夜だった。ちょうど別れを惜しんで、アシュトルーンが用意した酒を二人で隠れて城の酒蔵で飲んでいるときだった。酒の勢いがアシュトルーンの舌を滑らかにしていた。

「どうって……?」

 酒がまわっているせいか、アスランもいつになく受け答えを惜しまない。

「ほら、好きだとか嫌いだとか」

「なんでそんなことを聞くんだ」

「なぁに言ってんだよ、あんたな、自分がなんて言われてんのか知ってんか」

 もちろん宮女たちはアシュトルーンのみならず、アスランまで自分たちの噂の格好の餌食にしている。アスランはそんなことは知らなかったが、ちらりと耳にはさんだアシュトルーンのあだ名を思い出し、ぐいとアシュトルーンを引き寄せると、ぼそりと彼にだけ聞こえるようにつぶやいて見せた。とたん、アシュトルーンの顔が火を噴いたように真っ赤になる。

「なな、なんであんたがそんなこと知ってんだよ!」

 アスランは声を押し殺して苦しそうに笑っている。アシュトルーンはバツの悪そうな顔をする。

「あんただって『やらずの太陽神』ってよばれてんだよ」

「おまえよりかは、まぁ……マシだな」

「ああ! そうだね!」

 アシュトルーンは悔し紛れに果実酒をあおる。少しむせながら言う。

「ラグナロクはね、月の女神ルナにかけられてんのさ」

 この世界、タシュトリアン(物質界)には想像上の神がいる。太陽神アスランと月の女神ルナもそうだ。

 

  二人の神は同じ母神から生まれた。ある日、月の女神ルナが森を白い雌シカに乗ってかけぬけようとしていた。ちょうど そこに居合わせた太陽神アスランはいたずらに石で雌シカを打って、女神を転ばせた。そのとき、太陽神は妹である月の女 神に恋をする。不意をつかれた女神は兄と契りを結び、時の神を生むのだ。


 その寓話をもとに宮廷の小鳥たちは、アスランとラグナロクにかけているのだ。

 アシュトルーンの言葉を聞いたアスランは一瞬真顔になったが、すぐににやりと笑う。

「そうだ。やらずの太陽神とは俺のことだ。だがな、やらずの、だ。俺はそこまで節操なしじゃない」

 片手に持った果実酒の瓶を口に含み、ぐいぐいと飲みほした。

「動揺してるだろ?」

 アシュトルーンはニタニタ笑いながら、アスランの肩をつつく。アスランは突然アシュトルーンの腕をつかんで引き寄せる。

「現世の太陽神と月の女神は絶対に結ばれないんだ」

 アスランはそう言うと、ぐいと片手の瓶の口をアシュトルーンの口にねじ込み、無理やりのどに注ぎ込んだ。アシュトルーンはその後のことを全く覚えていない。


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