第九話 修学旅行 Ⅰ(1)
学園祭の翌日、振替休日の月曜日は、りこの苦情を聞く日だった。
「いいな、私も行きたかったもん、青陵の学園祭!」
「だって仕方ないだろ。緑生学園も文化祭だったんだから!」
こういう時の女の子に、理屈立てた反論は無意味らしい。
「まあ、知ってると思いますけど、うちの文化祭ってイマイチじゃないですか」
一緒にいたとみちゃんに言われるまでもなく、中学校の文化祭は、研究課題の展示発表がメインでお祭り感がない。それは俺もよく知ってる。母校だからな。
振替休日の今日、わが家に揃った莉緒、りこ、それにとみちゃん。とみちゃんが母さんの席に座って、四人でお茶をしていたのだが、そろそろ俺はバスの時間だ。
「さて、俺は出掛けるよ」
「あ、そうなんですか」
「真白さんとデートなんだって」
りこが、ぶー、って顔で言う。
「りこ、可愛い顔が台無しだよ」
りこの両肩に手を乗せて、莉緒が宥め役に回ってくれて助かる。
「いってきます」
みんなの見送りを受けて出発。なんだか変な感じだ。
真白とのデートは、そういえばようやく二回目だ。いつも学校で一緒なせいかな。
彼氏らしいことをしなきゃ、なんて普通は思わない。
だって、普通は思わなくても、したくなることだから。
普通はデートして、手をつないで、ハグして……それから、キスをしたくなるものだって。
俺たちは普通じゃないんだね。と話し合いながら、俺と真白はデートの機会を増やして行こうと思った。でも、真白の気持ちをもっと考えるべきじゃなかったのかな。俺は。
今日のデートの目的は、もう間もなくに迫った修学旅行の必要品の買い物だった。
青陵学園の修学旅行と言えば、伝統的に京阪神だ。つまり、中学の時とエリアは同じなのだ。
ここ数年のことらしいが、一応生徒たちに行先のアンケートを取っているらしい。記憶を辿ると高校一年の冬に、そういえば提出した気がしないでもない。
北海道、京阪神、沖縄の三択。
俺は北か南で迷って、北にした。ほとんどのみんなは、沖縄と回答したらしい。俺のひねくれた性格が、如実に表れている。
でも結局は、諸般の事情とやらで京阪神に決まるのだ。
昨今の観光事情、修学旅行の受け入れ先も大変だろう。京阪神も海外旅行者の人気エリアではあるが、その一方で京阪神なら例年お世話になっている宿泊先が、毎年の売上として計算に入れてくれている。そんな大人の事情は大人になってから分かればいいだろ?
◆◇◆◇◆
京都行きの新幹線で、私は彼の座席を探した。彼は二年一組で、私は二年三組。車両は隣だ。
一度目の訪問。彼は窓際の席ですやすや眠っていた。朝が早かったし、彼は本当によく寝るみたいだ。竹内くんが、授業中によく寝ているという話を教えてくれたことがある。ちょっと成績が心配。
そんなことより、先日の買い物で私が選んだ大きめのリュックサックを抱っこして、それに顔を半分うずめた寝顔は面白かった。
彼の隣に座る竹内くんが、起こそうか? と聞いてくれたけど、そのままにしてあげて、と私は自分の席に帰った。
二度目の訪問は、春詩のやつ起きたよ、と竹内くんのメッセージを受けて。
彼は車窓を眺めて険しい顔をしていた。
隣の席の竹内くんは、小倉さんの席に外出中。空席となった彼の隣に座って話しかけた。
「春詩くん、顔が怖くなってる」
「真白……」
理由は分かってる。彼にとって、京都への旅がどういう意味を持つか、私は知っているからだ。
「ごめん」
彼は自分のほっぺたを引っ張って、こわばりをほぐす仕草。
つい、私もそのほっぺたを引っ張ってみた。
「いてて」
「ごめんなさい。やわらかそうだったから、つい」
私だって、本当は恋人らしいことがしてみたい。
それは偽りない気持ちだった。誰にも、いや、三橋先輩には相談したことがある。蒼司兄さんも、気づいているだろう。
「今日の班行動は、どこにいくの?」
私は聞いてみた。別の班の女子たちが、意中の男子と偶然を装って京都で会いたい、という会話をしていたのを耳にしたのである。そうか、そんな手があるのか、と私は学んだのだ。
「ええと。清水寺とか、そのあたりだな」
記憶を辿った春詩くんは答えた。
「定番ね」
「そっちは?」
「二条城を回るの」
私はすでにがっかりしていた。
「んー、清水寺と近いのかな」
「残念、ちょっと遠いわ」
そう、遠いのだ。班行動の時間に共通の時間を持つのは不可能なくらい。
「そうか……会えると思った」
春詩くんが残念がる言葉を口にしてくれただけでもうれしい。
「ホテルは一緒だから」
部屋番号がわかったら教えるね、と私は言い添えた。
「そうだな。少しはゆっくり話せるといいな」
駅に到着すると、方面別にバスに乗車して即座に班行動に移る。昨今、京都旅行は大変なのだ。ひょっとしたら来年からは修学旅行の行き先が変わるかも、という噂も先生方から聞こえてくる。どうせなら今年から変わってくれれば、春詩くんの精神衛生的にも良かったのに。
二条城に着くと、班のみんなと順路通りに回る。レポートに備えたメモを取ったり、撮影OKの場所で写真を撮ったり、それなりに忙しくしてみたけれど、なんだか自分のお堅い性格に、ちょっと落ち込んでしまった。
そんな私の性格だから、同じ班の女子も男子も、ちょっと真面目な性格の人たちばかり。
類は友を呼ぶというとはこのことだ。気楽に遊びたい人は、お堅い生徒会長と同じ班になんて、なりたくないはずだ。私たちも、騒いで遊ぶというのが苦手な人種だから、それは別によいのだけど。
「ねえ、私、冒険しようと思うの」
昼休憩の時間に、私は班のみんなに切り出した。
「それは、ちょっと生徒会長としてあるまじき行為なのだけれど……」
それを思うと、自分でもわかるくらい言葉が重く出てこなくなる。
「いや、一ノ瀬さん。せっかくの修学旅行だし、言ってごらんよ」
眼鏡をかけた、普段無口なタイプの男子が、私の気持ちを察したかのように促してくれた。
そう、せっかくの修学旅行なのだ。
「あ……ひょっとして、噂の彼氏のところに行くの?」
クラスメイトの女子に言い当てられて、顔が熱くなる。
「いいじゃん! 私、そういうの憧れる! いいと思う!」
「そうね……私ら、こういっちゃなんだけど、お堅くて、ほかの班から浮いてる顔ぶれが集まってる感じじゃない? ちょっと悪だくみしてみようよ」
眼鏡でのっぽな女子、たぶん私よりお堅いイメージのクラスメイトも、胸中に何か抱くものがあったのか、共感してくれた。
「よし、やろう!」
眼鏡の男子くんが背中を押してくれるように言った。




