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チャカチャカチャッカ!!  作者: 山中一郎
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3

 泥府市の繁華街。盛り場が集う繁華街の常として、そこにも社会の暗部が存在する。危険ドラッグ、売春、詐欺恐喝。

 だが、その夜はとある場所のみ、それらが可愛く見えるほど危険な場所と化していた。

 暗い奥まった道の先にある空きビルの中で、男性の叫び声が響く。そこで行われていたのは、実に一方的で、むごたらしい暴力だった。

 茶色のコートを着た白人の男が、黒い手袋をはめた左手で日本人の青年を殴っている。手袋には、中心に目の模様が入った五芒星が刺繍を施されており、白人が青年を殴る度に、若者の体が高温で焼かれているかのような音を立てていた。

「もう……、もう、やめてください……。すみませんでした……。ぶつかった俺が悪かったです……」

「んん~? あらかじめ言っておいたじゃないか。“許してくれなんて通じないよ”って」

 白人の男が手袋をはめた左手で青年の顔を鷲掴みにする。若者はこれから起こることを悟って、恐怖に叫んだ。

「ちなみにね、君はあの時道ばたで、たまたま私にぶつかっただけだと思っているんだろうが、実は違うんだ。本当はね、私からさりげなくぶつかりにいったんだよ。本当に申し訳ないと思っている。ぶつかった時に君が怒って、殴りかかってきたのも当然のことだ。私はただ、どんなに適当でもいいから、“思いっきり痛めつけて殺す理由”が欲しかっただけなんだよ。すまないね。僕の気分的な問題なんだ。ただ、それだけさ」

 黒い手袋が、じわりじわりと熱を帯びていく。肌が焼ける感覚が始めると、青年は涙を流して助けを呼んだ。

「嫌だ!! 嫌だあああああああ!! 誰か、誰か……、助けてくれえええええええええええ!!」

 すると、その声に応えるかのように、百円ライターが白人男の背に投げつけられた。

 白人の男は音でそれを感じ取り、振り向きざまに飛んでくるライターを、手袋から発せられる炎で焼き尽くした。

「誰だい? 君は。この子のお友達かな? 随分、妙な恰好をしているが……」

 白人の男は、誰もこないはずの空きビルの二階にやって来た、布マスクとサングラスで顔を隠した怪しい少年に尋ねた。

 少年、純はどうやら相当急いで来たらしく、激しく息を切らし、目の前の状況に驚いているようだ。

「なにやってんだ……。てめえ……!」

「やれやれ……。始末しないといけないやつが一人増えてしまった」

 ベンの目つきが変わった。一見穏やかだが、確かな殺意を含んだ目に。

 ベンに顔を掴まれた青年が、純に助けを乞う。

「頼む! 助けてくれ!! 早く、早く、警察を!」

「ああ! 待ってろ! 今助けて――――」

「……、助ける?」

 青年と純のやりとりを、ベンは一笑に伏した。

 そして、青年を掴む手にぐっと力を入れ――――

「夢見がちなこと言うねぇ。君も。そんなの、なんの意味もありゃしないのに」

 手袋全体から湧き上がる炎で、青年を焼き尽くしてしまった。

 助けを求めていた青年が、たった一瞬で骨まで焼き尽くされ、白い灰に変わってしまった。純はその様に、圧倒的な未知の力への恐怖と、己の無力さを感じさせられていた。

 ベンは床にまき散った灰を見つめ、自嘲気味な笑顔を浮かべる。そんな彼が語りだした話は、純には理解不能な物だった。

「僕もつい最近までは、君みたいなことを言ってたよ。人智を越えた超越者。この星を狙うやつらから人類を守るんだと、使命感に満たされていた。けど、どうだ。僕らの努力なんて、旧支配者グレート・オールド・ワンやら、外なる神たちのような最上級超越者からしたら、足元で蟻がクッキーのかけらを運んでいるのと同じことでしかなかったのさ」

 黙したまま、純はベンから目を離せずにいた。心の中で、純は恐怖と戦うのに必死だった。

「もう、誰も助かりやしないよ。日本の少年。十年前の超越者たちの大戦争で、眠りについていたクトゥフル以外の最上級超越者たちはみんな深い傷を負うか、死んでしまった。あの最後の希望、星の戦士までも。大いなるクトゥルフの復活は、もはや確定事項だ。我々銀のアガートラムは、深き者ども(ディープ・ワンズ)に敗北したんだ」

 ベンが何を言っているのか、純には分からない。けれど、ベンが不吉なことを言っているのは分かる。それと、彼が絶望してしまったのだということも。

 恐怖に打ち勝ち、純は口を開いた。

「何言ってるかさっぱりだけど、何にしたって、お前のやってることはおかしいって……」

「……。そうだな。うん。そうだ。だが、それがなんだ? もう何をしても無駄だ。優しさも勤勉さも正直さも無意味だ。今の世界は文字通り滅亡する。全て終わる。何をしようと、結果は同じ。なら、僕は狂ったように、好き勝手やることにするよ」

「狂ってるだろ。実際」

「さあね……。それすらもう、分からなくなってしまった」

 ベンが床の灰から、純に視線を移した。純は身構える。

 遂に、戦いが始まる。

 ポケットの中にしまったスマホから、エインセルの声が聞こえた。

「ここに来るまでに、私に分かるベン・ロブリーの情報は全て伝えました。あとは、あなたを信じます。荒井純」

(このAIも、この殺人鬼も、一体何がなんだか分からねえ。けど、こうなったらもう、やるしかない……! 作戦の下準備だって、大急ぎで済ませてきた。俺はこの殺人鬼を殺して、力を手に入れる。もっと多くの人を守れる力を!)

 純は覚悟を決めた。

 ここから始まる苦難の道のり。その第一歩。最初の試練。

 なりたい自分になるために、純は命を懸けて戦うことを己に誓う。

「後悔するといい。小さな島国の少年。君はもう、楽には死ねないよ」

 炎をまとう手袋をかかげ、笑うベン。

 純はベンに敵意を向け、戦いの火蓋を切った。

「これ以上、誰も殺させねえ。……、ぶっ殺す!」


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