44話:俺が俺として全力を出す
お待たせしました! 44話更新です!
戦闘描写は燃えるけど疲れますねー……。
竜騎士と相対することは初めての俺だが、ドラゴンは余りにもメジャーな魔物なので、一般的な知識ぐらいはある。
生半な魔法では貫けない装甲、手足が捥げようと時間をかければ元通りに再生できる生命力、あらゆる結界魔法も薙ぎ払うドラゴンブレス、一人の人間では決して太刀打ち出来ない「ただ純粋に強い絶対生物」。
たとえば、俺が即席で使える魔法ではココに傷をつけることすらできないだろう、逆もしかりで、ココの攻撃を魔法で防ぐことも不可能。
おまけにこの怪物は翼まで持っていて、空を自由に飛び回り、上から襲撃してくるのだからたまらない。
シャーロットは若くとも竜騎士、ドラゴンの力を最大限に活かせるように空中戦をしかけてくるのは明白だった。
「ココ!飛んで!」
「キュクゥ!」
試合開始の合図とともに、シャーロットはココに騎乗し、真っ先に空へと飛翔しようとする。
空中戦に持ち込まれれば、経験の差からこちらが圧倒的に不利。
何としてでも防がなくてはならなかった。
「させない」
すかさずレナータちゃんは、豊穣の籠手を嵌めた両手をシャーロットに向ける。
しゅるしゅると豊穣の籠手のプランター部分から植物が伸びてゆき、成長したそれはラッパの様な形をした白い花を三輪、横並びに咲かせる。
それはまるで、三連につがえられたクロスボウの矢の如く。
花の中にはぎっしりと棘状の種子が既に実を成しており、疼くように震えるそれらは――
「放てっ!」
どぱぱぱぱっ!!! と凄まじい数の弾丸をシャーロットに浴びせる!
種子は小粒でドラゴンの皮膚に傷はつけられなくとも、人間のシャーロットには決して無視できない傷を負わせられるだろう。
成長させる植物によって効果が変幻自在なのも、植物魔法の長所のひとつ。
この砲戦花という植物は生息域を拡大する為に、硬く鋭い種子を弾丸のように撃ちだす特性がある。
小さな種に予め魔法陣を書き込んでおけば、好きなタイミングで魔力を流して成長させることで、今のように遠距離攻撃に利用できるのだ。
……とまあ偉そうに解説している俺も、レナータちゃんの迷いの無さと魔法の使い方に正直びっくりしている。
だって砲戦花の種、普通に痛そうだし、下手しなくても大けがするだろうに躊躇なく撃ってるし。
「ブレスっ!」
「っスァァァァーーーー!」
迫り来る無数の弾丸に、シャーロットは眉ひとつ動かさずにココへ指示を出す。
口を開け、胸を大きく膨らます様子から、弾丸をドラゴンブレスで消しとばすつもりだと察する。
だとすると直線上にいる俺とレナータちゃんも無事では済まない。
ドラゴンブレスは、ドラゴンの種類によって纏う属性が変化する攻撃で、しかも並みの魔法使いじゃ決して出せない破壊力がある。
エアロドラゴンの属性がなんなのかは分からないが、急いで射線上から退かなければ――
「ダメっ、間に合わない。翼を畳んで、しっかり踏ん張って! 」
「ガウ!?」
ぎゅむっ、とレナータちゃんは俺を抱き枕にするかのごとく、体をぴったり俺の背中に密着するよう抱きついてきた。
俺はレナータちゃんを咥えて逃げるつもりだったのだが、この場に止まるように指示されてしまい、思わず俺も従ってしまう。
ふ、踏ん張ってなんとかなるものなの!?
「―――っカァ!!!」
ココの口から放たれたブレスは、俺の予想を大きく外れた。
炎を纏う赤色でもなく、氷の白色でもなく、何色でもない無色透明のドラゴンブレス。
それがなんの属性も纏わないただの空気砲であることに気付いたのは、ブレスが砲戦花の弾丸を蹴散らし、すでに俺たちに直撃していた後だった。
「くっ!」
「ッッグ、ガガゥ……!!」(はっっ、や……!!)
速い。
ブレスの発射から直撃まで、数える間もない。
凄まじい風圧で体は後方へ押し出され、爪を立てて踏ん張っている地面もゴリゴリと削れていく。
指示通りに踏ん張っていなければ、吹き飛ばされて壁に叩きつけられていただろう、翼を広げていれば千切れてしまったかもしれない、それほどに強力な「風のドラゴンブレス」だ。
――なるほど、だからエアロドラゴンというわけか。
「無様ね、トムなら魔法で防げるし、ベルなら躱したのに。動きの鈍いティコじゃあ耐えきるのが精一杯」
なんとかブレスを耐えきった俺たちを見て、シャーロットは不機嫌そうに吐き捨てる。
周囲には届くことがなかった砲戦花の種子が散らばっていて、当たり前のように彼女は無傷であった。
まずい、このままでは飛ばれてしまう!
「飛ぶわよココ、さっさと勝負をつけて――」
「まだだよ」
「っ!」
危機感を抱いていたのは俺だけ。
レナータちゃんはどこまでも冷静に、次の一手を打っていた。
シャーロットたちの周囲が、ぼう、と光り輝く。
辺りに散らばった砲戦花の種子が魔力を帯びて、急速に成長しだしていた。
その光景をみて、俺も驚愕する。
魔法で成長させた花、それが撃ち出した種子には既に、親の種子と同じ魔法陣が刻まれていたのだから。
(既に魔法陣が描かれてる!? いや、違う! そもそもあの砲戦花自体が、魔法陣を刻んだ種子を実らすように改造されているのか!)
ブレスによって散らばった種子は、全て成長してラッパ状の花を咲かせる。
最初と違うのは、豊穣の籠手に宿った6輪をはるかに超えた数の砲戦花が、シャーロットを完全に包囲していること。
レナータちゃんの用意周到さに感心する。
腕のいい植物魔法の使い手は、使う植物すら自分で品種改良して作り出していると聞くが……まさか、魔力を込めれば込めるだけ、成長と種子の発砲を永遠に繰り返す砲戦花を所持しているとは。
戦闘用のマジックアイテムは趣味ではないのだが、ちょっとこれは凄いぞ。
「砲戦花、二連咲きっ!」
「ブレスっ!」
全方位からの弾丸発射に、シャーロットは先ほどと同じくブレスの指示を出す。
さっきと同じように吹き飛ばす気か?
たしかにあのブレスは強力だが、流石に今から発射される弾丸全てをカバーできるだけの範囲は無いように思える。
「ガォ、ラグーン、ニール、炎よ!」
シャーロットは重ねて、炎魔法のごく単純な詠唱を口にする。
魔法というものは詠唱を重ねに重ねて、魔力を注ぎ込むことで威力を発揮するもの。
あんなに短い詠唱なら直ぐに発動できても、ロウソクの火みたいになってしまう……その筈だった。
「カァッ!!」
ココが薙ぎ払うように息を吐いた瞬間、ごあっ、と爆炎がシャーロットの周りを包み込む。
周囲に咲き誇る砲戦花達は、種子を発射する前に炎の中へ呑まれてしまった。
(ブレスに引火させたのか!)
まるでココが炎のブレスを吐いたような光景だが、実際は違う。
ココがブレスを吐く直前に、シャーロットは魔法で発生させた火を口元に近づけ、引火させていたのだ。
エアロドラゴンの吐く吐息は、小さな火でも業火へと変貌する程の酸素を含んでいるらしい。
(うまい使い方だ、シャーロットも随分戦い慣れてる)
あのやり方なら僅かな魔力と時間で強力な炎を生み出せる、術者の練度も関係なく、必要なのはドラゴンにブレスを吐くだけの体力があるかどうかだけなのだから。
「ティコ、ゴー!」
「ガォォォッ!!!」
俺も感心してばかりではいられない。
レナータちゃんの指示に従い、俺は彼女を乗せて燃え盛る炎の中へと突っ込んでいく。
二段構えの植物魔法も通用しないのなら、武力を行使するまで!
四肢に力と魔力を込めて、地面をけり上げ跳躍する。
重力魔法で再現したマンティコアの全体重と、結界や風の魔法諸々で再現した筋力をかけた、全身全霊の飛びかかり。
人間では決して出せないマンティコアパワーでねじ伏せる!
「キュク、アアァァア!!!」
「グルルルル!!!」
燃え盛る炎の向こうから、雄たけびをあげてココが迎え撃ってくる。
振り下ろした両腕は掴まれてしまうが――飛びかかった分の勢いは殺しきれずに、ココの態勢が後ろへ崩れつつある。
このまま背に乗るシャーロットを振り落してしまえば……!
「やあぁっ!」
「ッ!?」
そのシャーロットの声が、俺の頭上から聞こえた。
彼女はココを足場にして飛び上がり、俺の脳天へ槍を突き立てようとしている。
くそっ、てっきり背中に居るものとばかり思い込んでた!
頭を狙われちゃ尻尾で防ぐことも出来ないっ……!
――植物よ、鋭く頑強に育て!」
何時の間にか植物魔法の詠唱をしていたレナータちゃんが、右手から槍の如く成長させた蔦を生やして突き上げる。
ガギッ! と二人の槍はぶつかり合い、一瞬だけ止まった。
「っち!」
攻撃を防がれたシャーロットは、すぐさま身を翻し、地面に着地した。
危なかった……、レナータちゃんがカバーしてくれなかったら普通に脳天直撃コースだったぞ。
「グルルル……!」
「キっ、キュルルァァ……!」
そして俺とココとの組み合いは、依然として俺が有利のままだ。
お互いのパワーはほぼ互角だが、やはり初動で勢いがついたのがアドバンテージになっている。
丁度いい、抑え込んで身動きできないようにしてやる!
「さっきから邪魔ばかりっ……! ココ! 構わず飛びなさい!」
シャーロットが痺れを切らして、ココに命令する。
だがそう簡単に飛ばせるものか。
俺がしっかり押さえてるし、この態勢からどうやって飛び立つつもりだと……
「キュルルルル!」
「っガァ!?」(うおっ!?)
ココは美しい空色の両翼を広げる。
その翼の大きさときたら、まるでココの体が倍以上に大きくなったかのように錯覚するほど。
シャーロットの言葉に従ってココはその翼を振るい、凄まじい突風を巻き起こしていく。
「グゴ、ォォォォ!?」(体が、風で押されるっ!?)
あまりの風力に押していたはずの俺が、飛ばされないようにココに捕まってしまっている。
あの巨体を飛ばす翼は伊達じゃないというわけか。
正直言って俺の翼よりパワーがあるぞ。
必死に抑えようとする俺だが、ココが飛び立つ力が予想以上に強すぎる。
ぶわん、ぶわんと翼が振られる度に、足が浮きそうになり、立っていることも難しくなる。
こ、このままじゃあ……!
「グ、ググ……! ガアッ!?」
「ニャル、ナーオ、植物よ、絡み――きゃあっ!」
レナータちゃんが魔法で俺を補助しようとしていたが、一歩遅かった。
俺の身体は吹き飛ばされ、地面を無様に転がっていく。
レナータちゃんにのしかかってしまわなかったのは不幸中の幸いだろう。
「たぁっ!」
空へ上昇していくココの背中に、シャーロットは槍を支えにして高く跳躍、軽々と飛び乗ってしまった。
悔しいが、空中戦はもう避けられない……!
「随分と粘ってくれたけど、やっぱり今のアンタじゃ私が飛ばないようにするので精一杯ね。……正直、分かっていたけど残念だわ」
「くっ……!」
コロシアムの観客席は、先ほどの攻防を見てより一層の盛り上がりを見せている。
その雰囲気とは対照的に、シャーロットは失望し、レナータちゃんは歯噛みしている。
ここからの戦いは、より一層苦しいものになるだろう。
(――相性が悪すぎる!)
シャーロットがココに騎乗したのに続いて、レナータちゃんもまた俺の背に乗って空を飛ぶ。
両者が追い追われてを繰り返し、隙あらば相手に攻撃を加える空中戦の中、俺はシャーロットとレナータちゃんの相性の悪さを嫌でも感じていた。
そもそも、レナータちゃんの得意とする植物魔法は、基本的に空中戦には不向きな魔法だ。
これは非常に簡単な話で、植物の育つ大地は空中に存在しないからだ。
植物魔法は確かに強力、しかしその強力さは植物に由来している。
生育条件が満たせない場所では、いくら魔力を注ぎ込もうと、長い詠唱を唱えようと「そもそも魔法が発動してくれない」のだ。
よってレナータちゃんが空中にいる限り、植物魔法を手っ取り早く発動させる為の大地は、豊穣の籠手に埋め込まれた極僅かな土しか無い。
当然だが、植物の根をはるスペースは狭くなってしまうので、植物を強く育てることはできないのである。
では、下にある大地に種を蒔けば強力な魔法が行使できるのではないかと言われると……。
「! ティコ!!! 右に避けて!!!」
「ガウッ!!!」
レナータちゃんの指示で、俺は思いっきり体を傾けて旋回する。
先ほどまで俺が飛んでいた場所に、ごう、と火炎が燃え盛る。
「っヵアァァァァ!!」
「ココ!! そのまま薙ぎ払いなさい!!!」
後ろを取っていたシャーロットが炎のブレスを発射してくる。
迫り来る火炎から逃れる為、思いっきり高度を下げてやり過ごすしかない。
「っっグ……!」(あっつ……!)
「大丈夫!?」
火炎が翼を少し掠めて、顔をしかめる。
以前のように恐怖に塗りつぶされてはいないが、レナータちゃんは俺を心配する。
シャーロットとレナータちゃんの相性が悪い理由のもう一つはこれだ。
ココのブレスと炎魔法を組み合わせた業火が、植物の悉くを焼き尽くしてしまうのである。
レナータちゃんの植物魔法は、時間をかけて詠唱し大地に植えなければ強力な魔法にならない。
一方のシャーロットは、極短時間で炎魔法を発動し、ココにブレスを命じるだけで爆炎を生み出すことができる。
発生速度があまりにも違いすぎるのだ、今まで地面に蒔いた種は全てブレスで焼かれてしまっている。
この体もなんど焼かれかけたことか、今のところレナータちゃんに当たっていない事だけが幸いだが……。
(よくレナータちゃんはこんなの相手に引き分けたなっ!)
まさか、ここまで相性が悪いとは思わなかった。
確かに二人とも優秀な魔物使いで、実力は伯仲しているのだろうが、いつこっちが負けてもおかしくない状況である。
なんとか爆炎をかわして、ぐるりと宙返りする。
このまま後ろに着かれたら丸焦げにされてしまう。
シャーロットを振り切り、今度は逆に背後を取ろうとする。
地獄の飛行訓練を乗り越えた俺は、もうレナータちゃんを落とすことはない。
「そんな飛び方じゃ、私の後ろを取ろうなんて十年早い!!」
「グゥッ……!」
だが、シャーロットの後ろを取ることはできなかった。
次に俺がどう動くのかは読まれていたらしく、ターンした後もシャーロットは依然として俺の後ろに着いてきている。
だめだ、付け焼き刃の飛行じゃあ背後は取れない!
「レナータ!! もうアンタじゃ私に勝てっこないってわかるでしょ!!! 」
いい加減に諦めろと言った風に、後ろでシャーロットは叫ぶ。
先ほどまで湧いていたいた観客たちも、空中戦では俺達に勝ち目がないことに気付き始めたのか、勝負あったという感じで静まりかけている。
俺とて同じ気持ちだ、このままじゃ負けてしまう。
なぜなら、レナータちゃんは……本来の戦い方が何一つできていないのだから。
シャーロットとの約束を果たすと決めたあの日から、俺は勝利するための準備をしてきた。
その一環で時間魔法による過去視を行い、かつて行われた二人の決戦を観察したのだ。
正直に言って、滅茶苦茶な勝負だった。
レナータちゃんはシャーロットが空を飛ぼうがお構いなしに、超規模の植物魔法を唱える。
それを必死に止めようとするシャーロットとココ、放たれる爆炎をネコマタのトムが魔法で防ぎ、突き出される槍や爪をサーベルタイガーのベルが牙で受け止める。
植物魔法は発動し、コロシアム一面が森と化す。
木々により飛行の指向性を制限されるシャーロット達、レナータちゃんの意のままに動く巨大な植物と、その影に暗殺者の如く潜むベルとティコ。
地の利はレナータちゃんにあり、シャーロットはあわや嬲り殺しにされる寸前だった。
シャーロットがココの全力のドラゴンブレスに炎魔法を引火させ、森を全て焼き尽くすという大ばくちも良い所の作戦で形成を逆転する。
最後は燃え盛る森の中、ティコの背中に乗ったレナータちゃんとシャーロットの一騎打ちとなって――そこで記憶は途切れていた。
おそらくそこで、相討ちになったのだろう。
この過去の映像通りなら、レナータちゃんの戦い方は典型的な魔法使いのそれと同じなのだ。
相手がどんな戦法をとってこようとお構いなしに、強力な魔法で押しつぶすことこそ、彼女本来の戦い方。
だが、彼女はもう同じ戦法をとることができない。
今や彼女を守る盾は一つだけ、マンティコアの俺しかいないから。
(シャーロットを地上に引きずりおろせればっ……!)
飛びながら、どうやって勝利するか思考を重ねる。
このまま飛び続けてもいずれは撃ち落とされるだけ、空中戦に特化しているシャーロットに勝つためには、少しでも勝機がある地上で戦うしかない。
だが、どうやって? どうやってあのドラゴンを地上へ降ろす?
植物魔法は皆ブレスで焼かれていった、レナータちゃんの持つ種子が入った袋も随分萎んでしまっている。
俺がココに一撃でも食らわせられればバランスを崩すだろう、しかし空中での機動は向こうが遥か上で、とても追いつけそうにない。
俺達がどう頑張っても覆せないという結論が出てしまい、諦めかけたその時だった。
「それでも、私は絶対に諦めない」
「――っ!!?」
どうしようもない状況でも、レナータちゃんだけは、ひたすらに冷静に勝利を求めていた。
ぽつりと呟いた言葉はシャーロットに届かなかっただろう。
しかし、一切の焦りがないその表情を見て背筋が凍ったのか、シャーロットは一瞬だけ言葉に詰まっていた。
そんなレナータちゃんを見て、俺はようやく――
(ああちくしょう、勝ち目なんて最初からあるじゃないか)
――「レナータちゃんの将来にとことん付き合う」という誓いを、忘れかけていたことに気付いた。
「ガウッ!! ガウガウッ!!」(レナータちゃん!! ロールだ!!)
「ティコ!? ――わかった、ロール!!!」
俺は頭をグイと上にあげて、レナータちゃんにこれから宙返りすることを伝える。
レナータちゃんは一瞬驚いたが、俺の表情を見た途端に応じてくれた。
「はっ! そんな自棄っぱちの行動で後ろを取れると思ったの!!! ココ、ブレスっ!!!」
俺は上空に向かって大きく宙返りした。
後ろに着いているシャーロットからしてみれば、的がゆっくりと上昇するようにしか見えないだろう。
それほどまでに、無駄の多い動作だった。
「ッカアァァァ!!!」
ごうっ! っとココの口から爆炎が放たれる。
炎は俺の進行方向に置かれるように、まっすぐに燃え進んでいく。
見事な偏差射撃だ、このまま宙返りをしていけば俺はレナータちゃん諸共燃やされるだろう。
――このまま宙返りをすれば、だが。
「ラフ、ラム、結界の縁は硬く、内側はとても柔らかく――」
パキリ、と地上を背に向けた俺の足元に、広く大きい円形の結界を展開する。
俺は結界をがしりと掴んで、宙返りを止めた。
「ティコ!!? 魔法を!!?」
「はあっ!!?」
レナータちゃんも、シャーロットも、そしてコロシアムにいた全員が呆気にとられる。
そりゃそうだ、ティコは今まで一度だって魔法を使ったことがないんだから。
まったくもって自分に腹が立つ。
何がどう頑張ってもだ、さっきからレナータちゃんばっかり頑張らせておいて俺ときたら――ティコが出来る範囲の事しかやってないじゃないか。
俺が、俺として全力を出すということは、そんな生ぬるいものなんかじゃない!
レナータちゃんが諦めないなら、どんな理由だろうと俺も諦めない!
魔法使いと魔獣の両方の力を使ってでも勝利を掴んで、尚且つマンティコアを演じ切ってみせる!
「――少し遅れて裏側を――」
発動した結界魔法に、更に別の魔法を繋げる。
先ずはこの結界を足場にする。
縁のみを硬い結界で構成し、内側部分はぐにゃぐにゃで柔らかい結界で構成する。
こうすることで、トランポリンのように内側に乗ったものを跳ね上げる性質を持たせられる。
更に結界の裏側、つまり俺が掴んでいる面とは逆側に、もう一つの魔法を発生させる。
「――爆発させろ!!」
ゴフッ! と結界の反対側が爆発した。
結界の柔らかい部分が、爆発により一瞬で膨れ上がる。
その結界に捕まっていた俺は、膨れ上がる結界をバネにして――
「オ オ オ オォォォ!!!」
「ココ!! 避けっ―――!!?」
――まるで砲弾のように、シャーロットに向かって突っ込んだ。
ブレスの下を掻いくぐって、ココの身体を両腕でしっかりとホールド。
「キュウゥゥゥゥゥゥ!!?」
「「きゃあああああああ!!?」」
叫び声をあげる両ご主人様諸共、地面へと墜落するのであった。
今回の解説
砲戦花:ユリに似た白い花を咲かせる植物。種子を弾丸の如く飛ばすのは子孫繁栄の為と長く信じられているが、最近の有識者の間では「通りかかった生物に向けて発射し殺傷することで、養分にしているのでは?」という学説が上がっているらしい。コワイ!
結界トランポリン:外側を硬くして、内側をやわらかい結界にするだけなので、結界魔法が使える人なら幼少期に必ず遊んでいる。幼いダグラスが思い付きで「下側を爆発させたらもっと高く飛べるんじゃね?」と考えて自分を星にしてしまったので、しばらくの間高い所が怖くなってしまった。