1-6
長らく更新出来なくてすいませんでした。
待っていてくれた方、そうでない方にも楽しんで頂けたら嬉しいです。
家を出てから、深く眠ることは出来なかった。
いつも緊張を強いられて、僅かなの音でも目が覚める。その筈だったのに。
スッキリとして目覚めてみれば、隣で寝ているはずのリーがいない。
リーはどこ?
側を離れはいけないと言い聞かせていたのに。
慌てて起き上がり、隣の部屋へ続く扉を開ける。
そこに、リーはいた。
閣下の膝の上で絵本を読んでいた。
前髪をピンで留めて、大きな金の瞳をキラキラさせながら私を見た。
「おかぁさま、おはようなの!」
膝を飛び降りて私に駆け寄る。
ご機嫌な様子で抱きつかれた。
「ああ、おはよう、リー。側にいなくて心配したわ。」
久しぶりに陽射しを浴びている額にキスをする。
「おなかがぐーって、なにかないかなぁって、そうしたら、おとぉさまがいたの!」
興奮状態でまくしたてているが、中に聞き捨てならないものが含まれていた。
『おとぉさま』……『お父様」!
「おとぉさまとごはんたべて、それからりーのたからもの、みせたの!」
血の気が引く。
おなじ目の色だから勘違いしているの?
ああ、なんて事。
「リー違うのよ!よく聞いてちょうだい、この方はーーーー」
「リーナ、良いんだ。私が父親だと言ったんだ。同色の瞳に顔立ちも似ているだろう?」
髪をあげたリーと閣下。瞳は勿論だが、他のパーツも所々似通っている。同じ血が流れていると思えば当然なのかもしれない。
「しかしっ!」
「リーナ、君は選ぶことが出来たのか?どちらも選べないそれが答えではないのか?ならば私が選ぶ。例えばこんな設定だ……療養中に手を出して孕ませた酷い男が、母と子を見つけて悔い改めて愛を請うた。リーがいる以上、早く結婚してしまったほうが良いだろう。まずは、3人で友愛から始めないか?それが君たちを守る盾となるはずだ。」
唖然とするしかない。
一夜明けたら私の選択肢は無くなっていて。リーは閣下を父と呼んでいて。3人で『愛』を育もうと言う。
これを拒んだら城に連れていかれて、本当の父親に押し付けられるのだろうか。そして、城の奥で雁字搦めで飼い殺しになるのか。ゾッとする未来しか見えない。
「閣下は、、、閣下はそれで良いのですか?穢れた女に、子どもまで。あなたが私達を守る義務は御座いませんでしょう?」
「ではリオンの所に行くか?リーが王家の庇護の下にあるなら、私はどちらでも構わない。」
どうなんだ、と鋭い金の瞳に貫かれた。
ああ、そうなのか。
閣下は3人でと言っていたけれど、私はその枠に入っていないのだろう。リーを手元に置ければそれで良いのだ。
そう、理解した。
結局の所、私はリーのおまけで乳母みたいなものなのかも知れない。
「女」を求めないから、穢れていても問題はない。
閉じ込められる場所が公爵邸に変わるだけ。それでも城にいるよりも自由に違いない。
この人は私に微塵も興味を持っていないのだから。
「ーーーー閣下の提案を、、、いいえ、閣下、多大なご迷惑を掛けると思いますがリーの事、よろしくお願い致します。……1つだけ、お願いしたい事が御座います。」
「なんだ?」
「もしもこの先、閣下に愛する人が出来たなら私と離縁して下さいませ。私はリーを連れてグランシェスに戻ります。国内に留まるのならば問題はないのでしょう?家には兄もおりますし、金の瞳を持つリーは歓迎されるでしょう。閣下の許可なくリーを何処にもやりません。」
「……婚姻する前から離縁の話しか。」
眉間に皺を寄せて、大きな息を吐き不快を露わにした。
「これは契約結婚なのでしょう?ならば最初に意向は話しておくべきだと思うのです。閣下に愛する人が出来て、その方にお子が出来たら?愛する人を妻と呼び、自分の跡は本当のお子に継がせたくなるのではないでしょうか。その時の為に、はっきりさせておくべきだと思うのです。」
考えるべきはリーの身の安全。
邪険にされるだけならまだしも、公爵の跡目争いに巻き込まれ、危険に晒されないようにしておかなければ。
怖いけれど、金の瞳を正面から見つめる。王族に対しての礼儀も何もかもかなぐり捨て、母親として立ち振る舞わなければなるまい。これから夫婦として過ごすのであれば、これぐらいの意見ができなければ対等ではいられないだろう。言いなりの人形になるつもりはない。リーの為に否が応でも意見していく。これが最初の一歩になるはずだ。
しばらく互いに探り合っていたが、最初に視線を逸らしたのは閣下だった。
視線を下に落とした。
「もともと婚姻する予定も子どもを作る予定もなかった。この先もないと断言出来るが、君がそれで安心出来るなら約束しよう。」
安堵して吐き出しそうになった息を飲み込む。何の話しをしているかわかっていないだろうリーを覗き込み、微笑んだ。
「リー、船を降りたら髪を切りましょうか?もう隠す必要がないもの。」
キョトンとして、それからリーは嬉しそうに笑う。
「もう、ごっこあそびはおしまいなの?もう、もとにもどっていいの?」
「そうよ。もうおしまい。リシャールの勝ちね。」
2人でにこにこと笑い合っていると、閣下が慌てて口を挟んだ。
「待て、リシャール?それは、男の名前ではないか。」
2人で慌てた金の瞳を見返す。
「リシャール、お父様にご挨拶を。」
するとリーはピンと背筋を伸ばし、練習の通りに胸の前に手を当てて、紳士の挨拶する。
「はじめまして、おとぉ様。リシャール シオン グランシぇスでしゅ。4才になりました。」
閣下は一瞬惚けて、それから私に厳しい目を向けた。
「どういう事だ!女では、ないのか。」
私は気にもせず、閣下に微笑んで見せる。
「私、女とも男とも言っておりませんわ。閣下が勘違いなさっただけです。」
「こんな格好をさせていたら、誰もが女だと思うだろう!」
確かに、リーは淡いピンクのワンピースに濃い茶色の編み上げブーツを履き、肩まである髪を2つに分けて結んでいる。どう見ても小さな女の子。
「どちらの国の風習でしたかしら。小さい頃に女の子の格好をして過ごすと厄除けになり、身も心も強い子に育つと聞いた事がありましたので、それに習っただけです。リーは、愛称ですの。」
しれっと言い放った。
捕まった時に男と女では扱いが違うのではないかと打算が働いた。男は後継ぎとして奪われるかも知らないが、女は所詮家を出される身。いらないと者として扱われ可能性が高いと思ったのだ。
リーには誰かが本当の事に気がつくまでの遊びだと話していた。女の子になるごっこ遊び。気がつかれなければリーの勝ち。私が髪を切ろうと言ってもリーの勝ち。
思っていたよりも早く勝負がついたけれど、最強の手札が手に入ったから良しとする。
「本当に男なのか!?」
見た目、可愛らしい女の子だ。
信じきれないのもわかるのだが。
「……おとぉさまは、おんなのこのほうがよかったにょ?」
焦って聞き質す閣下を見て、リーは瞳に涙を浮かべていた。
それに気がついた閣下は、ハッとしてリーを抱き上げる。
「そんな事はない。ただ、女の子だと思っていたからびっくりしただけだ。」
今に涙が溢れそうな目元にキスをする。
「ほんとょに?」
「ああ、本当だよ。だからリシャール。私の息子になってくれるかい?」
「う、はい!」
リーはとても嬉しそうに笑って返事を返した。
もう、後戻りは出来ない。
私はこれから公爵夫人として公の場で、彼らと対峙しなければならない時が来る。その時の為に、強くならなければ。
読んで頂きましてありがとうございました。