煽りに乗るヤツは三流。無視して二流。一流は乗った上で煽り返す。
「ハイさぁどんどんいこー!!モブに付き合ってあげるほど私は暇じゃないのだぜ!!」
「なめやが――うぉっ!?」
木刀を携えた男を海へと放り投げたクロノは高らかに宣言する。そして挑発に釣られて金属バットで殴りかかってきた男に対し、クロノはバットを握る男の右手首を拳で殴りつけて握る力を緩ませる。男の手からバットが離れると同時に、流れるようにクロノは足払いで男を転倒させて海へと蹴飛ばした。
「く、クソがぁ!!?」
「海面ペロペロしててくださーい!しょっぱすぎて涙目になるがいいッ!!」
地面に転がり落ちたバットを拾いながら、クロノはケラケラと笑っていた。派手に上がる水飛沫と、それから少し遅れて聞こえた小さな呻き声と小さな飛沫の音を聞き届けたクロノは拾ったバットの先端を残る男に向けて指し示す。
「さてと、もう君1人だけになっちゃったけどどうするのカナ?スリングショットを使うって事は接近戦には自信がない臆病者でしょ?お仲間やられちゃったし、みっともなく尻尾巻いて逃げちゃってもいいんだよ?」
ニタニタとした笑みを顔に貼り付けて、クロノは挑発をやめない。煽る事で相手の冷静さを奪えるのであれば、それは相手が精神的に余裕のない格下であることの証明にほかならない事をクロノは知っているからだ。
「バ、バケモノめ……!」
「はぁ!?バケモノ~~!!?言うに事欠いてこの私がバケモノ!?どこからどう見ても美人で可憐でキュートな女の子でしょうが!!」
「囲まれてるのに難なく無傷で二人倒すヤツのどこがキュートだってんだ!?」
「それは君達が弱いだけの話でしょーが!!あーもう怒った!完全にキレたプッツンですよ!!そこから動かないでよね!血祭りにあげてやる!!」
怒り心頭を装って、クロノは金属バットを担ぎ上げて男の元へと走り出す。
「くっ!?」
鬼気迫る表情を見た男は一瞬逃げるか判断に迷いつつもスリングショットをクロノに目掛けて構えるが、その一瞬が命取りであった。
「どっせーい!!」
「は!?バットをな――――ぐほぁ!!?」
クロノが走りながら構えていたバットが風車のように回転しながら男の胸元へと直撃する。衝撃で男の手からスリングショットと弾が零れ落ち、男は仰向けで地面に倒れる。
「バットは殴る!打つ!だけじゃないんだよねぇ。物である以上、投擲にも使えるって事は覚えておかないとこの街じゃ生き残れないよ?」
「ち、ちくしょ……――ウッ!?」
クロノは地面に転がったバットを拾い直し、背中をつけて天を仰ぐ男の胸元を踏みつける。クロノの表情は陰になって男からは伺えない。嬉々とした声音だけが、身動きを封じられた男の両耳へと届く。
「ハイここで君には選択肢があります!1つは『今持ってる有り金を全部私に差し出して命乞いする』!もう1つは『無抵抗で海の藻屑になる』の2択!好きな方を選んでいいよ!!」
「か、囲って襲ったってのに、金払えば見逃すほど甘ちゃんなのかよアンタ……?」
「さぁてね?誠意次第じゃない?まあ銃じゃなくて子供の玩具使ってるって事はあんまり期待出来そうにないけど。ほらほら、選んだ選んだ。私の気はそんなに長くないよ?」
掴んだバットの先を裁判官が握るガベルのように地面にカンカンと叩きつけながら、クロノは男へ催促する。
「…………………2万しかねぇ」
「に・ま・ん~~~~!?インフレ極まってる昨今の三途の川の渡し賃にもなりゃしないじゃん!?あーもうしょうがないなぁ……いいよ!トクベツ!私は懐が広いから2万で赦してあげよう!!さぁ出すモン出して!!」
「ほ、本当か!?」
「ホントホント!私は嘘つかない!私は赦すよ!」
満悦の声音でクロノは男へと声を落とす。それを聞き届けた男はズボンのポケットを弄ると、そこから紙幣を取り出してクロノへと差し出す。
「こ、これで全部だ……!」
「はぁい、まいどあり~~!じゃ、これで君は私から無罪放免ってことで!」
クロノは足を男の胸元から退かすと、男に背中を向けて歩き出す。クロノは振り返る素振りもなく、受け取った賄賂をポケットの中に仕舞い立ち去っていく。
「た、助かった……のか?」
地面から起き上がり、ホッと胸元を撫で下ろしながら男が落ちたスリングショットを拾おうと手を伸ばした――その直後の事であった。
「アイツからはな」
「――ひぎゃぁ!?」
伸ばした手が濡れた靴で踏みつけられる。苦悶の余り素頓狂な声を出した男が見上げると、そこには全身ずぶ濡れになった銀髪の男が木刀を携えて鋭い眼光で睨みつけていた。
「だ、騙したのか!?」
男はクロノへと背中に悲痛な叫びを投げかけるが、クロノは悪びれもせずに淡々と言葉を投げ返す。
「えー?騙しただなんて人聞きが悪いなぁ。私は君から迷惑料を頂戴したから私を襲った件に関しては赦したよ。でもそれでチャラになったのはあくまで私の分だけであって、それ以外はまた別の話なんだよねぇ。私は赦した!でも彼は赦してくれるかな?はいマガハラくんお答え下さいッ!」
「とりあえずお前の命で手打ちにしてやる」
「や、やめ――――ヒギャッ!?」
目にも止まらぬ速度で振り下ろされた木刀が、男の脳天に叩きつけられた。衝撃に耐えきれずに木刀は真っ二つに割れ、男の頭蓋は凹み顔面から血を吹き出して白目を向いた。
「わー、容赦ない。こっわー☆」
「命取られそうになってんだ、かけてやる情けなんてそもそもねぇよ」
完全に意識が途絶えた男の首根っこを掴むと、マガハラはそのまま乱暴に海へと放り投げた。三度水飛沫が上がり、水泡と共に人型の肉袋は水底へと沈んでいく。
「…………あれ?出血した状態のプレイヤーを海に落としたら鮫出るんじゃなかったっけこのゲーム?」
「…………あ?…………………………、あっ」
『ゴロポン』の川沿いや海辺では釣りが出来たりするなどミニゲーム的な要素もあるのだが、それと同時に人食い鮫が出現する要素がある。出現条件は出血状態で海に入る事なのだが、この緩い条件を満たすとわずか数十秒足らずで巨大な人食い鮫が姿を現す。
「あれ待ってセンっちは!?私のサングラス!!?」
「……、まだ海ン中だな」
「バカハラぁ!!?なにしてんの!?なにしてんの!?」
「――きゃぁああ!!?た、助けて!?なんか尾ヒレのついたこれ待っていやいやヤダヤダヤダいやサメぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
海の方からセンの悲痛な絶叫と共に助けを求める声が上がる。人食い鮫のヘイトの最優先はあくまで出血状態の男なのでセンが狙われることはないのだが、そんな事情を知らないセンは大いに慌てふためく。
「早く助けにいかんかいワレェー!?私のサングラスになんかあったら同じ姿に変えてやるからなぁ!?」
「ッ!?クソ――がッ!!」
「ちょぉい!!? 私の脚をつか――むぼぁ!!?」
人食い鮫の出現を目視したクロノがドロップキックでマガハラを海に叩き落とそうとするが、すかさずマガハラは伸びたクロノの脚を掴んで道連れにする。大きく上がる水柱。激しく揺れ動く海面。片手で必死に藻掻くセン。
それらを横目に人食い鮫は沈んでいく男を丸呑みすると、そのまま3人に襲いかかることはなく静かに離れていくのであった。




