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69話:魔物使いの責務

お待たせしました、69話更新です!

「はーい! みんなこっちに入ってー!」


 夕暮れの中、ギルド「パルセノビースト」の魔物宿舎へ夥しい数と種類の魔物達が、ギルドの一員らしき女性に誘導されていく。


(……すごいな)


 その様子を眺める俺は、ただただ驚嘆していた。

 メルツェルが従える魔物のその数、ではなく、魔物達がご主人様以外の人間の言うことに従っていると言う事実に。


 魔物使いは魔物を、信頼という繋がりで従えていると聞く。

 だが、あの魔物達が信頼を結ぶ相手は、ご主人様であるメルツェルの筈だ。

 そうではないあの女性の言う事を、魔物達が聞いている理由はただ一つ、あらかじめメルツェルが「彼女のいうことを聞く様に」と命令したからに過ぎない。


(命令したのはメルツェルだけど、それだけで他人に言うことを聞かせられるのか? ……聞かせられるんだろうなぁ、魔物使いの頂点っていうのも頷ける)


 他人にあっさりと魔物の命令権を譲り、かつ魔物もそれを受け入れる――きっと、レナータちゃんでさえその様な芸当は不可能に違いない。



「こんなにたくさんの魔物……。メルツェル先生、今日はどちらに向われたんですか?」

「うん? ああ、ここ数日はグシャロ山の調査に出掛けててね。いやー足場も悪くて移動も大変だった。でもきっちり成果は上げてきたよ。地図と、グシャロ山に生息する魔物を何種類か手懐けてきたんだ」

「魔物――新種ですか!?」

「うーん新種ではないかな。でも、魔物使いの国では未だに飼育されていない魔物だよ」


「……!?」


 その様子を眺めていたレナータちゃんとメルツェルの会話に、またも驚愕し、めまいすら起こしそうになる。

 魔物を、手懐けた?

 人間に対して絶対的な敵意を持つ、外の魔物を?

 一体どんな手段を取れば、そんな事ができると言うのか。



(リアーネさんとは違った意味で規格外だ……)



 百獣使いのメルツェルは、間違いなく魔物使いの国の英雄だろう。

 この世界で最も多くの魔物を知り、飼い慣らす、賢者にして大群体の総司令官。

 この人に相談すれば、エリーちゃんの抱える悩みも解決できるかもしれない。




「なるほど。レナータさんはエリーさんが相棒と一緒に強くなれる方法を、僕に聞きに来たんだね?」

「はい。メルツェル先生がとっても忙しいのは知ってます、けど、どうかお願い出来ませんか?」


 魔物達の誘導が終わり、俺たちはモンスターフード加工工場にある一室へと招待された。

 どうやら、ここがギルドの長でもあるメルツェルの自室らしい。


 魔物使いの国ではおなじみの魔物と一緒にいられるような、随分と広い間取りの部屋だった。

 しかし、広い内観に対して物品などはほとんど配置されておらず、あるのは一つの大きなテーブルと、いくつかの椅子のみである。


 魔物の邪魔にならないために置いていないのか、あるいはメルツェル自身この部屋をあまり使用してはいないようだった。


「おっ、お願いするのだー! あたしはジンクスが……ビックリマウスでも人の役に立てるってことを証明したいのだー!」

「チュウチュウ」(お願いします、といった感じの重低音)



 レナータちゃんがメルツェルを訪ねた理由を話し、エリーちゃんとジンクスが頭を下げる。


 俺たちはメルツェルにとって予定外の客である。

 たしかに彼に教えを乞えばエリーちゃんの悩みは解決するかもしれないが、彼自身がそれを良しとするかは全く別の事柄であり、一番の問題でもあった。



「――ああ、もちろんいいとも」

「ほ、ほんとですか!」

「ありがとうございますなのだー!」


 エリーちゃんとジンクスの1人と1匹に視線を移した後、メルツェルは快諾してくれた。


「確かに僕は忙しい身だけど、レナータさんには迷惑をかけちゃったからね。嘗ての師としてちゃんと謝らないといけないと思ってたんだ」

「え? 迷惑って――」

「モウモウ牧場爆破事件だよ。僕のギルドに属してる人間が暴走した挙句、レナータさんまで巻き込んでしまった。本当にすまない、遅すぎるとは思うけど謝罪させてほしい」

「い、いえそんな!」


 そうか、イヤミューゼはいわばメルツェルの部下みたいなものだったか。

 それなら今回のおねがいはメルツェルにとっては謝罪のための絶好の機会にもなるわけだ。

 

「――エリーさん、それじゃあさっそく始めようか」


 こうして、百獣使いのメルツェルによる個人レッスンが幕を開けた。



 メルツェルは着ている服のポケットから、小さな何かを取り出す。

 それは俺にとっては見覚えのあるものだ。

 レナータちゃんが戦う時に取り扱っている、植物の種と同じものだ。


「セス、セノン、植物よ(プランテット)成長せよ(ボーン)強大に堅牢に(ギガクト)その身に力を充填し(ヴォドロード)壁となれ(ノプレスウォー)


 メルツェルは植物魔法を詠唱しながら移動し、その種を部屋の一角にある砂場へと埋め込んだ。

 かなり長めの詠唱だ、ということはメルツェルもまたレナータちゃんと同じように植物魔法を使える才能があるのだろう。


 ズズズズ……と植えた種が成長を始める。

 それは決して破壊されないように、慎重に、鈍重に大きくなっていって――堅牢な蔦が壁のようにエリーちゃんとジンクスの前に立ちふさがる。


「練習用の蔦の壁だ、ちょっとやそっとじゃ燃えもしないし壊れない、コレを相手にエリーさんの実力を見せてほしい」

「わかったのだ! まずはあたしからっ……!」


 むんっ、とエリーちゃんは構える。

 メルツェルの表情は変わらない、優しく見守るような、深く観察するような眼差しを向けている。


 そうして一息置いて、エリーちゃんの身体が僅かに動いた瞬間―――

 

「――――かっ!!!」


 その姿は消えて、蔦の壁に拳を叩き込んでいた。

 ド、ゴ、という破壊音とともに岩の如き蔦の壁はたわんできしむ。

 エリーちゃんの一撃を受け止めきれていなかった。

 次の一撃があるのなら、確実に破壊されるだろう。



「ガファー……」(すっげぇ……)


 その凄まじい光景に、俺は思わず呆けた声が漏れる。

 あのレベルの植物魔法の壁は、このマンティコアのパワーをもってしても破壊できないだろう。

 俺だったらまず毒針を使うようなソレを、力尽くで突破するとは……。


「ふむ……。それじゃあ次は相棒の魔物で攻撃してみてほしい」

「わかった! ジンクス、ええっと――そうだ、炎の魔法だー!」

「チュウっ!」


 一方、メルツェルはその光景を目にしても眉ひとつ動かさなかった。

 そのままエリーちゃんへ指示を飛ばすと、彼女は一端蔦の壁から離れてジンクスへ魔法を使うように言う。

 ……植物だから火というのは分かるけど、屋内で躊躇なく炎の魔法を使わせるのはどうなのだろう。

 一応、消火できるように水の魔法でも唱える準備でもしておこうか。

 


「チュチュ、チャー!」


 ジンクスが勇ましく声を上げると、目の前には人の子供くらいの大きさの火球が三つほど生み出された。

 火球はまっすぐにツタの壁へと飛んでいき、着弾する。


「効いてないみたいだね……」

「ガウガウ」(出力がちょっと弱いな)

「チュゥ……」


 ジンクスの火球蔦の壁を焼き尽くす事なく、ボシュ、と消えてしまった。

 俺とレナータちゃんが火力のなさを指摘すると、ジンクスは少し落ち込んだようだ。


「むぐぐ……! ジンクス! 使える魔法を片っ端からぶっ放せー!」

「チュチュっ! チュゥゥゥ!!!」


 エリーちゃんは焦ったようにジンクスへ他の魔法を使うよう指示を出す。

 雷の槍、氷の刃、風の砲弾、水の鞭、多彩な攻撃が次々と蔦の壁へ打ち付けられる。


 人間の魔法使いは一つの魔法を極めることにこだわるが、魔物はそうではないらしい。

 これだけの複数の種類の魔法を、よく扱えるものだと俺は感心した。


 しかしそれも、その尽くが通用しない以上は意味が無いとも思えた。


「チュゥー……」

「ジンクス、ほかに使える魔法は――」

「チュウチュウ」

「もうないかー……」



 魔法による猛撃が終わった後、エリーちゃんはジンクスに問いかけるものの、ジンクスは体を横に振って否定した。

 ジンクスが使える魔法はこれで打ち止め、一方の蔦の壁は依然としてエリーちゃんの拳以外のダメージを負った様子がなかった。



「お疲れ様、エリーさん」


 エリーちゃん達の実力を測り終わったらしい、メルツェルは彼女達にもう十分だと告げた。


「メルツェルさん、どうだったのだ? あたしばっかりが強くって、どうしたらジンクスと一緒に強くなれるのだ?」

「そうだね――」


 不安そうにメルツェルに尋ねるエリーちゃん。

 一方のメルツェルは、そんな彼女にはっきりと――


「残念だけど、僕から君に教えられる事はないんだ」

「え」

「今の君に僕が戦い方を教えても、君とジンクスは絶対に一緒に強くはなれない」


 ――無理だと、断言するのであった。





「エリーさん、ここからが重要な話だ。落ち込んでいる場合ではないよ」

「え……わ、わかったのだ……」


 ずずーん……と涙目で落ち込むエリーちゃんに、メルツェルは続けて声をかける。



「メルツェル先生、どう言う事ですか? エリーとジンクスが強くなれないって……」

「うん、その理由をいまから話すよ。エリーさんはね、戦い方を教える前に「学ぶ」必要があるんだ」


 落ち込むエリーちゃんをみて、心配したレナータちゃんがメルツェルに問いかけると、彼はそう答えた。


「エリーさん、君はビックリマウスという魔物の事について、どれだけのことを知っているかい?」

「ビックリマウスについてー?」


 ジンクスの飼い主たるエリーちゃんに、メルツェルはそんなことを問いかける。


「えっと、ネズミ型魔物の中では最大の大きさで、カラバーヤ平原に7、8匹の群れで暮らしてる。ムゲンモロコシが主食で――」


 学校の授業は苦手なエリーちゃんだが、ことビックリマウスの話題となると、饒舌になれるらしい。

 まるでネズミ博士のように、ペラペラと自分の中にある知識を語り出す。


「正解だ。ここで重要なことはビックリマウスは群れで暮していること、そしてーーエリーさん、ビックリマウスは「戦闘を行う場合、どんな手段で戦う」かな?」

「うぇ? 肉弾戦は点でダメだから、魔法を使って戦うぞー?」

「うん、もっと正確にいうと?」

「せ、正確に、いうと……。個体毎に得意な魔法が違ってるから、防御や攻撃の役割を分担して、集団で魔法戦を行うのだ」


 なんと、ビックリマウスはそこまで賢い魔物らしい。

 個体毎に得意な魔法が違うし、役割を分担するなんて、人間に匹敵する知能ではなかろうか。



「大正解、それではエリーさん。君の相棒のビックリマウスは、一体なんの魔法が得意なのか答えられるかな?」

「そっ、それは……その……」

「そこが不正解であり、君が学ぶべき部分だね」


 そして、ジンクスの得意な魔法という質問をメルツェルがぶつけると、とたんに歯切れが悪くなるエリーちゃん。



「エリーさん、君はジンクスの主人でありながらジンクスが「何ができるか」を完全に把握していないね?」

「うっ……」


 メルツェルの今の質問で、俺は彼がエリーちゃんになぜ「一緒に強くなれない」と言い放ったのか理解できた。

 ようするにエリーちゃんは知らないのだ、相棒のジンクスが、どんな魔法をどこまで使うことができるのかを。


 思えば先ほどの力試しの時もそうだ。

 エリーちゃんがジンクスに魔法の指示を出した時、ずいぶんと曖昧で、大雑把な支持であった。

 まるで使えるものが有れば使えと言わんばかりである。


 ちゃんとジンクスの特性を把握していれば、即座に蔦の壁に対して有効な魔法を使うことができただろうに、彼女にはそれができなかった。



「君自身が魔法を使うのが不得手なせいでもあるんだろう。だけど、魔物使いは魔物の力を全て引き出すことが責務だと僕は考えている。それを怠っている今の君じゃあ、戦術を教えたところで意味はない」


 それこそが、彼女が相棒と共に強くなれない根本的な理由だった。



「それじゃあ、あたしはどうすればいいのだ……? 魔法なんてよく分かんないし、あたしは全然使えなないのに……」

「エリーさん。だからこそ、「学ぶ」必要があるんだよ」

「学ぶ……?」

「相棒がなんの魔法が得意なのかを確かめたり、新しい種類の魔法を覚えさせるために、魔法のことを勉強するんだ。たとえ、君自身が魔法が使えなくても知識として学ぶ事はできる、そして学んだ知識を相棒に伝える事もできる」


 メルツェルが語る事は、言うは容易いものの実際には非常に難しいことである。

 魔法は、適正のあればあるほど理解しやすいものであるが、適正のないものにとってはとことん理解しがたく、理解しても大したモノは使えないのだ。


 理解のできない魔法を覚えようとするほど時間の無駄になる、だから魔法使いは覚えにくければさっさと諦めて、自分に適正のある魔法を探そうとする。


 エリーちゃんはきっと、魔法の適性が全般的にないのだろう、戦士タイプの人間には良くある事だ。

 俺のように、自分の使える魔法をいつまでも探しつづけ、一つ一つの魔法の習得に時間をかける苦行を、メルツェルはエリーちゃんにやれと言っているのだ。


「そんなの、あたしなんかに……」

「それができれば、君たちは何だって出来る様になるかもしれないよ?」

「えっ?」

「魔法が弱いのも「適性がないから」なのか「練度が低い」からなのかは僕にも分からない。もし後者なら、いずれ強力な魔法が使えるようになるだろう。もし前者だとしても、必ず他に得意な魔法が存在するはずだ」


 しかしメルツェルは、それこそがエリーちゃんの可能性なのだと語る。


 ジンクスがなんの魔法が得意なのか分からない以上、何ができるかなんて分からない。

 けれど確実に存在するのだ、ジンクスが得意な魔法、ジンクスにできることが。


 それが治癒や転移の魔法だったりすれば、もしかすると、彼女達は戦う道を選ばなくともいいのかもしれない。


「というわけで僕からエリーさんに言えることはただ一つだ。「君たちはまだまだ伸び代がある」。それを伸ばすために自分を磨いてみたらどうだろう?」

「伸びしろが、ある……」


 メルツェルの言葉を受けて、エリーちゃんはうつむく。

 提示された道は決して安易な道ではない。

 自分が魔法を使えないのにもかかわらず、ジンクスに魔法を教えるためにソレを学ぼうというのだ。

 並の人間なら、途中で投げ出すか、そもそも手を付けもしないだろう。



「…………」

「チュゥ……」


 ジンクスはご主人様を心配そうに見つめていた。

 自分が、ご主人様に苦手な事をさせてしまうのを心苦しく思っているのだろうか。



 だが、彼女は自分の苦手な事を克服しようと決意している。

 苦手な戦いから目を背けずに、向き合う事ができた人間である。

 だから――


「あたし、魔法も勉強してみるぞー! ジンクスの力、みーんな引き出してみせるからな!!」

「チュ……! チュウチュウっ!」


 ――だから決して、エリーちゃんは逃げ出したりはしないのである。

 その強い宣言を聞いて――ジンクスもまたご主人様にどこまでもついていかんとばかりに、元気よく鳴いて見せるのであった。

今回の解説

ムゲンモロコシ:ビックリマウスの主食で、繁殖力が物凄いトウモロコシ。もし仮に野生のビックリマウスが絶滅した場合、この世界がムゲンモロコシで覆いつくされると言われている。

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