第十三話 上司
地下駐車場からのエレベーターを出ると、そこは広いロビーだった。右手にさっきバイクで前を通った正面玄関、左手には受付のカウンターや液晶か何かの映像装置が大きく環境映像を映し出している壁。正面には透明なパーティーションで区切られたブースがあり、何組かがカップ片手に会話をしていた。
「オカルト組織っぽさが欠片もない件について」
(お主のその思い込み的なイメージはどこから来てるのかのう)
だいたい創作とリアル異世界のダブルアタックだよ。わかってはいるんだよ、別にオカルト関連だからってオカルトチックでなきゃいけないって事はないってことぐらいは。
エレベーターホールからロビーに出ると、周囲から視線が一斉に飛んできた。
幸い俺ではなく、前をあるく二人に、だった。
「お、おい。刀使さんとラドクリフさんだ」
「昨日の作戦で行方不明って話だったけど無事だったんだな」
「あの後ろのやつは何だ?」
あちこちで二人の事を噂している。なるほど、そういやどこにも連絡とってなかったな。
「そう言えば無事だと連絡するのを忘れてましたね」
「仕方ないデス。お互いそんな些細なこと頭から吹っ飛んでたデショ?」
「そうね」
周囲の反応を尻目に、二人はそんな風に言って素無視を決め込んで先へと進んだ。いいんかそれで。
二人は受付にたどり着くと、カウンターの女性に驚かれながらも無事を喜ばれていた。
「お二人がご無事だったのは僥倖ですが、一体なにがあったのですか? それに後ろの方は……」
「それも含めて、先に上に報告したいことがあるの」
「そうデス。最優先事項です」
「それはどういった……」
「ココでは言えません。大至急で取り次いでほしいの」
「……わかりました、お二人がそう言うなら余程のことなんでしょう」
受付のお姉さんはそう言ってどこかに連絡を取り始めた。
「――はい、それではすぐに」
そう言って受話器をおくと、受付のお姉さんは二人に無言で頷き、奥に続く扉を指し示した。
「奥でお会いになるそうです」
「ありがとう、無理させちゃったわね」
「サンキューです。じゃあ行きまショー……って、なんデスかあなた達」
カウンター前で待っている間に、俺らの周りをぐるりと囲うようにして、人が集まってきていたのである。
☆
「おかけになってお待ち下さい」
ちょいとばかし頬を引きつらせつつ、受付の人とは別のお姉さんがそう言ってちょっと広めの応接室、という感じの部屋へと案内してくれた。頭を下げて官給品なのかシンプルかつ立派な革張りのソファに腰掛けると、俺の左右にシスターと巫女さんが腰掛けた。
「神川さん、お願いですからおとなしくしていてくださいね?」
「ソーですよ? ミスタが悪いわけじゃないですが、さっきのような事をいきなりはノーセンキューデス」
どうやらこれから会うってのは、割と偉いさんのようである。どういう相手かはまだ教えてもらってないので知らんが。んで何を警戒されているのかというと、さっき受付で囲んできた連中を、4分の1殺し程度に撫でてやっただけの話だ。
いきなり喧嘩売ってきておいて、やり返したら泣くわ喚くわ。腕の一本や二本折れた程度じゃ死なないだろ、と思ってたら二人が蒼白になって止めてきた。
ちゃんと再起不能にならないように、治る程度の怪我しかさせてないんだが。だいたい異世界の酒場じゃ日常茶飯事だぞ。開放骨折程度でのたうち回ってたら、魔物と戦う時どうすんだよ。痛覚無視スキルくらい、冒険者だったら初心者の卒業証書レベルだぞ。
(それにさっきの事も、お主がやらねば我の瘴気が吹き出すレベルじゃったしな?)
だよね。顔も知らん奴らが徒党を組んで囲ってイキナリ蔑んだり罵ったりはては実力行使に出たんだからな。まあダメージは欠片たりとも入らなかったが。
ソファーで左右を固められながら座っている俺の目の前のテーブルに、そっと湯呑が置かれた。淡い緑色で蓋付きの、高そうな感じがするやつ。出してくれたのはやや年配というか、俺の母親くらいな年齢のキリッとした感じの女性だった。
「粗茶ですが」
「あ、いただきます」
湯呑を手にして口をつけると、ふんわりとした香りと共に温かでスッキリとした味わいの茶が口腔を満たした。
「こりゃうまい」
(ほんに。この手の茶は初めてじゃが、悪うないの)
美食家じみてきた邪神まで同意するということは、良い茶葉で丁寧に入れられたということだ。なんちゃって茶葉しか異世界にはなかったからな。
俺のその反応を見て気を良くしたのか、お茶を出してくれた女性はニッコリと微笑んで俺の対面へと腰掛けた。
「はじめまして。ここの副責任者でそこの二人の上司でもあります、信田と申します」
「あ、こりゃどうも」
すっと伸ばされた両手には小さな紙片。
宮内庁式部職、式部官 信田命婦
そう記された名刺が、俺に手渡された。
ふうむ。
(お主の記憶から推測するに、国に直接雇われておる者じゃな?)
ですわ。だからこその、ふうむ。なんだけどな。
「信田式部官、こちらは神川流行さん。私達二人の危ういところを助けてくださった方で……」
「ソーです。それで色々とお伝えしたいことも」
「あなた達は少し静かにしていてくれるかしら。直接お話がしてみたいの」
「あっ、はい」
俺が自己紹介もせずに無言で名刺を見つめていたせいか、両側の二人がなんか焦り混じりに口を開いたが、即座に柔らかい口調ながらも強めの言葉で押し止められていた。覇気もすごいな。生半可なやつだとおしっこ漏らすぞコレ。
(というか、我もお主も何もしとらんのにやけに睨まれておるな。というかコヤツ気配が怪しい )
うん、それは最初っからわかってる。お茶持ってきた時から気配というか、なんというか。
こいつ、少なくとも俺がぶっ殺した地竜もどきくらいなら一人で倒せる程度に強いよな?
んで、それ以前に。
「信田さんって言ったっけ。俺は、ただの通りすがりの一般人だ」
口元以外を隠したマスクを付けた俺は、そう言って相手を見据えた。
「……その、ミスタ? いつの間にそんなマスクを?」
「エレベーターの中でちょっとな」
今気がついたシスターのように、意識して見ないとマスクの存在がわからない。すなわち顔を認識できないという認識阻害能力以外は特に機能が付いてるわけじゃないただのマスクだが、顔を隠すには十分だ。
「顔合わせにそういった物は失礼だ、とは思いませんか?」
「顔合わせのつもりは毛頭なかったもんでね。ただのお礼と、情報交換にお邪魔しただけだ。礼を失するってんなら御暇させてもらうさ。人間じゃない奴に痛くない腹を探られる気もないんでね」
「「!?」」
「……」
表情を変えないまま、マスクをしている俺に向かって暗にそれを外せと言ってくる上司に、俺は言い返した。人じゃないのがなに人のフリしてやがるんだと。
両脇の二人は一斉に俺と上司を見比べて目を見開いていたが、相手には何の反応もない。自分の前に置いた湯呑をとって、静かに茶に口をつけている。
「初見で見破られたのは久しぶりですね」
空になった湯呑を置くと、女上司はゆっくりと立ち上がってソファーの後ろに下がると、片手を額に当てそのままくるりと回転するや、その姿を変えた。