第三話
ピチチチチチチ チュンチュン
「あ・・・もう朝か、目覚まし止めなきゃ。」そう思って、手探りで携帯を探す。だが、いくら探っても携帯が見つからない。って、そもそも俺鳥の鳴き声なんか目覚ましに設定してたっけ・・・?
久しぶりにうつぶせで起きたなぁ、などと思いながら眠い目を開けた。
「・・・へ?」
俺はどこに来てしまったんだろう。俺は・・・森の中にいた。なぜだ・・・。まだ夢の中にいるのだと思いたいところだが、さっきの扉の夢よりも状況がリアルだ。夢の中でこれほど空気が澄んださわやかな朝は未だに体験したことがない。
「いったん落ち着こう、これは夢だ・・・夢なんだ。」そう自分に言い聞かせるものの、迷子になった時のような孤独感があふれ出す。
だんだんと冴えてきた目で周りを見回してみた。たくさんの木々がたっているが、少し姿勢を高くするとどれも自分と同じくらいの高さで、まるで自分の身長が急に伸びたような感じだ。それに、正面の物を見ると、自分の鼻先が目に入る・・・ん?鼻先?な ん て 重 大 な も の を 見 落 と し て い た ん だ !
恐る恐る自分の鼻先に触れ・・・え?二度目です。この衝撃。
なんと自分の指に鉤爪が!?しかも鱗まで生えてる・・・。自分が人間でない生物になった夢なんて、これまた初めての経験だ。
まずは、昨日寝る前までのことを思い出そう・・・うん、何も思い出せない。これぞ頭の中の消し・・・っなんて考えてる場合じゃない!しかし、いくら思い出そうとしても、自分が寝て変わった夢を見たことしか覚えていない。しかも夢の内容は霧にでも包まれたように思い出せない。俺、物事の思い出し方を忘れました。
しばらくいろいろ考えた末、仕方がないから少しだけ歩いてみる事にした。
のっそりと体を起して少し歩くと、波の音が聞こえてきた。森を抜けると、広い砂浜に出た。
「うわぁ。」
思わず声をあげてしまった。そこには、どこまでも壮大で透き通った海が広がっていた。こんなに美しい景色、写真でしか見たことがない・・・。
すぐに波打ち際に駆け寄り水をすくう。とても冷たい海水が気持ち良い・・・って、もうここまできたら夢じゃないとしか認めるしかない。
「よ・・・よし、この水を飲んでしょっぱいとか感じたら、現実と認めよう。」そう思い、海水を口に近付ける。未だに現実とは思いたくない心が強く、ものすごい抵抗があった。
・・・普通に海水でした。しょっぱかった。
途方にくれながらも、自分は何になったのか確認しようと思った。さっきまでは恐怖で見ようとも思わなかったが、今ならそれを現実として受け止める準備はできている・・・つもりだ。
俺は心変わりする前に振り返った・・・。
これは・・・!思わず息をのんだ。鱗が生えてる時点で少々想像はしていたが、本当だったとは。
俺はドラゴンになっていた。体にびっしり生えた鱗、その色は透き通った水色の海とは対照的な、どこまでも深い青色だった。太陽の光を反射して美しく輝いている。いくらでも飛んでいられそうな、たくましく、でもどこか繊細な翼。優雅に風に流れる馬のたてがみのような毛は、見たところでは背中から尾まで生えていた。おそらく頭のあたりから生えているんだと思う・・・。俺を一時的なナルシストにさせるほど美しいその体は、自分にはもったいないような気もした。
なんだかとても嬉しくなってはしゃぎ回った。俺自身、ドラゴンは嫌いではなかった。むしろ好きな方だった。まるで夢のようだ。そうまるで・・・。
「ユウト~!」
突然かけられたその声で、俺は現実に引き戻された。
振り返ってみると、そこには誰もいな。ただ、茶色い犬?がいた。もしかして・・・。
「なに不思議そうな顔してるの?僕の顔に何かついてる?」
しゃ・・・しゃべった。こんなのアニメとかの世界でしか見たことない。しかも相手は俺のことを知っているようだ。さっき名前まで呼ばれたし・・・。
「あのぉ、申し訳ないけど・・・君の名前は?」
今となっては、本当に申し訳ないことを尋ねた気がするが・・・。こんな状態なんだ。許しておくれ。
「僕はファズ。オオカミです。・・・って、ユウトひどいよぉ、名前ぐらい覚えておいて~。」
あぁオオカミだったのか。こちらに来て孤独を感じていたが、自分には友達がいたのか。ということは、もともとは俺じゃない誰かがこの体にいたということになる・・・いや、考えるのはやめよう。なんだか考えてはいけないような気がする。
そのあと、ファズにたくさんのことを尋ねた。ファズと出会ったのは約一年前で、この島(ここは島であるようだ)に何らかの理由で流れ着いたファズを俺が助け、そのあと面倒を見たことから仲良くなったらしい。その他いろいろなことを尋ね、全て聞き終えるころには太陽が頭上まで昇っていた。ファズから見れば突然軽い記憶喪失を起こしたドラゴンだったろうに、嫌な顔一つせず全ての質問に答えてくれたことに心から感謝した。
「気にしなくていいよ~。だって、僕ら友達でしょ?」
俺がお礼を言うと、そう言ってくれた。なんてかわいらしいオオカミだろう。君がいればどんなに寂しくてもやっていけそうだよ、ほんとに。
こうして俺の異世界ライフはスタートした。