68話:百獣使いのメルツェル
お待たせしました、68話更新です!
魔物使いの国と外の世界をつなぐ門、その南側にある門まで辿りつくまではそう時間がかからない。
俺がレナータちゃんを乗せて、エリーちゃんがジンクスを背負って走ればあっという間だ。
ちょっと字面がおかしいのは愛嬌という事で一つ。
……そう、エリーちゃんの怪力が凄いのは周知のとおり今更驚くことではない。
これから俺が目にする光景と比べれば、むしろありふれたものですらあった。
「ガウッ……?」(なんだ……?)
翼を振るって飛んでいく中、視界に違和感を感じる。
違和感の原因は目的地、南門。
数多の魔物の侵入を防ぐため巨大な壁、夕日に照らされて巨大な影と化しているそこが「盛り上がっている」ように見えた。
(あそこだけ変な形になって――っいや違う!? 壁の上に何かがいるのか!?)
盛り上がった影はまばらに蠢いており、ソレが壁の形ではなく、何らかの生物が動いている事を如実に示していた。
(まさか、外の魔物が攻めてきた――?)
つい最近遭遇した、ワイバーンの群れが空を覆うあの光景を思い出してぞくりとする。
人間の国を囲う壁は大概の魔物の侵入を防ぐ、だがそれも完璧ではない。
極々稀な事だが、群れるなどして力をつけた魔物が攻めてくることもあるのだ。
距離が離れているせいで、アレが何の魔物なのかは分からないが……間違いなく魔物が群れている。
「あれって……!ティコ、急ごう!」
「ガ、ガウッ!」
その光景を見たレナータちゃんの顔色が変わった。
やはりただ事では無いらしい。
あれだけの数の魔物を俺達だけで追い払えるのかと悩みつつ、俺は翼をさらに強く振るって南門へ急行する。
(くそっ、メルツェルは大丈夫なんだろうな!?)
俺はこの時、翼を振るいつつも嫌な想像が頭の中に湧き上がっていた。
メルツェルが今日帰って来るはずの場所と時間に、魔物の群れが現れた。
だとすれば、メルツェルはあの群れと鉢合わせになる可能性も十分にあり得る。
そして群れがこの国へ来ているということは、すなわち……。
いや、嫌な憶測はやめよう。
今はとにかくあそこへ向かわないと!
「ガゥ、グルル……!?」(嘘、だろ……!?)
南門へたどり着いた俺は、ただひたすらに――驚愕していた。
魔物達に蹂躙される人々を見て、恐怖したわけでも、憤慨していたわけでもない。
そもそも、そんなものは最初から起きていなかった。
例え、南門が多種多様の魔物の群れで埋め尽くされていたとしても。
「きゃーっ! メルツェルさまー! こっち向いてー!」
「キシシシシュッ……」
百獣使いのメルツェルの名前を叫んで、今にも駆け出しそうな若い女性がいた。
彼女の目の前には、その背丈の三倍はあろうかという巨大な蟷螂の魔物――フォレストマンティスが両手の大鎌を振り上げていた。
大鎌が女性を引き裂くまで1秒もかからないその光景、だが決して大鎌は振り下ろされる事はない。
何故ならば、このフォレストマンティスは、ただ単に目の前の女性が主人の元へ押し掛けないように、立ち塞がっているだけなのだから。
「ラッキー! 生の百獣使いが見れるなんて!」
「魔物さん、いっぱいいるねお兄ちゃん!」
兄妹が、魔物の群れに囲まれていた。
それはバチバルと呼ばれるワシ型の魔物。
成人男性の半分ほどの背丈で、空を飛ぶ種のなかでは大型の部類だろう。
それの主食は屍肉であるが、獰猛な彼らは生きている子供の魔物にも集団で襲いかかり、食らい尽くすという。
「触ってみても良いのかな? よしよし」
「クエッ」
「気持ちいの? えへへ……」
だが、バチバル達は幼い2人に襲いかかる事は決してなかった。
それどころか、妹の差し出した手の平に甘えるように頭をすり寄せていた。
「うわうわうわー! ちょ、ちょっとどけー! 足の踏み場というか、ジンクスを落としたらみんな潰れるぞー!?」
ジンクスを持ち上げたままのエリーちゃんは、足元に群がってきた様々な小型の魔物達に焦っていた。
彼女の腕力ならまだまだ余裕があるものの、万が一ジンクスをおっことしてしまえば、足元にいる彼らは無事ではいないだろう。
しかし、エリーちゃんの声を聞いた瞬間に、波が引くように魔物の群れは彼女から距離を取った。
「お、おおう……。じゃあジンクス、おろすぞー」
「チュウ」
まるで、ここにジンクスを下ろせと言わんばかりの行動である。
魔物が跋扈する南門には、それに付随する筈の恐怖というものが存在しなかった。
それは即ち、コレが野生の魔物の群れなどではなかったことの証左であった。
(これが、百獣使い――)
強力な酸性の体液を吹くアシッドスライム、一つ目に映る生命を全て破壊しようとするサイクロプス、誇り高く決して人間を近づける事などしないナーガ、闘争本能の塊と揶揄されるウルフへジン、どいつもこいつもマンティコアに匹敵するくらいの危険な奴らが――
――ただ一つ「主人の元へ余計な人間を近づけさせない」という命令に従い、秩序を伴って、行進しているのである。
こんな事があり得るはずがなかった。
魔物達が元来持ち合わせていない「秩序」という概念を身に付けさせることが魔物使いの本懐だとしても。
(レナータちゃんでさえ、3匹の魔物を従える時点で天才扱いだっていうのに……!?)
100匹を超える魔物達全てを完璧に統率できる個人が存在しうるなんて、あるはずが無いのに。
「いたっ! ……けどやっぱり人が集まりだしちゃってる。あのーっ! メルツェルせんせぇーーーっ!!!」
「――? おや、僕を先生と呼ぶのは……もしかして、レナータさんかな?」
俺の背にのるレナータちゃんは、群れの中心に立つ1人の男に向かって大声で呼びかける。
ソイツは極めて穏やかな態度で、かつての教え子の声に反応する。
冒険に適した、頑丈で破れにくそうな若草色の服を着込んだ、若い男。
落ち着き払いつつもその眼光は決して気をぬいていない。
温厚そうな顔つき、その下にある肉体派無駄なく鍛え上げられていることが服の上からでも確認できる。
その佇まいは、ソイツの若さに反して老練の冒険者そのものだった。
周囲に群がる夥しい数の魔物を「居て当然」とばかりに自然体に振る舞う様は、ある種異様な雰囲気を発していた。
もちろん、この男にとってこの光景は異常でもなんでもないのだろう。
「はいっ、お久しぶりです! レナータです!」
「は、はじめましてー! エリーです! レナータの友達ですー!!」
彼女達の挨拶に、男は手を振るった。
魔物に対する合図だったのだろう、魔物の群れはとたんに真っ二つへ裂けて、2人と2匹が通れる道を空けてくれた。
「うん、久しぶりだね。そしてエリーさんは初めまして。僕はメルツェル。「百獣使いのメルツェル」の名前なら、きっと知ってるだろうけど」
百獣使いのメルツェル。
その二つ名は比喩でもなんでもなく、百の魔物を従える、魔物使いの極点に与えられるものなのだと、俺はこの時初めて知ったのであった。
今回の解説
二つ名:この世界では、建国の英雄と、それに並ぶ程の実力者に対して二つ名が自然と付けられる。現在の魔物使いの国ではリアーネとメルツェルの二人で双璧を成している。




