表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/62

僕の妹と……(3)

 駐車場で待っていた神条の車は、ベントレーだった。確かミュルザンヌとかいう高級車。片山の家でもお目にかかれない逸品だ。恐らく、加茂黒家の所有だろうと思いたいが、万が一、神条自身が稼いだと言われても有り得る話だと思った。……ムカつくから絶対に車の話は避けよう。


 比屋定が何か言いたそうに、面白がるような目つきでこちらを見ながら後部座席のドアを開ける。ガン無視しながら乗り込むと、絵画のようなシーンが展開していた。


 金髪の逞しい男の腕に抱かれて眠る乙女。白と見紛うばかりの淡い金髪が腰まで伸ばされ、ふくよかな胸が微かに上下している。男は彼女の寝顔を最上級の宝物を愛でるように眺め、頬を緩めていた。


「なにをボサッとしている?早く乗れ」


 男から声がかけられ、はっと息を飲む。気が付けば車の後部座席で、少年の神条が毛布で包んだ義妹を膝に乗せていた。


 今のは幻覚だったのだろうか。軽く頭を振って座席に座れば、高級車は振動もなく滑らかに動き始める。


 車窓から車の進行方向を探っていると、どうやら郊外へ向かっているらしい。恐らく、前回、愛里が倒れたという八雲夏彦の家へ行くのだろう。こちらとしても、少しでも多く情報が欲しい。願ったり叶ったりだった。


 しばらく走っていると、車内がやけに静かだと思った。普通、車の窓を閉めていても外の喧騒や車のエンジン音などが響くのに、この中では何の音もしなかった。高級車の仕様というより態々(わざわざ)防音ガラスを使っているのかもしれない。


 そんなことをつらつら考えていると、神条が口を開いた。


「さて、到着まで時間があるから、さっきの続きを話そう」

「輪廻転生とかいう話か?」


 そうだ、と神条は頷き、再び輪廻転生を信じるかと聞いてきた。先ほども与太話だと答えたが、ここは肯定しないと話が進まないらしい。


「では今だけ、仮に輪廻転生が存在すると認めよう」


 偉そうに聞こえるが、やはり盲目的に信じることは出来ない。ここがギリギリの妥協点だった。神条も理解したのか、苦笑している。


「この世界では、ありとあらゆる万物が魂を宿している。命のある生物だけでなく、命のない物体も然り。ただし、生物の宿る魂と物体に宿る魂は、厳密に言えば異なる性質のものだが……まあ、難しい話になるので止めておこう」


 全く持って乗り気でないこちらの態度を悟ったのか、神条は苦笑しつつ、話を続けた。


「生物に宿る魂は肉体が滅びると、……天へと還る」

「それは、天国ってことか?」


 輪廻転生を信じていないくらいだから、天国も地獄も信じてはいない。だが、神条が妙な間を持たせるので、つい引き込まれてしまう。


「いや、天国も地獄も存在しない。天というのは、該当する言葉がなかったから分かり易いかと思って使ったが、言ってみれば魂が生まれ、還る場所だ。どこにある、とは聞くなよ?違う次元の話で、俺はその手の説明が上手くないからな」


 その後、神条は、確かに説明下手だということを自ら証明してみせた。


「魂ってのは、餅みたいなもんだな。言ってみれば。肉体が死んで還って来た魂は、でっかい餅の塊と合体する。無論、合体してしまえば記憶も自我も練り合され、溶け込んでいく。そして、また魂が必要な時は、でっかい餅の塊から小さな塊が飛び出て魂となるんだ」


 脳裏に年末の餅つきの様子が浮かんだ。ぺったん、ぺったん。分かるようで、さっぱり分からない。


「じゃあ、生まれ変わった魂は、過去の全てを忘れ、まっさらな状態という事か?それを、転生と呼ぶには無理がないか?」


 神条は、眉を潜めて、しばらく空を見つめたかと思うと、自らも確認するように言葉を紡いだ。


「魂とは大きくても小さくても、無ではない。反対に、幾万幾億の魂の欠片が集まって出来ているのだ。新生児とは、無知で何も分からないのではない。押し寄せる魂の欠片を統合することが出来ない状態をさす」


 続いた説明をまとめると、成長していく過程で記憶が淘汰されるのだと言う。例えば、人間として生を受けたなら、人間に必要な記憶が増えていき、反対に、虫や獣、植物としての記憶は薄れていく。


 ただ、どれだけ薄れても、消滅する訳ではないらしい。それが、ふとした拍子に頭脳に投影されることがあり、既視感と呼ばれる現象だ。また、極稀に前世の記憶がある人は、魂が還った時に何らかの偶然で粉砕されることなく、大きな欠片が残ったのだと言う。


「……神条も欠片が残ったのか?」


 一瞬、質問が理解できなかったのだろう。神条は、固まったまま目を剥き、やがて爆笑し始めた。


「悪い、悪い。自分が人間だってこと、忘れてたわ」


 忘れてったって、お前は何なんだ?!


 そう突っ込みたくなるのを、ぐっとこらえた。何故なら『人間』以外の答えを聞きたくなかったから。それなのに、神条はニヤリと口の端を歪めて笑うと、あっさり白状した。


「俺は、『全てを見て記憶する者』だ」


輪廻転生に関する記述は、物語の設定です。フィクションです。完全な創作物です。ですので、整合性がない等のご指摘を受けても、どうにも出来ないため御了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ