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白き子  作者: 藍上央理
第二章 追放者
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(5)

 アスランは、ラ・チニルの旅以前から、自分に付きまとっている白カラスの存在に気づいていた。彼が今回のラ・チニルでの調査をある程度終わらせ、アシュトルーンと一献交わしたいと思い始めて、足をラスグーに向けた時も彼の頭上を白カラスが飛び去った。アスランはそれが何者か知っている。そのカラスを見るたびに苦々しいものが胸に広がるのを感じる。彼はそういった感情を常々完璧に振り切らねばならないと感じている。自分が古の王であると知ったときから、必要以上に制限を組み敷いてきた。いかにそれが自分の思いと違っていたとしても。古の王であることが怖かった。いまだに信じることができない。真実を告げられた時も冗談かと思ったくらいだ。

 師マルロスも古の王だった。マルロスは介在者として時を止められ今でもどこかを遊歴している。アスランの師を慕う気持ちが、古の王であった彼を父と慕う気持ちにすり替わっている。母、ラグナロク=ティトゥールはマルロスとの不義を疑われて黒の王に殺された。アスランは混乱している。人でない自分。しかし、ラグナロクの兄でもある自分……血のつながりが関係あるわけではない。古の王が求めているのか、自分の思いが求めているのか……

 自分の意志とは関係なく、運命が何かを決定してしまうのが、何より恐ろしかったのだ……

 アスランは徹底的に誘惑を避けた。門兵に制止された時、彼は城に戻らずに済むと内心ほっとした。それなのに当の本人が迎えにやってきた。彼女を見ると心が異常に動揺した。意識の奥底から彼女を求める声が聞こえてくる。それが自分の意識とは違うことをアスランは知っている。それが何より恐ろしい。

 アスランはラ・チニルへの旅を最後に自分の今後の行く末を決めようと決意した。彼はその旅の途中、北の国ラ・ルーに関する耳を疑うあやしい噂を仕入れた。ラスグーに還ってからも彼の考えはますます固まっていき、次の旅の行き先はラ・ルーであると決心してしまっていた。そのことをアシュトルーンに話すと、アシュトルーンは声を荒げて怒鳴った。

「なんだって? ラグナロクは、どうするのさ。彼女にもしものことがあったらどうすんの? それに彼女になんて説明すんのさ! そうだよ、誰が彼女を支えてやんの? もうちっと、殿下さまって言う自覚はないのかよ!」

「そのころには誰かがラグナロクの旦那になってるよ。おれの心配することじゃない。

そうだ、おまえが彼女を支えてやればいい」

 それを聞いたアシュートルーンは頭に血が上る。

「むむ、無責任なこと言うな! だだ、だれがラグナロクの旦那、だよ! あのなぁ……ラグナロクが承知するわけないじゃないか!」 

「あいつは王たる者の責任を私情で放棄する女じゃない。うまくやるよ」

「アスラン! そりゃないだろう! ラグナロクの気持ちを知っててそんなこと言うのかよ!

「ラグナロクは今だって十分あんたを尊重してるんだぜ?」

 アスランはため息をつき手を振る。

「もうよそう……こんな話は気が滅入るばかりだ」

 アシュトルーンは興奮して肩が震えていたが、数回深呼吸しやっと気持ちを落ち着かせた。

「そうだな……これきりあんたにこの話しを振るのはやめるよ」

「そうしてくれ」

 二人はこの後も長々と話をしたが、話し始めた時よりも盛り上がらずに終わった。ラグナロクの持ってきてくれた酒も効果がなく、ただ水のように二人は飲み干すばかりだった。





 ラスグーを含む五つの大国では、今、北国ラ・ルマリアンの悪い噂でもちきりだった。砂に囲まれた孤城、ラスグーの首都ルチアも例外ではない。街角で思いだされたように同じ言葉が繰り返される。

「ラ・ルマリアンがまた血を求めている」

 ラ・ルマリアンの邪教や魔法兵団のことは、侵略された地方の貿易船や貿易商隊が自然ともたらしてくる。人々はそれを耳にして目の前の直接知ることのできないラ・ルマリアンについて恐怖するのだ。

 ラスグー以外の四国は何度も使者をラ・ルマリアンに送りつけたが、全員ラ・ルーの森で息絶えた。

 唯一ラスグーのみ先走らず情勢をうかがっていた。最初魔道師を使者に立たすか、隠者で入国させるかでもめた。しかし魔道師であろうと上級のものしか瞬間移動を会得しているものがおらず、たいがい老体しかいなかった。唯一のものはラグナロク。だが、国王を使者に選ぶわけにもいかず、計画は行き詰っていた。

 最初、使者の役目がアシュトルーンにふられた時、正直彼は(とんでもないね)と思った。

(一体だれが空間移動するんだって? 一体だれがラ・ルーの森を抜けるだって? アスランでない限りそんな物好きいるはずないよな)

 確かにアスランならラ・ルーの森を抜けられそうだ。彼の古の力が、森の妖精たちに影響するだろうから。たいていの妖精たちはアスランに敵愾心を抱かない。そのせいもあり、アスランの妖精に関する知識は豊富といえる。アシュトルーンはそのことをよく知っている。アスラン自身がその知識を惜しみなく分け与えてくれるからだ。

 それでもアシュトルーンではまだ不適任であるという答えを、魔道の塔の長老会がかえしたので、アシュトルーンを使者に立たすという役目は取りやめとなった。




 ラグナロクはその魂を地上に縛り付けられた体から切り離した。魂は輝きながら、その形態を白カラスのそれへと摸していった。次の瞬間、彼女は大空にはばたき、大気の中に躍り出た。頭を北に向け、ラ・ルマリアンを目指す。気流に乗り、彼女の小さな体が浮き上がる。はるか下方にラ・ルーの森が見える。こうして眺めてみると、この森の壮大なことがわかる。だいたいの見当をつけてもどこからどこまでがラスグーなのか、他の国なのか。

 国境なんてない!

 白カラスになった彼女は先を急ぐ。実体ではない。幻に近い。彼女のその姿を見ることのできる人間は、数少ない。

 ラ・ルーを過ぎ、はるかはるか北に奇妙な形の都市を見る。雪が降り積もり、針葉樹がところどころに立ち生えている。とても広大だが、とても寂しいところ。なにもない場所。閉ざされた箱庭。

 ラグナロクは思いきって都市の真上を飛んでみる。封印はされていない。結界も張られていない。もっと近づいていける。もっと……都市の中心部に向けて、彼女は急降下していく。

 いきなり、ラグナロクの体が凍りつく。寒さからではない。目の前に男がたっているからだ。真っ白い服を着た男。その男が邪悪な笑みを浮かべ、ラグナロクへ手を伸ばした。

 握りつぶされる!

 その瞬間。白カラスは元の体に引き戻される。急な帰還は体力を異常に消耗させる。確かにもうラスグーのドラス城の彼女の自室なのだが、あの生々しさがいまだに目前に迫ってくる。

(あれはだれ?)

 あの男がいる限り、あの都市に入ることはできない。これで何度目だろうか。そのたびにあの男はラグナロクの前に立ちはだかり、彼女に命の危機感を与えた。あれほどの魔力の持ち主は大賢人マルロスくらいしか思いつかない。あれがかの大神官なのだとしたら……噂の魔力も本物なのだろう。ラグナロクは慄然とする。

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