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『普通』を願う備忘録〜死を許されない世界で俺はただ平穏に生きたい!〜  作者: あずま微糖_連載準備中
第零章 【施設編】

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1話目 『退屈な夢』


 『普通』と言えば何を思い浮かべる?


 『普通』に教育を受けるなら、小学校中学校高校って上がるのかな?余裕があれば大学にも行くのかも


 『普通』に働いて、『普通』に出逢い、恋をする


 そんな人生かな

 俺には分からない、一度も経験した事がないから


 そんな人生が羨ましい

 なんて、変だと言う人もいるかもしれない


 『普通』って退屈だけど、すごく平和だよね


 長々と話したけど、何が言いたいかって?


 大切な人と笑って過ごしたい。それだけだった。


 産まれから『普通』ではない俺には、叶う事のない理想だった。


 ――この日常がもうすぐ壊れる事を、この時の俺はまだ知らなかった。


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


 ピリリリ、ピリリリ。


 目覚まし時計が朝を告げる。金属のベルが鳴り響き、震えた空気が鼓膜を刺激する。

 上体を起こし紺色のカーテンを開けば、外には雄大な青空が広がっている。既に出勤している者、登校している者、酔い潰れている者、多種多様な人々の姿が見えた。

 大きく身体を伸ばして意識を覚醒させる。自室を隔てる扉に手を掛け廊下へ、そして洗面台へと向かう。木製の床が軋む音を立てる中、二階から一階へ降り目的地へ辿り着くと、雑に顔を洗った。


「眠い……」


 鏡に映る人物は、雪のように白く癖のない髪を耳下まで伸ばし瞳は澄んだ橙色をしている少年だった。色白の肌も相まって、否応なく人目を引く容姿をしている。


 朝は苦手だ。幼少期に太陽を浴びる習慣が無かった為、朝日は目を焼くように眩しいし、低気圧で身体も重い。何より夜より朝の方が眠くなる。だが、今日ばかりは寝ている訳にはいかなかった。

 なぜなら、十七歳にして初の登校日。

 誰もが当たり前に経験するだろう高校生活が、漸く始まるのだから。


 木製の廊下には風景画や油絵などが飾られていた。見慣れた景色だが、今日は背中を押してくれているようにも見えた。


「おはよう」


「おはよー!」


 ダイニングへの扉を開け放つと、そこには沢山の木製の机と椅子が並べられており、落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。

 朝には親子連れの客を迎え、夜にはバーへと変貌する店内。その片鱗が既に見えている。

 食事の準備を進めている二人へ朝の挨拶をする。開幕一声を上げたのは、小柄な女性だった。採れたてのオレンジのような橙色に染めた髪を首元まで伸ばし、活発そうに整えている。健康的に焼けた肌の中、薄灰色の瞳がこちらを捉えていた。


「今日も元気だね、雪菜(せつな)


「元気だけがあたしの取り柄だからねー!」


 こう見えても二十歳を越えている彼女はかなりの朝型だ。早朝から響く大きな声量と活発さは、眠気さえ吹き飛ばしてしまいそうだった。

 カウンターの奥で既に食事を済ませている男性は、皺の目立つ顔に同じく薄灰色の瞳を宿し、元の黒髪を白く染めている。車輪へ手を掛け此方へ近付くと、車椅子が露わになった。膝下を両足とも失っている男性は、彼女の父親だった。


「今日が初めてかな?楽しんでおいで」


 目尻に皺を浮かべ、年相応の嗄れ声で笑い掛ける彼。最近少し痩せた気がする。だが本人は以前と何ら変わらない様子だった為、深く気にする事は無かった。

 娘である雪菜は、後を継ぐ為に最近早起きを始め、経営の指南を受けているらしい。


「はい、ありがとうございます」


 卵焼きのスクランブルエッグに、パリッと焼かれたソーセージ。白米に味噌汁と『普通』の朝食だ。

 店主の料理は流石と言うべきか、毎朝非常に美味しい。これだけで良い一日になる、そんな予感さえしてくる。


「せっちゃん、楽しんでおいでねー!」


 穏やかな父親とは対照的に、元気溌剌な彼女には自然と人を笑顔にする力があるようだった。

 それから制服を正しく着用し、学生鞄を手に家を出る。既にOPENの看板が掲げられており、疎らに客が入り始めていた。


 新生活というのは、どうしてこうも胸が弾むのだろう。

 人によっては不安を抱くのかもしれない。だが彼は違った。本で読んでいた学校という場所はどれも黄金色に輝いていて、いつか必ず行くと死ぬまでにやりたい事リストへ記載していたくらいだ。


「楽しみだなぁ」


 鞄を持ち直し、人生の節目へと歩き出す。


 楽しくて嬉しくて、今なら空だって飛べそうな気分だった。


「新生活!」


 期待に満ちた生活が、今始まる――!


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


「一つ、二つ、三つと……これかな?」


 自販機で頼まれたジュースを六本購入し、胸に抱える。新生活早々頼られるのは、少し気分が良かった。お小遣いは店の手伝いで十分貰っていた為、この程度の出費は問題無い。


 この高校には自販機が三箇所しか無い。集団で向かうより、一人で行った方が効率的なのは確かだ。道順も把握できて一石二鳥だった。

 頼まれた本数と種類を確認し、落とさないよう注意しながら教室へ向かう。一度覚えた通路や経路は忘れない。だから行きとは違い、帰り道は容易だった。だが問題はここからだ。三年生の教室は、まだ脳内地図へ記されていなかった。


「大丈夫か?」


 2-Cの教室前で立ち尽くしていた雪月へ、低い声が投げ掛けられる。窓縁から身を乗り出していた人物だった。制服を着崩し、夜闇のような黒髪に紺碧の瞳を携えた精悍な顔立ちをしている。その雰囲気は妙に『普通』とは異なっていた。冷静的というべきか、独特な気配を纏っている。恐らく、白髪の彼より少し小さいだろうか。


「大丈夫だよ。三年生の教室って知ってる?」


「知ってるけど……それは?」


 長い睫毛に縁取られた瞳を伏せ、彼の抱える多種類のペットボトルを指差した。不思議な言動に首を傾げつつも、人当たりの良い微笑を浮かべて答える。


「3-Bに持っていって欲しいってお願いされたの」


「はあ、」


 呆れたような溜息が零れる。紺碧の瞳は雪月の容姿を上から下まで見定めるように眺めた後、一拍、あるいは二拍ほど間を置いて窓縁から手を離した。

 すると次の瞬間、扉側から姿を現した紺碧の彼が胸に抱えていた飲み物を半分ほど強引に奪い取る。橙色の瞳を丸くする彼など意に介さず、彼は知らん顔で言った。


「行くぞ」


「え、え?ちょっと待って」


 間を置かず歩き出した背中へ慌てて付いて行きながら、その不可解な言動に彼は首を捻るのだった。


▷▶︎▷現状を説明しよう。


 圧巻の建物を前に息を飲んでいた。

 初日にも関わらず時間ギリギリで門を潜った人物は、待ち構えていた教師に急かされながらも手続きを終え、2-Cと吊り下げ看板のある教室へ向かっていた。

 賑やかな空間を隔てるスライド式の扉を開け放つと、教師が先頭を進み空気が一変する。直後、教室へ静寂が訪れた。

 期待と緊張を胸に抱きながら一歩、未知の領域へ踏み出す。


「蒼井雪月(せつ)です、よろしくお願いします」


 『普通』の初対面を終え、新たな日常が始まった。

 反応は期待に顔を染める女子生徒、興味の無い生徒、品定めするような視線を向ける生徒と実に多種多様だ。その後、右隣や前後の席の生徒と軽い会話を交わし、四時限目まで教えを乞いながらも変哲もなく時間が過ぎていった。


 問題が起きたのは昼食の時間だった。


 弁当制の昼放課は基本的に自由だ。好きな場所で、好きな相手と食事をしても良い。一人で食事をする人間は図書館のイートインスペースや自席へ残る者が多く、団体で食事をする場合は中庭や机を囲み歓談していた。

 途中、刺さるような視線を感じていたが、先に柄の悪い男達が現れた為、それを意識する余裕は無かった。


「君、今日から転校してきたの?」


「コイツあいつに似てねえ?」


 目の前へ立ち塞がった六人の大男。全員が175cmを超えており、囲まれれば嫌でも威圧感を覚える。

 周囲の生徒達は此方を窺うばかりで、割って入る気配など到底感じられなかった。


「お願いがあるんだけどさ、俺達にジュース持ってきてくれね?」


 ――そう頼まれ最初に至る◀◁◀


「とんだ災難だったな」


「ごめん」


 三年生の教室へ向かう道すがら説明を聞いていた彼は、改めて溜息を吐いた。

 その様子へ居た堪れない感情を覚え、眉尻を下げながら手伝ってくれている彼へ謝罪を述べる。


「……ほら着いたぞ」


 顎をしゃくって示したのは、3-Bの吊り下げ看板が掲げられた教室だった。ペットボトルを返してくれる揺れた紺碧の瞳を見て、ふと気になっていた事を思い出す。

 教室で感じていた刺さるような視線。それが彼から向けられていたものだったからだ。


「あの、」


 自己紹介を後回しにしていた事へ漸く気付き、口が吃る。どう呼ぶのが正解なのか思慮している間に彼は歩き出しており、その背中は既に遠ざかっていた。


「……また後で聞こう」


 同じ教室なのだから、また会えるだろう。そう意識を切り替えて教室へ視線を向けた瞬間、柄の悪い男達が此方へ歩いて来ているのが分かった。

 彼らの周囲だけ空気が異なっている。近寄り難い威圧感を醸し出していた。


「すげえ助かったわ、飯の時間邪魔してごめんね?」


「いえ、大丈夫です」


 謝罪をしてくれる辺り、根は良い人なのだろうか。強面の表情を見ながらそんな事を思う。

 人を色眼鏡で見るのは余り良しとしない__否、色眼鏡で判断できる程、世間を知らないのが真実だろうが。


「そうだ、放課後また来てくれない?見せたいものがあるんだよ」


 なあ?と五人へ確認を取りながら、此方を見下ろしてくる。放課後と言われても特に予定は思い浮かばなかった為、ここは素直に首肯しておいた。

 用も済んだところで、五限が始まる前に自席へ戻ろうと来た道を引き返す。


 ――後ろから向けられる視線を感じながらも、この場を後にした。

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