41
戦いの舞台を宇宙へと移したノーデンスとクトゥルフの戦いは、苛烈さを極めていた。
究極の星辰に関わる地球や火星などの巨大天体から離れ、星辰と関係のない小惑星が集まる宙域で、惑星を泥団子のように砕きながら、二柱の神が殴り合う。
戦況は運動能力が遥かに優れるクトゥルフが圧倒的に優勢だ。ノーデンスはクトゥルフの両足と両手、そしてテレキネシスで作り出す無数の拳のコンビネーションの前に、成す術なく傷ついていく。
「先の大戦で随分弱っているな、ノーデンス!! それとも、ただ老いたか!?」
ノーデンスをぶん殴り、クトゥルフは笑いを上げる。
ノーデンスの体は殴り飛ばされ、体より遥かに大きな小惑星にぶつかり、粉々にしていった。
「それでも……!」
クトゥルフにブリンクで背後に周られ、ノーデンスは拳を受け続けるも、クトゥルフの高笑いが頭の中で響くのを聞きながら、クトゥルフの攻撃パターンを予測し、なんとかクトゥルフの拳を雷撃で弾いた。
「お前と刺し違える程度のことは、できるぞ! クトゥルフ!!」
拳を弾かれたことで、クトゥルフに隙が生まれる。
ノーデンスはクトゥルフの胴体を掴み、地球へと一気に降下した。
「ぬ……、おおおおおおおおおおおおっ!!」
宇宙空間から大気圏へ、燃えるような熱を感じながら、地上へとクトゥルフを落としきる。落下地点の大西洋が、落下の衝撃で海を揺らし、巨大な津波を産んだ。
クトゥルフはノーデンスと共に海溝に埋まり、地盤を割ってマグマの噴出を身に受けた。
だが、そのどれもが、クトゥルフにとってはかすり傷にもならない。
クトゥルフが受けた傷は、ノーデンスの雷撃を受けた拳だけ。その拳も、すぐに治ってしまう。
クトゥルフがブリンクで海底から海上に出ると、ノーデンスもブリンクで後を追う。しかし、ノーデンスが出現する場所をクトゥルフは読み切って、拳を既に構えていた。
クトゥルフの拳が冷気をまとう。純を瞬時に凍らせた冷気が、ノーデンスの左肩に拳ごとぶち込まれた。
「ぐ……っ!」
左肩から、ノーデンスの体が急速に凍り付いていく。
「――――効かん!!」
だが、ノーデンスも最上級超越者だ。凍る速度を超して体を再生させ、クトゥルフの冷気を凌ぎきった。
「そうか。なら――――」
本調子でないノーデンスを、クトゥルフは徹底的に追い詰める。
クトゥルフの周囲に現れる、無数のテレキネシスの拳。クトゥルフはその拳全てに、先ほどと同じ冷気をまとわせた。
「限界の凍気を。お前の時が止まるほどの、凍気を……!」
ノーデンスが危機感を持つも、既に時遅く。ノーデンスへ向かい、無数の拳は発射された。
「そのしみったれた体に受けろ!! ノーデンス!!」
ノーデンスに、冷気まとう無数の拳が直撃していく。戦争の傷が完全に癒えぬノーデンスと、全力を保ったクトゥルフとでは、その力の差は決定的な物だった。
ノーデンスの体が凍り付いていく。凍った体に打撃が叩き込まれ、凍った体はひび割れ、体をより深く破壊する。驚異的な打撃の威力をさらに加速させる凍気。クトゥルフが誇る、絶対威力の破壊の方程式。
クトゥルフのとどめの右拳が、ノーデンスの顔面をぶん殴った。
地面を抉りながら倒れ、立ち上がることができなくなったノーデンス。必死に体の再生を進めて、なんとか命を保っている有様だ。
「なんともあっけない。あの旧神ノーデンスが、落ちぶれたものだ。これ以上、醜態を晒すこともなかろう。かつてのお前に敬意を表し、一欠片も残さずこの世から消し去ってやる」
ノーデンスの体がクトゥルフに掴まれ、天に放り投げられる。ノーデンスは宇宙まで投げ飛ばされ、クトゥルフも宇宙に出た。
クトゥルフが両手を合わせ、開くと、両手の間にどす黒い光の球体が生まれた。球体はエネルギーを注ぎ込まれ、今にも爆発しそうに震えている。
ノーデンスはもう一刻の猶予もないことを悟る。究極の星辰が揃うまで時間を稼ぐどころではない。
今、ここで、クトゥルフとの決着をつけなくてはならない。
(最後の手段……。使うしかあるまい……!)
顔を上げたノーデンスのただならぬ眼光に、クトゥルフは面白そうに笑う。
「ほう……。あえて醜くあがくのか。実に良い。私はその方が好みだ」
「お前を生かしておく訳にはいかん。例え、地球を犠牲にしてでも……。私はドリームランドを守り抜いてみせる」
「本音が出たな。所詮、お前にとって人間は戦いの駒に過ぎんのだろう? ドリームランドの連中のために、地球の人間を利用する。素晴らしい手口だ」
「そうだ。私は私の目的を成し遂げる。命と魂を懸けて理想を追い求めるのは、お前だけではない。クトゥルフ。お前に教えてやろう。この、旧神王ノーデンスの最後の決意を」
ノーデンスの体から、途方もないエネルギーが溢れ出し始めるのを、クトゥルフが感じ取った。
「何をする気だ……、貴様!」
ようやく焦りの色を表情に出したクトゥルフに、ノーデンスは愉快そうに、にやりと笑うのだった。