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昨晩の夢はなんだったのか。
あれは本物のノーデンスで、本当に自分の夢の中に現れ、あのとんでもない情報を伝えたのか。
純は、あれがただの空想、夢であることを願った。
そんな登校中の純に、エインセルが話しかけてきた。周りに人もいなかったので、純はスマホをポケットから取り出した。
「どうした?」
「すみません。あの変な女のせいで言いそびれてました。昨日のグールたちから力を吸収したお陰で、また私の機能が少し解放されたみたいです」
「お。今度は何?」
「それが……。今回のは大分特殊な能力みたいで……」
「特殊ー?」
「はい。この能力は、旧支配者の力を一時的に身にまとうことのできる物らしいのですが……」
「は!? すごくね!?」
喜ぶ純と対照的に、エインセルは何か悩んでいるようだ。
「最上級の超越者の一勢力である旧支配者とコンタクトを取って、その力を使わせてもらえるよう契約する必要があるみたいですね。どういうことなのか私にも分からないのですが、既に私の中に一柱、旧支配者が封じられていて、契約も完了しているみたいで……。とにかく、この封じられた旧支配者の力を純が使うことができる。とにかくそういう能力みたいです」
「お前の中に……? 旧支配者ってことは、例のクトゥルフとかと同じってことだろ……? なんでそんなのがお前の中に……」
「分かりません……。ただ、この能力を使うには相当体力を消耗するみたいで、これを使えば最低丸二日は寝たきりになってしまうでしょう。使うなら、いざという時だけになりますね」
純は手の平に収まる大きさのスマホが、やたら重く感じてきた。あのラバン・シュリュズベリィという老人は、一体何を彼に託したのか。
「銀の腕……。ノーデンスとかいうやつなら、何か知ってるか……?」
「旧神ノーデンス……。ノーデンスなら、ラバン教授のことも知っているかもしれません。純……。私、自分がなんなのか……、なんだか怖いです……」
エインセルは心細そうだ。自分で身動きも取れず、自分の出自も分からず、謎ばかりが増えていくのだ。不安にならない訳がない。純はエインセルがなんだか可哀そうに思えてきて。
だから純は、エインセルの頭を優しくなでてあげた。
「大丈夫。心配すんな。お前はお前だよ。何者かなんて関係ない。気になるなら、その辺のことも銀の腕に聞いてみよう」
「純……」
ずっと我慢していたのか、エインセルが泣き出してしまった。
「純、純ー!」
「はいはい。大丈夫大丈夫。俺は何があってもお前と一緒にいるよ」
その日だけは特別に、純はエインセルの入ったスマホを手に持ったまま、学校まで歩くことにした。
純が教室に入ると、教室にいた生徒たちが一斉に純の方に目を向けた。それは少し異様な光景で、純はどこか不気味な感覚がした。
純は席に座り、洋吉と茜に話しかける。
「おはようさん」
「お……、純……。おはよう……」
「おはよう、純くん」
洋吉たちも、なんとなくよそよそしい。教室の空気がいつもとあまりに違うので、純は二人に尋ねてみた。
「……、なんかあったの? なんかいつもと雰囲気違くね?」
「いや、別に何も……。なあ?」
「うん。特になんにもないよ。たまたまだよ。たまたま……」
「……?」
『なんか……、今日のみなさん、変ですね』
純とエインセルが困惑する中、始業のチャイムが鳴り、静かな雰囲気のまま学校生活は始まり、進んでいった。
その日の生活は、今までの生活とは何かが違っていた。
どこにいても、誰かに見られている。純はそんな気がしてならなかったし、実際周りを見ると、誰かしらが純を見ていて、純と視線が合う前にさっと顔をそむけてしまう。
『なんだ……? 俺、なんか噂にでもなってるのか……?』
『フォマルハウトが純だとみんな気づいたとか……、ですかね』
『それはない。バレる要素がない』
『盛りだくさんだと思いますけど……』
居心地の悪い学校生活を送った後、純はその日は早く家に帰ることにした。
――――お前の近くに、裏切り者がいる。
夢の中でのノーデンスの一言が、純の心に引っかかり、鬱鬱とした気持ちにさせる。
(そもそも、あんな夢見たから変に気になってるだけなんじゃないか?)
あれこれ悩み続ける純を気遣って、エインセルは心配そうだ。
「純。今日はなんだか、落ち着かなさそうですね。家でゆっくり休みましょう」
「ああ。そうする……。って、あれ?」
純の目に、巫女服を着た茜の姿が映った。茜は神社の階段で佇んでおり、茜も純に気が付いたようだ。
「あ、純くん。今帰り?」
「そう。なにお前、なんで巫女服着てんの? もう夏祭りの練習?」
「そうだよー。これでも神社の娘だからねぇ。演舞とか祭儀とかやんなきゃいけないんだなーこれが」
エインセルがきょとんとした顔で、茜の巫女服姿を見ていた。
『茜さんは神社で働いているんです?』
『違うよ。先祖代々神社の神主やってる家系だから、手伝いでいろいろやらないといけないんだってさ』
『……、なんかあの恰好、私の服に似てません?』
言われてみれば、エインセルの服は巫女服っぽいなと、純は思った。
『私の見た目は純の好みに合わせた訳ですが……。もしかして……、純は茜さんが巫女服を着ているのを見て、巫女趣味に……』
『よせ。よくないぞ。そういう詮索は』
『さっきから腰と胸元に目が行ってますよ。この変態』
純は慌てて目線を茜の顔に向け直した。すると、茜が笑顔で純に言う。
「そうだ。純くん、たまにはうち寄ってきなよ。最近全然来てないでしょ?」
「そうだっけ?」
「うん。ね、練習始まるまでまだ時間あるからさ、暇つぶしに付き合ってよ」
「まあ、いいけど」
純は茜に誘われるままに、神社の階段を上っていった。
ただ、純の頭にはやはり、ノーデンスの例の忠告が木霊して。どうにも妙な胸のざわつきを忘れることができなかった。




