46話:今日の敵も今日の友達へ
お待たせしました! 46話更新です!
ついにシャーロットとの因縁に、終止符が打たれます!
「ばっかじゃないの、アンタ本当にバカよ、バカバカバカ……」
今朝の激戦が終わり、放課後まで時間が経った。
レナータちゃんの机に顎を乗せ、ふくれっ面をしたシャーロットはブーブーと文句を垂れ流している。
「シャーロット、いい加減しつこいぞー。戦い終わってから放課後までぐちぐちと……」
「うっさいわねアンタに言ってないわよ脳筋ちんちくりん。私はレナータに――いだだだだだ!?」
「だぁれがちんちくりんだって?」
「あははは……。エリー、シャーロットちゃんの頭がミシミシいってるし、ほどほどにしてあげてね?」
それを咎めるエリーちゃんに向かって、うっかりエリーちゃんのスタイルを揶揄してしまったシャーロットは、哀れアイアンクローの餌食となった。
おお……エリーちゃんの赤いツインテールが炎の如く怒りで揺らめいている、どうやら彼女は自分のスタイルがちょっとコンプレックスらしい。
(ふわぁぁ、シャーロットはよくレナータちゃんに絡んでくる元気があるなぁ。朝の戦いで疲れて、今日はあのレナータちゃんですら授業中に爆睡してたっていうのに……)
トマトのように頭部を握りつぶされかけるシャーロットを呆れ半分に見ながら、俺は「くああ」と大欠伸を一つ。
魔物使いの学校は今日もいつも通りに授業をやっている。
朝の決戦も学校からしてみれば、いつも行われている生徒間での私的な決闘にの一つに過ぎないらしい。
全力で戦ったばかりだというのに俺たちは碌に休ませてもらえず、少し体が動くようになったら直ぐに授業を受けさせられたのだ。
まあ、俺は授業を受ける側じゃないんだけどね。
そう思って、眠気に敗北直前のレナータちゃんやシャーロットをよそにぐっすり眠ってたら、エンリルにガブリと噛まれましたけどね!
なんで俺を噛むのかなぁ、授業とか関係ないのに……鼻が痛い。
「あがががががが!? ごめん! ごめんってば!」
「……ちゃんと反省するんだぞー?」
「する! するから!!」
「キュウキュゥ!?」
おおっ、エリーちゃんの怪力の前では流石のシャーロットも耐えられないらしい、えらい素直に謝っている。
……毎度のことながら、あのちっこい体のどこにあの馬鹿力があるのだろう?
見た目に不釣り合いな怪力を持つ人間は、戦士の国にたまにいるらしいってのは聞いたことあるけど、ひょっとするとエリーちゃんにはその血筋が混ざってるのかもしれないな……。
痛みに耐えかねての謝罪ではあったが、ご主人様の危機にココが泣きそうになっているので、エリーちゃんも仕方なく開放することにしたようだ。
「まったく、言葉には気を付けろー」
「あったたたた……。――バカレナータ! まだ話は終わってないんだからね!」
「って間髪入れずにレナータに突っかってるし!?」
「凄いねシャーロットちゃん。私なんか今日はもうヘトヘトだよぉ」
アイアンクローから解放されたシャーロットは、流れるようにレナータちゃんに突っかかっていく。
その姿にレナータちゃんは気分を害すどころか逆に感心するほどだ。
まあ、バカみたいにバカバカとしか罵倒できない辺り、シャーロットのアレは空元気だろう。
「ふ、ふんっ! 感心してる場合じゃないんだからね! ――これは大いなる損失よ! 魔物使いの国は今っ、重大な人材を喪失しようとしてるのよ!!」
「そんな大げさだよ……」
なぜか一瞬だけ顔を赤らめたシャーロットだったが、すぐまた眉を寄せて、ビシリとレナータちゃんを指差す。
オマケに大いなる損失、重大な人材などという大仰な言葉が飛び出してきて、レナータちゃんもちょっぴり呆れ気味だ。
「大げさじゃない! いい? 確かに今朝の戦いじゃあ私が勝ったけど、だからってアンタはぜんっぜん弱くなんてないの! 寧ろ前のアンタよりずっと強くなりそうなのにっ……! それを「戦いに向いてないから」って理由で、相変わらず戦わない職業を探そうとしてるし、ビーストマスターズ出場も結局辞めるし……ちょっとはその力を活かそうとか、もったいないとか思わないの!?」
だんっ、とシャーロットはレナータちゃんの机を両手で強く叩く。
再戦の約束を果たしてなお、シャーロットは満足していなかった。
どうにも、あの戦いでレナータちゃんが出した結論が納得できないらしい。
二人がした約束を果たすための決闘で、レナータちゃんが勝利を求め、全力で戦い、結果敗北した末に確かめることができた一つの結論。
それは「レナータちゃんは戦うことが好きではない」という事実だった。
もっと正確にいうなら、彼女は勝つか負けるかのギリギリの戦いでも、敗北しても、はたまた勝利しても、「大して心が動かない」のである。
戦う時は終始真顔で、負けた直後すら悔しがる素振りがまるでなかったのがその証拠。
レナータちゃんにとっては戦いとは義務的なものでしかなく、好きでも嫌いでもない。
故に自分は戦いに向いていない、と彼女は結論付けたのである。
「シャーロットちゃん、確かに私は「戦いに向いてない」って言ったけど。それは別に、昔とくらべて弱くなったから諦めたってわけじゃなくって――」
「知ってるわよ! いや確かに最初は勘違いしてたけど! アンタがもう自分を弱いだとか、戦うことが怖いだとか思ってるわけじゃないってことくらい!」
「――え?」
レナータちゃんが「戦いに向いていない」と言った意図を説明しようとしたが、シャーロットは既に理由は知っていると言う。
てっきりシャーロットは、自分が臆病になって、戦えなくなってしまったことに対して怒っているものだと思っていたから、レナータちゃんはその言葉に驚く。
「知ってるけど、わかんないのよ。私にはぜんっぜん分からない……。アンタは私と戦って、何にも感じなかったってわけ……? 私にとっては、全身全霊をぶつけ合って、どっちが勝ってもおかしくない、最高の戦いだったのに……」
「シャーロットちゃん……」
シャーロットの声音がだんだんと沈んでいき、ついにはがっくりと項垂れる。
今にも泣き出しそうな姿に、レナータちゃんも声を失う。
ああ、そうか。
彼女にとって、あの戦いは楽しい時間だったのだ。
実力の近い相手と全力で戦うことが楽しくて、負ければ悔しくて、勝ったら嬉しい、それが当たり前なのだ。
でも、そう思っていたのは自分だけで、レナータちゃんはそうではなかったという事実が、受け入れられなかったのか。
「っ」
「ねえレナータ、アンタほんとうに何とも思わなかったの? アンタは何にも感じないの――?」
顔を上げたシャーロットの目には、ほんの少しだけ涙が滲んでいた。
それを見たレナータちゃんは苦しそうに言葉を詰まらせて―――
「――――勝利した瞬間の、相手が勝つために今までしてきた努力を踏み躙る優越感とか! やるかやられるかの命のやり取りの中で味わうスリルとか! 惨敗してメソメソ泣いてる相手を見下して、えもいわれない快感で背中をゾクゾクさせたりとか! そういう戦いの楽しさを全然感じないわけ!?」
「戦いの楽しさってそんな倒錯的な感覚なの!?」
捻くれに捻くれた、シャーロットの言う「戦いの楽しさ」に、思いっきりツッコミをいれていた。
いやいやいや、シャーロットよ、戦いの中でそんな感覚を見出すのは人としてどうかと思うぞ……。
「うわー、うわー……、お前も変態だったんだなシャーロット……。攻撃をワザと受けまくるタクマとは別方面の変態だー……」
「ちょぉぉっとまったぁ!? 今俺サラッと変態扱いされてない!?」
当然レナータちゃんもエリーちゃんも、あと俺もドン引きである。
タクマが何か言っているけど、今はお前と関係ない話してるから引っ込んででくれ。
「へ、変態じゃないわよ!? こんなの普通でしょ普通!」
「普通じゃねーよ!」
「アンタは黙ってなさいこの変態ドМ男! ココ! ブレス!」
「キュッ! ―――カァッ!」
「だれが変態ドМ男だぁぁぁ――――!?」
タクマはココのブレスに吹き飛ばされ、教室(三階)の窓からフェードアウトしていった……。
まあタクマだし大丈夫だろう。
「余計な邪魔が入ったわ。それで話を戻すけど、アンタは本当にあの戦いで燃え上がる何かを感じなかったの? 相手を心の底から屈服させたいとか」
「シャーロットちゃんは嗜虐心が燃え上がってるんだね……。うん、残念――でもないけど、私はただ勝つ事を考えて動いてるだけ。シャーロットちゃんみたいに心の底から戦いを楽しんでなかった」
「―――そんな理由で、アンタは戦いを辞めるわけ!? ビーストマスターズで優勝することも! 偉大な魔物使いとして外の世界で戦う名誉も、全部諦めちゃうの!? それだけの力はあるのに!」
シャーロットは信じられないといった表情で、レナータちゃんに迫る。
この国で生きる人間にとっては、シャーロットの反応こそ一般的なのだろう。
世界各地にある人間の国のほとんどは、高い外壁に囲まれている。
それは外の世界にいる魔物達から、自分たちを守るための防壁。
力の無い人間は一生を国の中で過ごすことも珍しくない、故に外の世界で生き残れる力を持った人間は貴重で、尊敬される。
シャーロットの言い分は間違ってはいない。
「――私ね、約束してるの。絶対に、自分のやりたいことを見つけてみせるって」
ただそれが、レナータちゃんにとって正しいかどうかは別の話だ。
「約束……?」
「うん。他人の言葉を鵜呑みにして、流されるままに将来を決めたら勿体ないって、私の前には無数の選択肢があるんだって。ティコを助けてくれた人に教えてもらったの」
どうやら俺の言葉は、想像以上にレナータちゃんに影響を与えていたらしい。
かつて俺が言った言葉を、彼女はシャーロットに話す。
「その人に言われて初めて気づいたんだ。今までの私はお母様の跡を追いかけてるだけの、ただの良い子だったって。私は私のやりたいことなんて、一度も考えたことなかった」
「だから知りたくなったの。私は本当は何が好きで、どんな事を将来してみたいのかって」
「それで、その人に約束したんだ。ちゃんと自分のやりたいことを見つけて、それから将来を決めるところを、見ていてくださいって」
レナータちゃんの熱弁に、俺は思わずほろりと泣きそうになる。
良かったぁ、俺、レナータちゃんにちゃんと伝えたいことを伝えられてたんだなぁ……。
「だから、これだけは譲れない。たとえ友達に何と言われても、私は自分のやりたいことを見つけだすよ」
レナータちゃんははっきりと宣言する。
それは、暫くは戦いから決別するという硬い決意だった。
ここまで強く言われては、彼女をまだ戦いの道へ引き戻せるとシャーロットも思えないだろう。
「………………………………」
「? シャーロットちゃん?」
「ガフゥ?」
レナータちゃんの言葉を受けたシャーロットは、目をカッと見開いたまま、一言も発さず立ち尽くしていた。
なんというか、凄まじく吃驚したような表情である。
え、なに? そんなにショックを受けたのか?
「シャーロット。レナータとはもう戦えないかもしれないのはショックだろうけどなー」
「……………………………………………………今、なんて?」
「キュウ?」
エリーちゃんも彼女がショックで立ち尽くしているのだと思い、励ましていたが……。
ぽつりと、シャーロットが何かつぶやいた。
余りにも小さい声だったので、ココも心配そうにご主人様を覗き込んでいる。
「シャーロットちゃん? だ、大丈夫?」
「ねぇレナータ。今、いま、アンタ今、私の事、と……とっ……!」
「ガ?」(と?)
なんだか様子がおかしい。
先ほどまでとは一転して、シャーロットはガチガチに緊張してるような、期待に満ちてるような、おっかなびっくりな印象を受ける。
本当にどうしたんだ? まさかさっきのレナータちゃんの話の中でトラウマが抉られるようなワードでも潜んでいたとでもいうのか――
「ととととっ、友達って、言ったわよね!? 確かに言ったわよね!!?」
「「――――え?」」
「キュウ?」
「ガフ?」(えっ?)
……えっ、どゆこと?
シャーロットは、物凄いどもりながら、先ほどの話のなかで「自分が友達の括りに存在している」ことについて追及してきた。
「ほ、ほら言ってたじゃないっ! 「たとえ友達に何と言われても」って!」
「え、あ、うん。そうだね」
「それって、その、もしかして、もしかすると……私とアンタって、友達、なのよね? ライバルじゃなくて」
「??? 私はシャーロットちゃんの事、初めから友達だって思ってるけど……?」
「――――――――!!!」
レナータちゃんが迷うことなく肯定すると、シャーロットは顔を真っ赤にして、とっても嬉しそうな表情になる。
それはまるで、初めてかけがえのない存在が出来たかのような、そんな反応だった。
(えっ、えっ? 何その反応? シャーロットお前今絶対にレナータちゃんに対して向けないような顔してるんだけど?)
シャーロットの豹変っぷりに、俺は恐怖すら覚える。
なんなの!? なんなのこれ!? つい今朝殺意をぶつけあった仲だよね俺達!?
「シャーロット、もしかしてお前……。「レナータが戦いを辞めたら、もう自分が絡めなくなる」のが嫌で今までずっと突っかかってきのかー? 話し相手がいなくなるからー」
「ななななな!? なにいってんのよー!!? そんな、そんな訳ないじゃない!!?」
「ガフゥ!?」(絶対そんな訳だコレ!?)
エリーちゃんが呆然とした様子で、核心を突く。
もう今のシャーロットの反応で、全部分かってしまった。
シャーロット、コイツ、コイツは……!
「そ、そっかぁ、そうよね! 友達でもダメなら、仕方ないわよねっ!」
(今まで友達なんていなかったから、ライバルのレナータちゃんが居なくなるのが寂しかっただけなのかーーー!!?)
先ほどまでの否定的な態度はもう遥か彼方、初めての友達ができた(レナータちゃんは初めからそのつもりだったが)シャーロットはふにゃふにゃの笑顔で、レナータちゃんが戦いから離れることをあっさり受け入れたのであった。
今回の解説
シャーロット:ぼっち、そしてドS。外の国から留学してきたことと、誇り高く優秀な竜騎士であること、そしてが彼女がとっても素直ではないことが理由の大半で、ずっと友達ができなかった。辛うじて友好的な話が出来たのがライバル(と思い込んでる)レナータしかいない。
レナータ:初めからシャーロットの事を友達と思っていた。言葉にして伝えるって本当に大切だと思います。
エリー:学校内で最強の魔物は誰の相棒だという話題で、真っ先に話題に上がるらしい。スタイルについては決して揶揄してはいけない。怒りの鉄拳またはアイアンクローが飛んでくるぞ!
タクマ:三階から落ちてもやっぱり大丈夫。そして、自分が勝つためには戦略上仕方なく敵の攻撃を耐えているのであって、自分はドМじゃない。……というのが言い分である。




