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チャカチャカチャッカ!!  作者: 山中一郎
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 地面に横たわる、正道の亡骸。

 正道の最期に、人間もディープワンズも、クトゥルフたち超越者までもが、目を奪われていた。

「エインセル……。究極の星辰が揃うまで、あとどのくらいだ?」

「残り……、三分十一秒です」

 純が正道に点けた魂の炎。今度は、正道から純へ。炎は廻り、火を灯しあう。

 不退転の決意を宿す、命懸けの炎が、純の魂に燃え移った。

「ならば……、ならば! 別の人間を……!」

 動揺したクトゥルフが別の誰かを人質に取ろうとした瞬間、クトゥルフの顎が拳で殴り上げられた。

「もういいだろ? 充分お前は暴れたよ。世界中のやつらを手玉に取ってさ。ほんとに、すげえやつだよ。でもさぁ……」

 皆の怒りと悲しみを拳に乗せて、純はブリンクでクトゥルフに何度も近づきつつ、宇宙まで殴り飛ばし続けた。

「そろそろ、終わりにしようや!!」

 シメの一撃で、クトゥルフは宇宙空間に殴り出された。純はクトゥルフの前に立ちはだかり、クトゥグアの炎を体の周りに噴出させた。物理法則を冒涜するクトゥグアの炎は、酸素のない宇宙空間であろうと関係なしに、無際限に燃え上がる。

「正直に言おう……。ここまで追いつめられることになるとは、思ってはいなかったぞ。荒井純。私の用意した罠を全て越えて、クトゥグアの力まで手に入れた。見事だ。見事だが――――!」

 クトゥルフもテレキネシスの拳を構える。いかなる敵も徹底的に殴り潰してきた、無敵の拳だ。

 そして、クトゥルフは全力をもって、テレキネシスの拳で純を潰しにかかった。

「これ以上、私の邪魔はさせん!! 遥かなる我が夢は、ここに成就する定めにあり!!」

 炎と拳がぶつかり合う。炎は拳に当たる度に激しく爆発し、その輝きは純が戦っている証として地球に届いた。

 テレキネシスの拳を全て炎で打ち消し、純はクトゥルフの懐にブリンクで入り込む。

「なに……っ!?」

「食らいなぁ……!」

 炎をまとった純の拳が、クトゥルフの顔面をぶん殴る。拳は止まることなく、爆発を起こしながら、クトゥルフを殴って殴って殴りまくる。クトゥグアの炎をまとった純の拳は、クトゥルフの体を焼き焦がし、クトゥルフに甚大な損傷を与えていった。

「……っ、舐ぁめるなぁっ!!」

 だが、諦めていないのはクトゥルフも同じ。その意志は正に最上級超越者と呼ばれるに相応しい、確固たる決意の元にある。

 クトゥルフは純の拳を己が拳で打ち返し、二人は互いの拳を全力でぶつけ合い始めた。拳同士が触れる度、惑星一つ軽々と吹き飛ばす程の爆発が炸裂する。

「荒井純……! 貴様が大いなる試練に立ち向かってきたように、私もこの試練を乗り越え、必ずや星辰の力を手にして見せよう!!」

 クトゥルフの焼き焦げた体はすぐに修復されるが、それは相応のエネルギーを必要とする。クトゥルフは、確かに消耗していっている。

(このままでは押し切られる……! だが!!)

 クトゥルフが純から離れ、手の平を純にかざした。

「無限の冷気に眠るがいい!!」

 突如、純の体が凍り始めた。純は凍らされぬよう、炎を出す。

 しかし、凍っているのは純の体だけではなかった。純の周囲、何もないはずの宇宙空間が凍り、純を閉じ込めていたのだ。

「んだと……っ!?」

「急いで溶かしてください、純! この範囲は、ブリンクでも逃げ切れません! クトゥルフの冷気も、クトゥグアの炎と同じで、物理法則を完全に無視して――――」

 エインセルが忠告しきることさえできず、純は一瞬で、太陽系最大の惑星である木星より巨大な氷塊の一部となってしまった。

「そこで凍りついていろ! 究極の星辰を手に入れる私を、止めることもできずにな!」

 クトゥルフがブリンクで地球へと戻っていく。究極の星辰は、もう今にも位置が揃うその瞬間を迎えようとしていた。

 凍りついた純は、クトゥグアの炎で氷を必死に溶かしていく。何としても、クトゥルフが究極の星辰を手に入れることだけは、止めねばならない。けれど、純にも分かっていた。例え氷を溶かし終えても、このままではクトゥルフを止めるには、絶対に間に合わないであろうということが。


 地球から空を見上げ、宇宙で爆発する炎の光が見える度に歓声を上げていたジョルドたちの前に、クトゥルフが姿を現した。

「ク、クトゥルフ!?」

「荒井純は足止めした。もはや間に合うまい」

 ルルイエの中心。クトゥルフの館があった場所に、クトゥルフが立つ。究極の星辰を受け取ることのできる、宇宙で唯一の場所へ。

 ルイスが焦り、通信でノーデンスとジョルドに残り時間を伝える。

「星辰が揃うまで残り三十秒! このままでは……」

「クソ! ここまで来て……!」

 ジョルドが悔しそうに生身の左腕で地面を殴った。銀の腕を破壊された彼には、既に戦う力はない。

 ノーデンスが意を決して、瀕死の体でクトゥルフに殴りかかるも、あっさりとテレキネシスの拳で叩き伏せられてしまう。

「クトゥルフ……!」

「そこで見ていろ、ノーデンス。お前も含めた数々の最上級超越者たち、その全員が恋い焦がれた究極の星辰が、この私の物になる所を」

「残り八秒! 七、六、五――――」

 カウントダウンは無情に進む。最も恐れていた時が来てしまう。

「四、三、二、一――――」

「終わった……」

「――――ゼロ」

 ジョルドが膝から崩れ落ち、人類がただならぬ気配に恐怖した。

 クトゥルフが両腕を広げ、大空に呼びかける。

「おお! 遂に、遂にこの時が! 幾億の年月の果てに、遂に!! 星辰よ。大いなる宇宙の全てを、この私に!!」

 何もかもが終わったと、ジョルドたちが絶望した。頭がかき回されるような気分。世界が静寂で固まったような、そんな気がした。

 だがしかし、本当に絶望していたのは、クトゥルフだった。

「何故だ……?」

 両腕を下ろし、クトゥルフは己の体を何度も見直した。

「何故、力が降りてこない!? 究極の星辰の力……。場所も時間も、何も間違っていないはず……」

 一体、何が起こっているのか。何故、何も起きないのか。

 皆が困惑する中、宇宙から純が降り立った。そして、空を指差し、にやりと笑ったのである。

「てめえに台無しにされた、祭りの花火。その仕返しだ」

 少し遅れて、純の後を追うように、空の彼方から宇宙で盛大な爆発がいくつも起こったのが見えた。激しい輝きが、音のない花火のように辺りを何度も照らす。

「まさか……」

 クトゥルフがわなわなと震える。何が起こったのかを理解して。純が何をして地球に戻って来たのか、理解して。

 クトゥルフは激昂し、純に言った。

「まさか、破壊したのか!? 星辰を構成する惑星を!! 究極の星辰そのものを、破壊したのか!! 荒井純!!」

「ここに来るのに間に合わないなら、近くの星をぶっ潰せばいいだけだったんだよなぁ。どうだ? 宇宙の花火は? なあ、おい――――」

 クトゥルフのプライドを貫く、見下し切った笑顔で、純は煽った。

「――――綺麗だったか?」

「貴様……。貴様……!」

 これでもかと言わんばかりに、エインセルがクトゥルフに追い打ちをしかける。

「あれ~? 何怒ってるんですか~? 宇宙のスーパーパワーでモテモテ肉体造したんじゃないんですかぁ~?」

「ぐ……っ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 クトゥルフは怒り狂った。

 辺り一帯を、クトゥルフの怒声とテレキネシスの拳が襲う。とにかく怒りのままに大地を殴りつける拳から、純はクトゥグアの炎で人間とディープワンズを守った。

 ノーデンスは純に希望を託す。力を限界まで振り絞り、クトゥルフと純の周囲に球形の結界を張った。

「フォマルハウト! その結界なら、お前たちが全力で戦っても周りに被害は出ない! ブリンクで外に出ることもできない、閉鎖空間だ! これが私にできる最後の一手! 他のことは気にせず、全力でとどめを刺せ!」

「助かるじゃねえか……。よっしゃ、任せな!!」

 純がクトゥルフの方を向くと、クトゥルフは怒りを収めて息を荒げていた。

「……、敬意を払おう。荒井純……」

 クトゥルフが純に向き合う。クトゥルフも純も体はあざと傷でボロボロになっていた。

「お前は私の計画を完全に破壊した。だが、私は私の理想を決して諦めない。究極の星辰の力がなくとも、私が支配する完全な世界を創り出してみせよう」

「させねえよ。絶対に。お前の理想の世界がどんなろくでもないもんか知らないが、少なくとも――――」

 純の脳裏に洋吉や茜、神宮、それに、正道の姿が浮かぶ。

「――――その世界じゃ、俺の大事な人たちは、絶対に幸せになれないんだ」

「理想を貫き、遥かな高みに挑む者よ。今やお前は、思想も力も、“超越者”と呼ぶに相応しい。私は敬意の念を持って、お前をここで越えて行こう」

「来いよ。ふざけた野郎は、誰が相手でもこの俺がぶっ潰す!!」

 一瞬の静寂。

 そして、その次の瞬間、純とクトゥルフの拳がぶつかり合った。

 拳とテレキネシスによるガードの応酬。より速く、より強く、どちらも残された力を絞り出し、競い合うようにスピードを上げていく。

 例え弱っていても、単純な運動性能であれば、クトゥグアの力を得た純よりも、クトゥルフの方が未だ一枚上をいく。

「私の方がぁああああ、速ぁああああああああああああい!!」

 純のガードが間に合わず、クトゥルフの拳が純の体を殴り飛ばし、障壁に叩きつけた。

「冒涜的にして絶対、無敵!! 超越者の力を極限まで吸収したこの肉体こそ! 御託も理屈も関係なく! 宇宙最強の物質なのだ!!」

 倒れた純に振り下ろされるクトゥルフの両拳とテレキネシスの拳。ノーデンスの結界がなければ、地球は一瞬にして塵と化していたであろう。純は全力で防御に徹したが、体を守り切れず、死の瀬戸際まで追いつめられてしまう。

「純! クトゥグアの炎を!! 死んじゃダメ!!」

 エインセルの声に応え、純は己の周囲に巨大な炎を現出させる。炎はそのままクトゥルフを包み込もうと広がった。クトゥルフはブリンクで純から距離を取り、炎から逃れる。

「てめえを焦がすのは、俺の魂! 世界を変える、魂の炎だ!!」

 だが、純の操る炎は結界全体に広がっていく。クトゥルフに逃げ場はない。炎がクトゥルフを包み、その体を焼き焦がしていく。遂にクトゥルフの体の再生が止まり、火傷が治らなくなった。

 もう、クトゥルフに体を治す程のエネルギーは残されていない。積み上げた攻撃の数々が、邪神の限界に届いたのだ。

「ぶっ飛べ!!」

 純が燃えるクトゥルフの頬をぶん殴り、クトゥルフの体を障壁に叩きつけ返した。

 今度は純の両拳がクトゥルフを襲う。純の拳はクトゥグアの炎をまとい、クトゥルフを殴りつける度に甚大な爆発を起こす。いかに強靭さで勝るクトゥルフであっても、そんな攻撃を乱打されては、瀕死の重傷にまで追い込まれるのも必然であった。

「純! このままやっつけて!!」

「よっしゃぁ!!」

「この私を……、舐めるな!!」

 クトゥルフの手から崩壊弾が放たれ、純は間一髪でブリンクを使い、それをかわした。

 起き上がったクトゥルフは、全身からテレキネシスを発し、体にまとわりつく炎を吹き飛ばした。

 じっと、純とクトゥルフが対峙する。

 次の攻撃で勝負は決まるだろう。彼らは互いの様子から、それを理解していた。

 長きに渡る戦いの終わり。邪神と人間の決戦の行方が明かされる。

 彼らは互いに瀕死の体を宙に浮かばせ、最後の言葉を交わした。

「荒井純。本当に、人間に平和な世界が作れると思うか? 私には、やはりそうは思えない」

 純は一呼吸置いてから、はっきりと、クトゥルフに答えた。

「俺は、信じてるよ。今のままじゃ無理でも、諦めずにみんなが進み続けていけば、いつか絶対にその日は来る」

「そうか……。やはり、相容れんな」

 静寂。

 空間に満ちる、純とクトゥルフの決意と闘志。勝負は、次の一瞬で決着する。

 先に動いたのは、純だ。クトゥルフの背後にブリンクで移動し、殴ろうと拳を繰り出す。

 クトゥルフはそれをブリンクでかわし、純の背後に周った。

「これで終わりだ!! 我が未来の礎となれ!!」

 クトゥルフの拳が純にとどめを刺す直前、純が振り向きざまにクトゥルフの拳を、拳で殴り返した。

「勝つのは……、俺だ!!」

「荒井……、純……!!」

 拳を弾かれたクトゥルフがよろめく。全てを決する時が来た。

「純! 終わらせましょう! 引導を渡す時間です!!」

「ああ!」

 純が拳を構え、拳に炎をまとわせる。

「着火してやる……! お前の全てを! 焼き尽くす!!」

 燃える拳が幾度もクトゥルフを殴りつけ、爆発する。ありとあらゆる想いを乗せて、拳をぶち込み続ける。

「着火着火着火着火着火着火着火着火!!」

「チャッカチャッカチャッカチャッカチャッカ!」

 クトゥルフの体が焼き尽くされ、白い灰に変わっていく。

 大いなる邪神の最期の時だ。

「「チャカチャカチャッカぁあああああああああああああ!!」」」

 純は、残された力の全てを込めて、最後の一撃である左拳を叩き込んだ。極大の爆発が純たちとクトゥルフを飲み込み、クトゥルフだけを焼き尽くす。

 爆発の後には、白い灰に変わって燃えていく、クトゥルフの倒れる姿があった。

「終わるのか……。夢叶わずして、この、私が……」

 既にクトゥルフの体は上半身だけになっており、その上半身も再生が追い付かず、徐々に燃えていっている。

 顔が白い灰となり、消滅する前に、クトゥルフは純に言った。


「――――荒井純。精々、夢を諦めないことだ。どれだけかかろうと。必ず報われるとは限らなくとも。決して」


「……、言われるまでもない」

 純が迷いなく答えると、クトゥルフは何処か安らぐように目を閉じ、完全に灰となって消滅した。

「遂にやり遂げましたね。純」

「いや……。大事なのは、これからだ。俺の夢は……、これから叶えるんだ」

「そうですね……。うん、その通りです! 純! 世界を平和にしましょう! 私もいっぱいいっぱい、手伝いますから!」

「あんがとさん。エインセル」

 エインセルにお礼を言う純の視線の先には、ほとんど崩れながらも、人間やディープワンズが歓声を上げる、確かに残った都市ルルイエがあった。

 地球は、邪神の脅威から解放されたのだ。

 ルルイエに降り立った純は、そのまま気を失った。過酷な戦いが終わり、緊張の糸が切れ、全身に痛みと疲れが襲ってきて。

 気を失う直前、純はクトゥグアの声を聞いた。


 ――――お前に力を渡して正解だった。存分に暴れられて、私は満足だ。私の力を使いたければ、またいつでも呼ぶがいい。私もお前と同じく、しばし眠りにつこう。そして、目を覚ましたなら……、そう。


 ――――燃やしたまえよ、魂を。それこそが、命の素晴らしさなのだから。


 ――――では、これにて。



 ――――さらばだ、荒井純。





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