カチコミカチコミもうす
「――――『嶽之湖組』の末端風情がイキってんじゃねぇ!!」
「ぐはぁ!?」
「ケンジ!?……テメェやりやがったなァ!?ゼッテェに許さねェ!!」
複数の怒号と銃声が木霊し響き渡るここは神寿区花吹町。ここは現実ではない電子上に存在する仮初の世界。
『極道ステゴロチャカポン』――通称『ゴロポン』と呼ばれるVRMMOゲームの中に存在する箱庭だ。
目と目が遭えば飛び交う怒号と拳に鉛玉。刃を振るえば舞う血飛沫。禁止事項はチートを除いて一切なし。必殺技のようなスキルの類いやアクション補正は一切なく、プレイヤーの反射神経と操作技量のみが要求される、現実と遜色ない”強さ〟こそが絶対正義のオープンフィールド型VRMMO。
そんな人工的に創造され、レトロな雰囲気漂う鉄筋や昔ながらの木造の建築物が多く立ち並ぶ夜の往来の地面に、鮮やかな鮮血が咲き誇る。
惨劇が繰り広げられて悲鳴と共に逃げ惑う群衆。遠方ではパトカーのサイレンが鳴り出した。状況を収めんと警察が到着するのも時間の問題だろう。
そしてこの凄惨な光景を、月明かりに照らされた建物の屋上から見下ろす者達がいた。
「おー、やってるやってる。今日の狩り場はっけーん☆……しっかし、どうしてこうも『嶽之湖組』の下っ端連中は血の気が多いんだろうねぇー」
ビルの隙間を縫うように吹く夜風に艶やかな金髪を靡かせながら、女は嘆くように呟いた。細身の体躯を覆い隠す濃紺のスーツを身に纏い、夜にも関わらず掛けた黒いサングラスが月明かりを反射する。
この仮想世界における女の名はクロノ、本名は黒川ノルティ。神寿区花吹町で勢力争いをしている『嶽之湖組』の【若頭補佐】であった。
「そういう風にデザインされてるからだろ。それに下っ端共の血の気が多いのは『鬼鋸組』も同じだ。まあアイツらは直情的で動きが読みやすい分、手頃なカモではあるからスコア稼ぎには丁度いい。ただ動きが単純すぎて退屈なのが玉に瑕だけどな」
女の隣には髪を掻き上げた頬に傷の付いた銀髪の男が、クロノと同じく濃紺のスーツを身に纏い立っていた。
この仮想世界における男の名はマガハラ、本名は高天原櫂斗。クロノと同じく『嶽之湖組』に所属している【若頭補佐】である。
マガハラはスーツの内側に手を回すと、煙草を取り出して口に咥えた。
「お、そろそろ出る?なら私にも1本頂戴?」
「これがラス1だから無理だ」
クロノのお願いをサラリと躱したマガハラは懐から続けてライターを取り出すと、咥えた煙草の先端に火を灯した。現実世界では煙草は臓器を蝕む有害アイテムだが、この世界では一定時間攻撃力が上昇する有益をもたらすアイテムとなっている。
「えー、そんなこと言って実は隠し持ってたりするんじゃないのー?」
「ねぇよ、マジでラス1だっつの。つーかバフアイテムくらい常に常備しとけよ……って、ラス1になってる俺があんま言えた義理じゃねぇけど」
「やー、それが昨日賭場で全財産スッちゃったんだよねー。だから今の私は無一文!煙草買うお金もないのだ!!いやー、あの勝負、絶対イケると思ったんだけどなー!」
「なんだ、お前がタコ負けするなんて珍しいな。明日は雨か?」
「明日と言わずに今すぐ血の雨降らせちゃってもいいんだZE☆!?」
「満面の笑みで何物騒なこと言ってんだお前。……ったく、まあないならないでやることは1つだろ。ここではそれが許される。それに金はなくても弾はあんだろ?」
「1発しかないよ!」
「……………………………は?」
あっけらかんとしたクロノの宣言を聞いたマガハラの手からポトリと煙草が地面へと落下する。そして一陣の風が吹き、床に落ちた煙草は巻き上げられて宵闇に舞う。
「さ・て・と!かわいい弟分達も劣勢みたいだし、どーれいっちょお姉さんが一肌脱いで華麗に窮地から救ってあげるとしますかねー!!」
クロノはフェンスのない屋上の淵に立ち、眼下で繰り広げられている喧嘩を見下ろした。クロノ達がいる屋上はビル3階分の高さであり、ここから飛び降りようものならただでは済まないだろう。
しかしクロノは微塵も躊躇う事なく淵へと立ってみせる。そして見下ろす地上で繰り広げられている争いは1人、2人と『嶽之湖組』の人員が凶弾と凶刃に倒れ、広がる数の差により『鬼鋸組』が有利に事を運んでいた。
「ちょっ、おい待て馬鹿――」
「――――――――――カチコミじゃー!!!!」
マガハラの静止を促す声は虚しく夜空に溶け、代わりに轟いたクロノの鬨の声と共に彼女の身体は重力に従い地面へと吸い寄せられていく。
現実となんら遜色なく完全再現された物理法則に従い、クロノの肉体は急速に地面へと迫る。命綱もない一見すると無謀でしかない飛び降り。しかし彼女の顔に浮かぶのは嬉々とした笑みであった。




