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ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―  作者: つくもいつき
1年目春 商会令嬢対決編(完)

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24/99

第19話 ショートカット




 異界ダンジョン〈試しの山〉。

 対象から情報を拾う才能(タレント)〈第四の目〉で、俺は〈試しの山〉そのものをひとつの対象として『視る』。



 深紅に反転した視界が、無数の光脈となって網の目を描く。

 森も岩も熱を孕んだ空気も、あらゆる存在の輪郭が符号へと分解されていく。

 気温、魔素・聖素濃度、魔物の種別と位置、地形の立体情報、仲間の生体反応――膨大な数値と文字列が洪水のように脳へ雪崩れ込み、頭蓋がきしんだ。



 原作では、〈第四の目〉はほとんど死に才能(タレント)だった。

 ゲーム画面で大半のステータスは確認できた。この目の出番といえば、原作の俺がヒロインの好感度や好きなものを調べ、主人公へ教えるときくらいだった。

 それがこの世界では、情報を寄越しすぎる。



(――レンたちの位置と各班の軌跡、それに魔物の分布だけを……!)



 意識を研ぎ澄まし、奔流の中から平面地図情報の層へダイブする。

 深紅の大地に幾筋もの光点が瞬き、隊列を組んで移動していた。

 光は班ごとに色別されている。



 俺とカーラは白。レンとシモンの位置は北北西に一キロと少し離れた淡緑の光点。黄色のアリス班は速度を伴って南下し、他班もそれぞれの軌跡を残している。

 拾えたのは、各班の光点の位置と移動の軌跡、魔物の分布までだ。生体反応の細部を選り分ける余裕まではない。



 十五秒。頭蓋の中で何かがプツンと弾ける感触。

 鼻腔を熱い液体が伝い、視界がにじむ。



「あ、アイカータくんっ!?」



 魔光を解除すると同時に膝が抜け、地面に崩れ落ちた。

 視界が元に戻る。足元の黄土とカーラの甲冑靴が揺れて映った。



 あと五秒でも長びいていたら、脳幹が焼けていただろう。そう思えるほどに、頭がくらんだ。

 鼻血が(したた)り、赤い点を土に散らす。

 カーラの慌てた声がかすかに遠く、生ぬるい風が頬を撫でた。



(全員の位置は、わかった――)



 ぐらつく意識をつなぎ止めながら、俺は拳で地を叩き、再び立ち上がろうとした。

 力が入らずに、その場に倒れ込む。

 鼻っ柱が土にまみれる。痛いのかどうかもわからないまま、うめいた。



「だ、大丈夫か?」



「予定、どおり、に……」



 俺は振り絞った声を上げる。

 からからに乾いた喉を震わせるたび、鉄の味を帯びた唾液が舌の裏で苦く弾けた。



 しゃがんだカーラが、うつ伏せに倒れた俺を仰向けに返した。

 その隣へ、俺と同じ向きでうつ伏せになり、肩を寄せてくる。



 俺は意図を察した。

 いまの俺に上体を起こす力はない。俺は肩と腰をひねり、カーラの方へ転がった。

 ハーフアーマーの背に、身体が乗る。

 彼女に腕を回し、どうにか落とされないように俺は自身の腕を掴む。

 震える指先が汗に滑りそうになり、必死で力を込めた。



 それを確かめたカーラが両手をつき、俺を背負ったまま四つん這いになる。

 片膝を立て、ひと息に立ち上がった。



 視点が一気に上昇する。

 熱を吸った鎧が俺の肌を温めた。

 肩にあごを乗せる。亜麻色の髪が頬をくすぐった。

 拭った鼻から血がひと筋垂れる。



「……悪い」



「き、気にしてない。むしろ……いや、行こう」



 カーラが前進する。

 移動しながら、ぽつりぽつりと俺は手にした情報を小出しに伝えた。





◆□◆





 〈第四の目〉の反動で、身じろぎするだけでも頭が痛む。

 それでも魔物と各班の位置・軌跡は掴んでいる。カーラの背に揺られたまま、俺は衝突を避ける進路を指示した。

 その案内が功を奏し、俺たちは一度も魔物に遭遇せず、着実に距離を稼いでいた。



 灼けた金属板――ハーフアーマーが低温の火傷のような熱を押しつけてくる。

 湿った熱帯の空気は肺の奥にまで入り込み、息を吸うたび焦げた草葉と硫黄が混じった煙が喉を擦った。



 遠くで雷にも似た地鳴りがごろごろと腹の底を揺らす。

 噴煙の影が、空の端を曇らせている。



「右……」



「――わかった!」



 カーラの肩越しに吐き出した俺の声は、熱気の層でくぐもり、自分の耳に届く頃にはすっかりかすれていた。

 俺の両脚を持つ彼女の手が強まる。

 気づかいに、温かさを感じた。



「アリスたちは……六十分ほどで山頂に……」



 俺が見た時、黄色の光点は、マップ北西端の転送点⑤から迷いなく南下していた。

 全員レベル3の第二班は、俺たちより体力(スタミナ)で上回る。



(アリスたちは山頂まで六十分ぐらいか……? 俺たちはショートカットを使って五十分……。レンたちとの合流を考えれば、余裕はない……)



 黄色の軌跡は森林地帯を抜け、マップ北の正規ルートへ向かっていた。

 アリスの才能(タレント)黄金感覚(きんせんかんかく)〉で、最適な道を選んでいるのかもしれない。



(早めに進まないと……)



 魔法の携帯袋にしまったメモ書き――対アリス用の秘密兵器に、俺は想いを馳せた。



 しばらく進んで視界が開ける。

 カーラの背から俺は標高1,000メートルはあろう火山を見上げた。

 灰を孕んだ雲が山頂を巻き込み、咆哮のような噴気が尾を引いて空へ昇る。

 空気は熱に揺らぎ、遠目にも赤熱した岩流が脈動しているのがわかる。



 近づくたび、地面の奥で心臓が脈打つような振動が強まる。

 汗ばむ肌を熱と恐怖が同時に這い上がった。



 アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、五十五分。





 俺はカーラから降りて、灼けた赤土の上に腰を下ろした。

 足元はまだふらつくが、もうひとりで歩くことはできそうだった。

 根を張ったシダの影から立ち上る湯気が頬をなで、火山風が硫黄と草の匂いを混ぜて運ぶ。



「いったん、小休憩しよう。崖へ行く前に、少しでも体力を戻しておきたい」



 そう言って、俺は魔法の携帯袋から塩おにぎりと携帯浄水瓶を取り出した。

 立ったままのカーラに、海苔で包んだ塩おにぎりをふたつ投げる。



「え? え?」



「いらなかったか?」



「――いるぅ!」



「お、おう」



 俺もおにぎりにかぶりつく。

 魔法の携帯袋内は時の流れが遅い――炊き立てと変わらぬ温かさを舌先で感じる。

 にぎり飯の海塩が舌を刺激し、唾液がどっと湧いた。



 粗い米粒を急いで喉に押し込み、携帯浄水瓶に入れた耐熱ポーションで流し込んだ。

 口内に残る塩気と炊き立ての甘さがじわりと指先に力を戻した。

 耐熱ポーションの冷涼さが胃から広がる。

 はっかを飲み干した気分だ。この世界の猛暑に欠かせない苦みを、俺は味わった。



 カーラは満面の笑顔をたたえておにぎりを頬張っている。

 リスのごとくほっぺたをふくらませていた。



「おいひぃ……っ!」



 ただの水稔米を丸めて塩を振っただけ、と口には出さない。

 噴気孔の白煙を背景に、幸せそうな横顔がやわらかく浮かぶ。

 遠くでは鳥類モンスターのスカイスワローの鳴き声が短くこだました。



 途中からカーラは、おにぎりを頬張ったまま、進行方向と俺を交互に見るようになった。

 俺が食べ終えると、残りを慌てて口へ押し込み――むせる。



「っ!? ごほっ……!!」



「おいおい、大丈夫か?」



「ご、ごめんっ!!」



「そこまで急がなくていいぞ? 変に無理して倒れられたら、その方が時間を食うからな」



 手を伸ばし、カーラの背を鎧越しにさすってやる。意味あるか、これ? そう思いながらも俺は続けた。

 カーラの咳が収まったのを見届け、俺は自身の体力(スタミナ)を『視る』。残量は四割まで戻っていた。よしっ。これなら崖へ向かえる。

 次にカーラをチェック。七割。……わーお。

 改めて、彼女が体力(スタミナ)お化けであることを俺は思い知った。



 カーラの視線が、赤く染まった俺の目に()まる。



「そ、その目、大丈夫なのか? さっき、それで倒れたばかりだろう?」



「ん? ああ、この程度なら問題ないよ。心配してくれて、ありがとな」



 俺は視界を元に戻した。

 ぽんと、カーラの背を叩いてやる。

 カーラが照れくさそうに、短くうなずいた。

 俺はざらつく手袋で汗を拭い、前方の地形を見据える。



 赤土の向こう、噴気を吐く岩場の上に切り立った黒曜の崖がそそり立っていた。

 溶岩で焼かれた断崖は鈍い光を帯び、頂には幅ひとり分の細い獣道が絡みつく。

 俺は首筋の汗に風を受けながら、険しくそそり立つ壁を見上げた。



(あの稜線のショートカットを使えば、レンたちに追いつける――)



 未だにレンたちと通信魔法はつながらない。

 あと百、二百メートル、距離を詰めれば届くはずだ。



 俺は地面に座ったまま〈不動の跳躍する兎の足〉を脱ぎ、袋から取り出した代替装備へ履き替えた。



「カーラ、こっちを履いてくれ」



 固有靴を差し出すと、カーラはうなずいた。

 脱いだ甲冑靴を、カーラは自分の魔法の携帯袋へ〈保存(セーブ)〉し、〈不動の跳躍する兎の足〉へ足を通す。

 ショートカットの準備が完了する。原作知識に頼った時間短縮に、俺たちは取り掛かった。



 アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、五十分。





「次は、あそこの、でっぱりに組み付いてくれ」



 カーラの首に片腕を回し、俺は空いた手で赤茶けた突起を指す。突起の幅は二十センチほど。熱に焼かれて脆そうだが、そこへ取り付かなければ次の足場には届かない。



「ひぃいい……っ!」



 黒曜混じりの壁は、頭上へ三百五十メートル近くそそり立つ。

 岩肌の隙間から白い噴気が漏れ、上昇気流が硫黄と焦げ土の匂いを巻き上げる。熱い蒸気が頬を刺した。



 カーラは爪先だけを足場に掛け、俺を背負ったまま手甲越しに岩肌へ張り付いている。震えが首に回した腕まで伝わってきた。



(まあ、いくら跳躍力が上がる〈不動の跳躍する兎の足〉履いてても、躊躇するわな……)



 カーラが履いているのは、俺が貸した〈不動の跳躍する兎の足〉だ。

 本来なら、レンが風魔法〈飛行術(フライト)〉で三人ぐらい運ぶのと併せ、俺がこの靴で岩棚を中継しながら登って、五合目まで高度を稼ぐ手はずだった。

 だが、二手(ふたて)に分かれたいまは〈飛行術(フライト)〉は使えない。カーラの脚力とこの跳躍を補助する靴だけで、同じ足場をつなぐしかなかった。



 俺は指差していた腕をカーラの肩へ戻す。



「カーラなら、大丈夫だ。きっとうまくいく。……頼む」



「――う、うわあああああああっ!!」



 カーラは息を呑み、脚のバネを一気に解放――。

 ぶおん、と重い風鳴りが耳を裂き、ふたりまとめて空中へ跳ね上がった。



 カーラの両手が突起を掴むや、岩がきしむ。

 反動で視界が揺れた。火口の熱風が俺の背面をなでる。

 鉄の匂いと焦げた苔が鼻を刺し、汗がひと筋、顎から地表へ滴った。



 カーラが力任せに腕で身体を引き上げる。狭い突起へ爪先を掛けた。



「よしっ。次はあの上の……」



「う、ううぅっ……」



 俺は次の蹴り出しに備え、カーラの背へ重心を預けた。



 それから何度も、俺が次の足場を示し、カーラが跳び、岩棚へ取り付く。同じ手順を重ねるたび、森林帯が眼下へ沈んでいった。

 悲鳴は跳ぶごとに短くなった。

 慣れたわけじゃない。背中越しの震えは、むしろ強くなっていく。それでも俺が次を示すたび、カーラは自分から膝を沈めた。



 やがて、残るのは崖の縁までの最後のひと跳び。

 頭上には黒い岩の縁が突き出している。



「最後だ。あの縁まで届けば五合目だ」



「わ、わかった……!」



 カーラは手甲を岩へ押し付け、狭い足場の上で深く膝を沈めた。

 肩越しに伝わる呼吸が一度止まり、次の瞬間、靴底が足場を砕く。



 熱風を突き抜け、俺たちの身体が崖の縁まで跳ね上がった。

 カーラの両手が岩角を捉える。ハーフアーマーが岩肌を擦り、甲高い金属音が響いた。



「う、うううっ……!」



 カーラは片肘を縁へ掛け、片膝を岩棚へ乗せる。

 腕と脚に力を込め、俺を背負ったまま崖上へ這い上がった。



〈試しの山〉五合目――森林帯を俯瞰する高さ。

 登り切った途端、カーラは両手と膝を地面につき、四つん這いになる。

 生まれたての牡鹿のように足が震え、ハーフアーマーの金具がカタカタと音を立てた。



 俺はカーラの背から降り、その隣に膝をついた。

 頭を撫でても反応が薄い。よほど怖かったのだろう。



 首から下げた真鍮色の風晶時計を引き寄せ、俺は蓋を弾く。

 ショートカットに取りかかってから、二十分。予定どおりだ。やったぜ。



「でかしたカーラ! 崖下から二十分で五合目まで来られた! ほんっと助かった! 君のおかげだ!」



 返事の代わりに、震える手が持ち上がる。カーラは親指だけを立てた。

 俺は立ち上がり、指で首に触れる。再度通信魔法でレンに呼び掛けた。



【レン、聞こえるか……応答しろ……】



 ここまで登れば、もう〈念話〉は届くはずだ。

 だが、返事はない。



(……距離の問題じゃねえ!)



 胸の奥を、冷たいものが走る。

 山頂までは残り標高三百五十メートル。

 灰色の雲が火口上空で渦を巻き、その内側を紫の雷光が走った。



 アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、三十分。


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