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東京都渋谷区。人気のなくなった交差点。
本来なら、昼夜問わずに人で溢れかえっている場所だ。行き交う人並みが交わり、社会の息吹で満ちているはずの場所だ。
なのに、夕暮れの街並みには、銃を持った男が一人いるだけだった。
男。確かに彼は男ではある。上空を飛ぶヘリコプターや、命知らずにも現場近くに隠れたカメラマンたちから生中継されている、突然短機関銃で暴れ始めた狂人だ。
しかし、その姿はどうにも、人間と呼ぶには相応しくない物に変わってきていた。
「なんだこいつ……? こいつがほんとにさっきニュースに映ってたイカれ野郎か?」
渋谷に到着した純は、先ほど茜のスマホで観たのとは全く違う、人間の物とは言えない頭部をした男と対面していた。
「ひひっ。ひぃいいいいいいいい!! 来た! ほんとに来たぁ!! バカなマヌケのフォマルハウト!」
男の両目は肥大化して大きく飛び出し、耳と鼻が取れてしまったかのように平たくなっている。その肌の質感は、両生類。簡単に言えばカエルによく似ている。首には左右に魚のエラのようなものができており、常にひくひくと動いていた。
「純! これです! こいつがクトゥルフに仕える種族、ディープワンズです!」
「こいつがディープワンズ……。このカエル人間がねぇ……」
「ディープワンズ自体の戦闘力は大したことはありません。あえて言うなら雑魚です! 犠牲者がこれ以上出る前に、さくっと倒しちゃいましょう!」
「あいよ!」
純が殴ろうとして突き出した拳を、ディープワンズはがしりと片手で受け止めた。
「あれ?」
「ひひぃぃぃい!」
純の拳を払いのけ、ディープワンズがカエルのようにビルの壁を飛び跳ね始める。
「エインセルさん?」
「お、おかしいですね……。人間に毛が生えた程度の強さのはずなんですが……」
油断していた純の顔に、カエル男の拳がめり込んだ。純はぶっ飛ばされ、ビルを二つ突き抜ける。
「なかなか……、効くねぇ……!」
「純! 来てますよ!」
跳ねるように飛び出すディープワンズの速度は凄まじい。純はなんとかゴムに似た質感の拳を腕でガードした。腕にみしりと負担がかかる。ディープワンズの力は純とそうかわらないらしい。
純の体が後方に滑った。体勢は崩れなかったが、その後、純は不思議な現象を目の当たりにすることとなる。
ディープワンズの体から、半透明の薄紅色の波のような物が煙の如く出てきて、純の方へ向かってきたのだ。
「なんだあれ!?」
「可視化したテレキネシスです! 端末義眼の機能で超越者の使うテレキネシスが見えるようになっています! 避けてください!」
避けろとエインセルは言うが、テレキネシスの波はとてつもなく広く、大きい。純はブリンクを駆使し、間一髪、テレキネシスに掴まることなく逃げ切った。
「ただのディープワンズがテレキネシスを使えるなんて、あり得ません。何か特別な個体なのでしょうか……」
「そういうのは、ぶっ倒してから考える!」
純がブリンクでディープワンズに近づき、攻勢に移った。テレキネシスの波をブリンクで超え、ディープワンズの懐に飛び込む。
「さっきの礼だ! “聖・拳・万・壊!!”」
ディープワンズのみぞおちに純の拳が突き刺さる。重い音を立てるストマックボディブロー。
「――――混沌引き裂く我が腕。その身に受け大地に沈め」
「そういうのどういう気持ちで考えてるんですか?」
ディープワンズはよろめき、憤怒の表情を示した。拳を握り、純に殴りかかる。
純がディープワンズの拳を腕でガードし、間髪容れずにディープワンズに殴り返し、それをディープワンズがガード。
攻撃とガードの応酬。目にもとまらぬ拳のラッシュが続いた。
ラッシュを制したのは、純だ。ディープワンズがガードするより先に、拳を胸に叩き込んだ。
「ぐぇ」
ディープワンズが殴り飛ばされ、ビルを三つほど突き抜けて、道路に転がった。
「パンチはいいが、ガードが甘いぜ。カエル野郎」
「流石純!」
喜ぶ暇もなく、ビルの向こうからテレキネシスの波が襲いかかって来た。
「タフな野郎だ……」
ブリンクで波を越え、ディープワンズの目の前に現れた純。ディープワンズはそれを待っていたかのように、純の顎を蹴り上げる。
「純!!」
上空に蹴り上げられた純の背後に、ディープワンズが瞬間移動した。
「こいつもブリンクを……!? こいつはどう考えても、普通のディープワンズじゃないですよ、純!」
エインセルの注意に反応することもできず、純は次々にブリンクで背後に周るディープワンズに殴り飛ばされ続ける。
純は一瞬の隙を突き、ディープワンズの拳を腕で弾いてラッシュから逃れた。激しい速度で地面に落ち、瓦礫に身を刺されながら転がった。
「なんだこいつ……。結構、つええじゃねーか……」
目元に流れてくる血を袖で拭う純は、殴られた箇所から感じる痛みに、想像していたよりずっと不味い状況に陥っていることを自覚する。
そんな純とディープワンズの目で追えない速さで行われる一連の戦いを、近くのビルの上から僅かながらも撮影し続けるカメラマンとリポーターがいた。
「な、なにこれ……。映画の撮影……、な訳ないよね……? こんなのワイヤーアクションとかいうレベルじゃないし……」
「何かのトリックを使ったパフォーマンスですかね……。そうじゃなきゃ、こんなのありえませんよ……」
「事件現場を撮りに来ただけなのに、犯人が怪物みたいになって、フォマルハウトが来てめちゃくちゃな戦いが始まって……。一体、どういうこと……?」
純とディープワンズの戦いは、全国に生中継されている。
それを見た全ての人類が、日常を脅かす這い寄る不気味な存在を、得体の知れない恐怖と共に認識し始めていた。
異様な力を持つディープワンズ。
突如現れた怪物は、世界中の人類に向け、未だ薄気味の悪い笑い声をあげていた。




