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第八話(6)

 そりゃあ、井出にだって、職員室に用事くらいあるさ。おかしくない。

 じゃあ、女子生徒に尾行されるのが普通かというとそんなわけはない。

 ただ、この場合、どっちが悪事を働いてるかなんて、判断しづらいなあ。

 その女子生徒は、俺が少し離れたところから眺めるように見ているのには全く気づいていない様子。まあ俺との関係性が微妙な井出すら気づかなかったのだ。気づいていたら、ぜったいに反応があったはずだ。

 女子生徒は、ほんの少し頭を低くして職員室の戸の隙間から、中の様子を窺っていた。

 数分、あるいは数十秒か。

 彼女は、深呼吸とともに職員室の戸を開いて踏み込んだ。

「井出くん」

「白石! 何の用だよ」

「井出くんこそ、なにやってるの。先生も誰もいない職員室で」

「っせーな! 先生に会いに来たけど、誰もいなかったんだよ」

「じゃ、どうしてパソコン触ってるの」

「関係ねえだろ、珍しかったんだよ!」

 そんな問答を、戸口と職員室の奥にいる井出とで、やり合っているみたいだった。

 ああ、なんだろう。面倒がらずに声を掛けるべきだろうか。が、そこに通りかかった教師が見えた。

 あまり俺にはなじみのない教師だが、数学教師の……だめだ、名前がわからない。控えめに言って、生徒には人気のない、ちょっと若い先生だ。

「どうしたんだい、白石さん」

 どうやら白石というその女子は、その数学教師が担当するクラスらしい。待てよ? 井出と同じクラスということは、莉緒たちと同じクラスなのかも。なんとなく聞き覚えもある。

「先生……井出くんが、職員室のパソコンを勝手に触っていて」

 俺は場に居合わせたとなると面倒くさそうなので、そろりそろりと廊下の角に身を隠して様子を見守った。

「ふむ。井出にはあとで先生から注意しておくから、白石さんはせっかくの学園祭だ。楽しんできなさい」

「でも……」

「さあ」

 数学教師が強く促すと、白石さんも追及しづらいだろう。意に反せざるを得ない様子で、彼女はその場を去っていく。

 次いで、井出が職員室の戸口に姿を見せた。

「井出くん。勝手に職員室の備品に触ってはいけないよ。パソコンは、まあパスワードが掛かっているから、使えなかっただろう?」

「は……はい、すみません」

「困るよ。先生が席を外している間に勝手に入っちゃあ。先生も当直として叱られるんだ。頼むな」

「はい……失礼します」

 注意しておく、というにはあまりにもあっさりと井出を返してしまう、その教師。だめだ。やっぱり名前を思い出せない。一度も習ってない教師なのだ。

 井出が姿を消して、静かになった職員室前の廊下を窺った。

 数学教師は職員室に姿を消し、誰も居なくなった。

 やけに静かだ。

 俺はなぜだか職員室の扉を開いていた。

 その数学教師は、たぶん驚いていた。

「なんだ、葉月くんじゃないか」

 その教師は俺のことを知っていた。まあ、五味渕によると、葉月兄弟は配慮すべき生徒という共有がされているみたいだし、おかしくないのか。

「どうしたんだい?」

「先生は……俺のこと知ってるんですね」

「ああ、もちろん……君は、」

「井出」

 俺は言葉をぶつけた。

「井出ってやつが、来ませんでしたか」

「ああ、井出くんね。来たよ」

「あいつ、職員室で何してたんです?」

「さあ。SNS管理者用のパソコンを触ってたみたいだ。大丈夫。素人が、パスワードも無しにログインなんてできないよ。まあ、井出くんもパソコンに興味があっただけで、悪気はないんだろう」

 それを聞いた時の俺の感想は何とも言えないものだった。

「ところで、なんだか静かですね」

「ああ、この区画だけ、校内放送を切ってあるんだ」

 そうか、そういえばこの区画は校内ラジオが掛かっていないのだ。全館で流すと聞いていたのに。

「先生、うるさいのが苦手でね」

「……そうですか」

 なんだか、俺は嫌な気分になって、職員室を後にした。なんでだろう。って、そうか。学園祭をうるさいの一言で片付けられたら、生徒としてはやっぱ、嫌なんだろうな。俺もちょっとはまともじゃないか。

 どっと疲れた。何も起きていない。なのになんだか霞が掛かって何かが隠れているみたいな気配を感じずにはいられない。

 たとえば、あの数学教師が背後でほくそ笑んでいる。根拠のない言いがかりすら、俺は想像していた。




 今日はおかしな日だ。莉緒の中学の同級生が現れたり、井出がおかしな動きをしたり。

 いちおう、ひととおり校内を歩いてみるか、という結論に至った。別に俺は、実行委員でも何でもないのに。

 そうやってボランティア精神を発揮してみれば、何事も起こらず、ただ平和な学園祭の風景を半歩外から眺めるだけであった。まあ、それが本来あるべき状態だよ。

 ひとまわりすると、今年の学園祭の大トリにしてビッグイベントの時間を少し過ぎていた。

 今年の目玉に学園祭実行委員会が掲げた青陵学園ミスコンである。

 ミスコン会場の体育館は盛況で、立ち見まで出る盛り上がりっぷりだ。

 のんびりボランティア巡回をしてたら、あらかた発表が終わってしまっていた。

 だがまあいい、放送室からの校内ラジオも、ミスコン現場の音をそのままつないでいたので、体育館にたどり着くまでの間も雰囲気は味わえた。

 ――今年のクイーンが決まりましたが、ちょっと納得のいかない一部のファンがいるようですので、特別賞に、一ノ瀬真白会長! ノミネートされてないのに、けっこう投票ありましたねえ。校内ラジオのインタビューで、こういうの減るかと思ったんですがね~。

 インタビューというのは、会長に恋人ができた云々というやつだろう。恋人、つまり俺だ。投票があったということは、真白のファンは、それでも真白推しということだ。

 審査員席の真白が、無難な会長モードでコメントした。

 パネリストとの掛け合いをしながら、司会進行が締めのトークに入っている。

 終わってしまうと、混雑に巻き込まれるので、俺は一足先に、体育館を後にすることにした。

 なんだか、祭りに乗り切れない自分がいる。

 そうなんだよな。俺って、一人だとこういうやつなんだ。つまらない人間。人が楽しんでいるのを、ひがんでるみたいに、遠巻きにして。

 藤原みたいにならないのは、莉緒やりこがいてくれるからなんだよな、きっと。

 校内ラジオのDJが、ミスコンの終わりと祭り全体が終わる流れへとコメントし始めると、そろそろお祭りの終わりと名残惜しさの雰囲気が漂い始めた。

 と、グラウンドの方からまだ放送が聴こえる。そこだけ、まだ何かが盛り上がっていた。

「「さあ、一年三組、丸尾くんに指名されたのは、同じく一年三組、本年最も話題のニューカマー、リアル“男の娘”! 葉月莉緒くんだ!」」


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