決闘、受けて立ちましょう!( `ー´)ノ
決闘というと血なまぐさい感じがするけれど、要するにミニゲームのことである。悪役令嬢が「決闘を申し込みます!」と言い、YESを選択すると場面が体育祭に変わり、ミニゲームが始まるのだ。
そもそも体育祭なのに決闘って変だよね。その昔、サミさんに指摘したら、「体育祭も決闘も、血沸き肉躍るスポーツなのだ!」と訳の分からない説明をして、しばらく機嫌を直してもらえなかった。きっと『大人の世界の事情』ってヤツで、触れてはいけないことだったのかもしれない。
しかし、ここは現実世界。決闘を受けたところで、具体的にどういう展開になるのか分からない。迂闊に返事をすると自分の首を絞めるだろう。
「ねえ、体育祭なのに決闘ってどういうこと?」
「え~っと、それは、どちらも血沸き肉躍るスポーツで……」
「……」
小声で隣に座る坂口君に説明を求めたが、まったく要領を得なかった。どうしようと悩んでいると、祐兄という天の助けが現れた。
「天野さんは外部から入学したばかりです。決闘のシステムが分からないと思いますので、簡単に説明しましょう」
「ぜひ、お願いしますっ!!」
こくこくと頷くと、目の前の机が光った。あ、よく見たらPCの画面が埋め込まれている。やっぱり無駄に金持ちだと感心していると、画面が切り替わり、体育祭の進行表が映し出された。
「これは、昨年の体育祭における進行表です」
ナニナニ?画面は、そのままタッチ操作が出来る仕様なので、指で画面をスクロールしていく。フルマラソン、トライアスロン、バスケットボール、テニス、スカッシュ、サッカー、ゴルフ、フェンシング、乗馬、ポロ、スノーボード、ウィンドサーフィン……ちょっと待て。
これって本当に高校の体育祭?!季節感がメチャメチャだし、学校内だけじゃ出来なくない?!いや、庶民には想像できないが、ベルサイユ宮殿なら問題ないのか?!Σ(゜Д゜)
しかし、私が参加できる競技ってフルマラソンくらいかも。バスケとテニスは中学の体育で教わったからルールは分かるけど、上手いのかと問われれば部活でみっちり練習している人たちや、スポーツクラブで有料の個人授業を受けている人たちの足元にも及ばないだろう。
もっとさ~普通の競技をやろうよ~。綱引きとか玉入れとか、あっ!パン食い競争と借り物競争なら中学校で優勝した経験あるしっ!(^0_0^)
「我が校における教育理論の一つとして次に述べる内容が存在している。それは……」
「『全てのスポーツにおいて大切なのは、スポーツマン精神である。スポーツマン精神とは、競技上において熾烈な争いを繰り広げても、ひとたび競技を離れた暁には友好関係を築くことが可能となる』」
あれ、祐兄の台詞を生徒会長が奪った。祐兄はムッとしているけれど、生徒会長はしてやったりという顔だ。やっぱり祐兄と生徒会長に確執があるのは間違いないらしい。まあ、いいか。あれはあれで、コミュニケーションの一種だと思うし。
そんなことより、走馬灯のように思い出されるのは、中学校の運動会で参加したパン食い競争。アンパンを咥えて死に物狂いで走ったのに男子生徒たちにドン引きされたよなぁ。走っている形相があまりにも恐ろしかったと未だ語り草になっているらしい。クラスの優勝に貢献したのに失礼だよね。
そして翌年、今度は借り物競争で『カツラ』と書いてあったから校長先生の所へ走って行ったっけ。本当は、午後のパレードで他学年が使うチンドン屋のカツラを借りることだったらしいけど、チンドン屋のパレードのことなんて知らなかったもんなぁ。
でも、校長先生のおかげで無事に優勝したし、後々、何かあると私のクラスが指名されるという栄誉に浴することとなった。例えば、ボランティアと称して地元の保育園が行う消防パレードで風船配りをしたり、近隣のグループホームへ出向いてコーラスやお芝居を披露したり。
私としては、借り物競争で校長先生と仲良くなれたおかげだと思ったけれど、クラスメイト達は「絶対に違うっ!」と否定していたっけ。そして私のことを『タングステン製の心臓を持つ女』と噂した。タングステンとは、ダイヤモンドより硬い合金らしい。生まれてこの方、風邪1つ引いたことがないほど健康という意味なんだろう。
なんてことを回想している間にも、まだまだ生徒会長の演説は続いていたらしい。入学式の挨拶でも感じたけれど、どうやら生徒会長の演説は、言葉の抑揚が私の耳を素通りする速度と音程に設定されているらしい。なかなか頭に入って来ない。焦る私の気持ちも知らず、オレサマ生徒会長サマは、うっとりと持論を展開していた。
「即ち、日常の細やかな諍いも、スポーツマン精神に則って正々堂々と戦い、お互いをライバルと認識すれば自ずと友好関係が芽生えるもの。故に、年に一度、体育祭に決闘を申し込むことで日頃の不満を解消することが出来るのだ。従って、申し込まれた決闘を拒否することは出来ない」
やっと私の知りたかった回答が得られたけれど、ええ~?!それ、無茶ぶりだよね?!悪魔の三段論法だよね?!同レベルの競技者ならライバルになれるけれど、レベルに差があるなら余計に確執が深まるんじゃないのっ?!(>_<)
「あ、あと、運動が苦手な生徒への救済措置でもあるのよ?!」
私の呆れた視線に気づいたのか、玲菜ちゃんが必死にとりなす。
「救済措置ってどういう意味ですか?」
「決闘を申し込まれた者が、競技種目を指定できるという意味でしてよっ!ただし、学業以外でねっ!」
うおっ!いきなり隣の須佐政子から発言がっ!祐兄がまたもや台詞を奪われて眉を潜めている。なんだろう?祐兄を発言させない内緒のルールでもあるんだろうか?まあ、いいか。
それにしても、学業以外っていうのは妥当だよね。成績順でクラス分けされるんだから、基本的に、上位クラスに下位クラスが勝てるはずもない。負けが決まっている勝負を挑むのは無謀だよね。
というか、そもそもの発端が謎だよね?!なんで私?!私、彼女と会うのは初対面だよね?!入学式と今日と2日しか学校に来てないんだから、知らない間に粗相があったとも思えないし。
はっ!!さっき椅子に座ってぐるぐる回っている時に蹴とばしたとか?!……いや、足に衝撃はなかったハズ……でも、足をぶらぶらさせた時、ゴミでも飛んだのかしら?!(ノД`)・゜・。
はっ!!がちがちに固めたツインテールを見つめていたことが癇に障ったとかっ?!……いや、誰でも変に思うよね?!彼女が挙手をした時、みんなの視線が彼女のヘアスタイルに集中していたハズ……でも、初対面の私が見たから嫌だったのかしら?!(ノД`)・゜・。
「分かりました。決闘、受けて立ちましょう!」
視界の端で祐兄が息を呑むのが分かった。やっちゃったかな~と思ったけれど、仕方ない。このまま話を続けよう。
「ただ、一つだけ質問があります。どうして私に決闘を申し込むのか、理由を教えて下さい」
「それは、貴方が私の兄を誘惑したからよっ!」
青天の霹靂とは正に今の状況を言うのだろうか?唐突過ぎて思考回路が働かない。
「ええっと……ゆうわくって湯ぅ湧く?お風呂って意味かな?」
「……よござんす。一から説明して差し上げましょう!」
任侠映画に出て来る姉御のような台詞を吐いた後、須佐政子はとつとつと話し始めた。
「兄は、この高天原学園の幼稚舎に入園した際、それはもう感激しており、その日の日記は30ページに及びました」
「それは……すごく感動したんだね」
私が相槌を打つと、政子さんはこくりと頷き、先を続けた。ちらっと横目で見ると緑川兄弟の一人が須佐兄の口を塞ぎ、もう一人が後ろから羽交い絞めしているところだった。
「以来、兄は一日たりとも日記を欠かしたことがございませんが、ここ最近の内容と言えば、『眠かった』『だるい』『ひま』と日に日に文字数が少なくなっていくばかり」
高校生男子だからねぇ。正直日記をつけている方が珍しいと思うよ?!まあ、夏休みの宿題でもないんだから書くことがなければ書かなくても良い気がするけれど、その辺りが妙に几帳面だ。
政子さんの話は、まだ終わらない。
「それなのに、先日行われた入学式の日の日記には、何と50ページにも及ぶ大長編が書かれていたのです!」
おお~っ!!と全員からドヨメキが漏れた。あ、須佐兄の顔が赤くなっている。
「そして、その中には天野愛里という文字が何度も書かれていました。兄の日記において女性の名が書かれたのは2度目ですから、これはもう兄がフォールインラブしたのは間違いないっ!……と確信いたしましたの」
「因みに一度目は?」
緑川弟がさり気なく口を挟む。ムゴムゴと須佐兄が何かを言っているが、相変わらず口を塞がれているので言葉にならない。いや、口と一緒に鼻も抑えているようだから単に息が出来ないのかもしれない。
「幼稚舎でお世話になったヒヨコ組の向居里美先生です。向居先生が笑いかけてくれた、向居先生が飴をくれたなど、少年の幼い恋心が文面にあふれておりましたが、向居先生が結婚のため退職された日を境に女性の名前が上がることはありませんでした」
今、緑川兄が顔を背けたけれど、須佐兄を憐れんでないよね?絶対笑ってるよね?あ、別な意味で憐れんでるのか。
「以来、日記に名前が載るのは緑川さまご兄弟を始め、男子生徒ばかり。私は言わずもがな、両親もお家断絶の危機を心配しておりましたの。それなのに、とうとう兄の日記に女性の名が!嬉しくて本日の夕飯は赤飯を炊くよう命じました」
「つまり、お兄さんが日記に私の名前を書いたから決闘を申し込むってことで良いのかな?」
思い当たるのは、入学式の午後、サロンで睨み合ったことぐらい。けれど、それだけのことで赤飯を炊くんだろうか?!妹が兄の敵討ちと称して、しゃしゃり出てくるんだろうか?!名前を書いただけで酷い目に遭う某死神ノートみたいな展開になるんだろうか?!
なんて過保護で危険な家族だと呆れていたら、政子さんは首を横に振って否定した。
「いいえ。どうやら兄はあなたに懸想したようですの。兄はいずれ、組……ではなく、会社を継ぐ身ですから兄の伴侶となる方は姉御……いえ、奥方となられるのですから、その力量があるかどうかシカと確かめなければならないのです」
今、さり気なく『組』とか『姉御』とか出て来たよね?!やっぱり須佐の家って危ない家なのかっ?!
……あれ?なんかもっと大事なことを言われたような言われなかったような???あれ?脳が理解するのを拒否しているのカモ?!(@_@;)
その時、ようやく緑川兄弟の拘束を逃れた須佐兄が口を開いた。
「政子――――――――――っ!!俺の日記を読むなとあれほど言ってるだろうが――――――――――――――っ!!」
補足しました。大筋に変更はありません。




