フレイのその後【完結お礼小説】
「この辺りまで、モンスターが出現しているとなると、少し厄介かな。今年は天候が悪いわけでないので山の食べ物が不作だったという事もないでしょうから」
山と村が描かれた地図に、俺は今聞いた魔物の出現場所をバツ印で書きこむ。
まだ人は襲われていないそうだが、あまりに山から下りてくるケースが頻回になってくると、村人が不幸にも魔物と遭遇し、襲われるというケースも出てきそうだ。
「フレイ様、どうしたらいいでしょう?」
「近々山に入った人はいませんか?この山は魔物も住んでいますが、普通の動物も住んでいますよね。この辺りの方は狩猟もしていると聞いた事がありますが」
「一度村の者に聞いてみましょう」
「よろしくお願いします。こちらでも対策を立ててみます」
深々と頭を下げ、村長が部屋から出ていったのを確認して、俺は深くため息をついた。こりゃ、魔物同士の生態系のバランスが壊れていそうだ。
畑を襲うという事は、出現しているのは草食系の魔物。草食系の魔物が畑へ降りてきてしまう理由で考えられるのは2つ。1つは、草食系の魔物が住んでいた場所に他の魔物が住み着いてしまい追い出されたパターン。
もう1つは、草食系の魔物を食べる魔物が何らかの形で死に、草食系の魔物が爆発的に増えてしまったパターン。
前者の場合、肉食系の魔物も草食系の魔物を追って山から降りてきてしまう可能性があるが、今の所の被害報告を見ている限り、後者の可能性が高い。
11歳のころ、魔族領であるアース国へ勇者トールと一緒に行った俺は、そこで人生を180度転換させることになった。それまでは魔導士として魔物を退治する立場にいたのだが、国へ帰った後は魔物と共存するための道を探す為に動くようになったのだ。近年魔物被害が増えていた国としても、魔物との共存は最重要課題だった為、速やかに法整備が進んだ。そして俺は一時アース国に留学もして魔物について学び、現在は魔物と人族の間を取り持つ【調停官】となった。
呪術師と魔導士の子供に生まれ、将来はどちらかの仕事を継ぐものだと思っていたので、人生何があるか分からない。勿論時折、臨時で呪術師や魔導士の真似事をする事もあるけれど。
【調停官】は国から任命された職業で、魔物被害で困っている地域に派遣される。すぐに解決する場合もあれば1ヵ月以上の長丁場となる事もある仕事だ。
魔物被害の状況を把握し、速やかにそれを解決するように動くのが仕事内容で、必要なものは国にお願いすることもできる。例えば被害が酷過ぎる場合は、街の再建の為の物資要請をするもあるし、場合によっては魔物を退治しなければいけない事もあるので勇者パーティーの派遣をお願いする事もできた。基本は魔物に山へ帰ってもらうのだが、それが難しい場合は排除するしかない。
間を取り持とうとしているのに退治をするなんて矛盾も感じなくはないが、そうでなければ人族が数を減らさなくてはいけなくなる。弱肉強食の世界なのだから、当たり前だ。
同じく調停官をやっている、ウル先輩やテュール先輩と連絡をとったりもしているが、やはりまったくの戦闘を避けてというわけにはあの2人もいかないそうだ。魔物を統制する山の主も、血生臭い事をしないかと言えば嘘なので、魔物の世界はそういう世界なのだと割り切っている。
「これは、姉さんにちょっと相談した方がいいかな」
今回の事例はもしかしたら、草食系の魔物をを食べる魔物を、村人が狩ってしまったという可能性があった。近年、魔物を殺す事もできる銃が開発されて、それを使って狩猟をする者が増えた。玉が特殊なので割り高ではあるが、魔物に襲われても助ける確立を上げる為お守りのように皆それを使う。
その為、必要以上に魔物が倒されてしまい、魔物達のパワーバランスを崩したというケースをいくつか聞いた。今回の場合は草食系の魔物が増え過ぎたことが原因の被害事例。となれば今までそこで暮らしていた肉食系の魔物の代わりをどこからか探し、転住してもらわなくてはいけない。
またある程度の草食系魔物の駆逐も必要だろう。
あまり姉さんの力に頼るのもどうかと思うが、魔物の転住によってパワーバランスを戻すには、竜の血を持つ姉さんが交渉した方が早いケースが多いのだ。もしくは――。
「フレイおにいちゃーん!!」
バンと扉が開いたかと思うと、赤毛の女の子が大きな声で俺を呼んだ。俺や姉さんと同じ鮮やかな髪の色。そして瞳は太陽のようにキラキラした琥珀色……瞳も緑色だったら、まったく姉さんと同じなのでよかったのにと思うが、両親のどちらにも似るのが子供というものである。
リーヴスは姉さんの子供であり、同時に魔王の子供でもあった。
「リーヴス、どうしたんだい?」
本来ならここにはいない子だが、突然彼女が現れても驚くことはなかった。何故なら彼女が破天荒で意表をつく現れ方をするのはいつものことだからだ。
「あのね、フレイおにいちゃんがね、たいへんだと思ってね、おてつだいにきたの」
「そーいうこと。ったく。走って転んでも知らないからな」
「えー。だいじょうぶだよぉ」
先に走ってここへ来たリーヴスを追いかけるようにして、トールもやってきた。トールは俺とは別件の勇者の仕事で出かけていたはずだが。
「いきなりやって来るなり、『フレイお兄ちゃんが大変なのー。いくのー』とか言うんだぜ。まだ夜明け前だってのに」
「トールはゆーしゃなんだから、もっとがんばらないとだめなのー!」
「というかトール。相変わらず声真似上手いな」
既に声変わりもしたはずなのに、トールの声は凄く低いわけでない。どちらかというと、男にしては高い方だ。おかげで幼女の声真似も上手い。さすが前世のBLゲームで女性の声優がやっていただけある。BLゲームの世界とは分岐してしまって、今はパラレルワールドを築いているが、流石BLゲームの主人公らしい声色だ。
「あたりまえよ。トールはわたしのこんにゃくしゃだもの。わたしのまねっこぐらいできてとうぜんだもの」
「はいはい。こんにゃく、こんにゃく」
「あー、まちがえたのー!そーじゃなくて、こ、こ、こ」
「間違えてない、間違えてない。俺は、こんにゃくでいいよ。というか、俺はロリコンの称号はマジいらないから」
姉さんの子供であるリーヴスは、何故かトールにとても懐いていた。
うちの国王辺りは、勇者と魔王の娘が結婚となれば、さらに強力なつながりができると大喜びして、リーヴスとトールの仲を応援している。流石数年前に、魔王を何とか勇者が誑かしてくれないものかと考えていた狸なだけある。
その所為か、近年リーヴスがトールの事を婚約者だと言うようになり、押しかけ女房よろしく、転移魔法を使ってこちらへ遊びに来るのが頻回となっていた。本来簡単に使えないはずの転移魔法をホイホイとつかう6歳児。末恐ろしい子だ。
「良かったなトール。最近リーヴスが婚約者を名乗るようになってから、お前の女神の祝福も弱まって来たみたいじゃん」
というかリーヴスが蹴散らしていると言ってもいい。
不埒な事を考えて近づいた方は、もれなく魔導の申し子であるようなリーヴスに黒焦げにされるか水攻めにされるか、どこかに吹っ飛ばされるかのお仕置きをされた。とりあえず彼女を怒らせると怖いという事で、トールの周りをうろうろしていた、そっち系に転んでしまった男子たちはビクビクと過ごしているのを俺は知っている。ある意味、トールの被害者なだけに哀れだ。
「良かったって……まあ、男に言い寄られなくなったのはいいけどさ。でも、俺はもっとグラマーで年上のお姉様が好きなんだぁぁぁぁ!」
うわぁ、残念。
そんな事叫ぶから彼女いない歴が続いているんだろうが。とはいえ、こんな馬鹿が付く正直者だからこそ、トールとも言える。
「トール世界中の男に謝った方が良いぞ。年下の嫁にあこがれている奴って結構いるから」
「フレイ、よく考えろ。というか考えてくれ。年下だって限度があるだろ。俺を犯罪者にする気か?!」
……なんか、トールって姉さんと思考回路がよく似てるんだよな。
単純というか、馬鹿というか。魔王や俺みたいな、腹黒血筋は、案外こういう自分が持ち合わせていないものに引かれるのかもしれない。
ある意味リーヴスは腹黒のサラブレットといってもいい。トールタイプに懐くのは当然ともいえる。
「トールはおばかさんよねぇ。わたしだって、いつかはぐらまーなびじょにそだつのに」
「なら、育ってから愛の告白をしろよ。頼むから」
「もちろん。そだってからもこくはくするよ」
……あ、しっかりと、腹黒さが目覚めてるなぁ。今、確かに育ってから【も】と言った。
たぶんトールは気が付いていないんだろうけど。これはこれで面白いので、このまま放置しておいてもいいかと思う。というか、こういうタイプが居ないと、トールは一生独身で、男から逃げ惑う生活になりそうだし。
将来義理のお義父さんと世界の命運をかけた一大決戦を繰り広げる事になりそうだけど、その時は姉さんという最終兵器も居るので、世界は上手くできているもんだと思う。
「そういえば、俺が大変だって良く分かったね」
確かに今回の被害は、姉さんの手を煩わせないといけないかなと思っていたところだ。時折姉さんはヴァン国へ遊びに来ることもあるので、姉さん自身も来ることにそれほど抵抗はないだろう。しかし今だに妻命である馬鹿魔王が中々首を縦に振る気がしない。なので姉さんの子供であるリーヴスがきてくれたのは正直ありがたかった。
「あのねー、お山のほうからねー、こえがきこえたの。だからトールのところにいって、フレイのところにきたの」
「まあ、あながちコイツなら魔物の声が聞こえたって可笑しくないだろ。というか、今気が付いたけど、リーヴスが直接フレイの所へ行けばよかったんじゃないか?! 俺、起こされ損?」
「ちがうのー。ぜったいゆーしゃの力がひつようになるからいったのー。……あとは、がいちゅうたいじ?」
「虫なんて、リーヴスだけでも退治できるだろうが」
害虫違いだと思うなぁ。
まあ、面白いから黙っておくけど。別にトールが悪い奴ではない事は知っているし、リーヴスは姉さんの子だ。ちゃんと見る目はあるだろう。
「まあでも、折角来たんだから手伝ってやるよ。何があったか教えろ」
「うわっ、ツンデレが、デレた」
「つんでれーつんでれー」
「お前、だからリーヴスに変な言葉教えるなよ!」
相変わらず不憫系だよな。念願の女の子にいよられても不憫系。ある意味凄い才能ではないだろうか。俺は欲しくないけれど。
何故このBLゲームの世界に生まれてしまったのかと疑問に思う事はあった。
でも、幼馴染と姉さんの娘がじゃれ合う楽しげな様子を見て、俺はもう一度この世に生まれ直させてくれた神様に感謝した。