危険な食べ物(賢者視点)【お年賀小説】
この話は、本編終了後のお話です。
「少し大きくなってきたな」
魔王様にお腹をなでられながら、不思議な感覚で私は笑った。まだお腹を蹴られたりしないので、子供が居るとじかに感じる事が少ない。
でも太るとも違う感じのお腹のふくらみに、やっぱりこの中には子供がいるんだなと思う。
「悪阻もそれほどひどくなかったので、中々実感できないんだけどね」
少しだけ気分がすぐれない時期があった事で妊娠したと判断したが、今はどうという事もなく、少し昼間も眠たいというぐらいだ。
前世では、産婦人科に行けば必ずエコーで赤ちゃんの様子を確認する。でもこの世界にはまだそんな機械は存在しない。ただ魔法使いの中に、体内も透視ができる者が居るので、その人に確認をしてもらったから居るのは間違いない。
でもそんな裏ワザができるのは、権力と金とコネが揃っている証拠。普通はできない。状況や体調などから判断して妊娠しているだろうと信じて子供が動き出すのを待つしかない。
だから早めに分かって、産むための心の準備がゆっくりできる私はかなり恵まれてるんだなと思う。
「お腹を蹴るようになったら、もう少し実感もわくかなぁ」
仕事の合間に子供用の服を縫っているが、仕事量も魔王様達に制限されている所為で、かなり急ピッチで子供服が完成していってる。今はよだれかけに刺繍をしている最中だが、このままではたたき売りできる量になってしまうのではないか。
……ん? 何だか話がずれてきているが、ようは妊婦なのに妊婦らしくないぐらい元気だという事だ。悪阻などがないせいで今までと何も変わらない気がする。
「そういえば、ラグは男の子と女の子のどっちがいいとかある?」
「別に子供はこれからもできるのだし、二人が元気ならどちらでもいいが」
……おっと、まさかの二人目発言か。
いや。うん。確かに魔王様以外に今は魔王を継げる人がいないので、子供は多い方がいいだろう。ナチュラルに性的な意味もなくの発言だと分かっている。でもしれっとまだまだ作るぞ発言をされると、私の方が照れてしまう。
「顔を赤くしてどうした? 風邪だと大変だ。熱はないか?」
「……分かっていて顔を近づけるのは反則です」
出会った頃より大人びた、綺麗な顔を近づけられ、私の顔はさらに火照る。私がもしも本当に風邪でも引いたら、『誰か、早く医者を呼んで来い!! とにかくベッドで寝て絶対安静にしなければっ!!』と叫んでてんやわんやになる癖に。
「別に誰かに見られてるわけでもないのだし、何も問題ないだろう?」
コンコンコン。
「は、はいっ!!」
私はドアのノック音に、慌てて返事をして立ち上がる。この恥ずかしい地獄から救った天の助けのようなタイミングでノックした人物にグッジョブとエールを送りたい。
「すみません。王妃様宛に、フレイ様から贈り物と手紙が届いたのですが」
「フレイ君から?! どうぞ、持ってきて下さい!!」
「チッ」
魔王様から可愛くない舌打ちが聞こえたけれどムシだ。
きっと、この間フレイ当てに妊娠した事を手紙で送ったので、その返事に違いない。贈り物も妊娠に対するお祝いだと思うと嬉しくなる。
メイドさんが持ってきてくれた小包はそれほど大きなものではなかった。一体何だろう。
「異国の商人が手紙を添えて持ってこられました。中身は食べ物だそうで、『ミツキ』という名前だそうです」
「ミツキ?」
全く聞き覚えのない言葉に首を傾げる。私が知らない食べ物なのか、それとも私が住んだ事のない異国の食べ物なのか。でも、あえて送ってくれたのだから、きっとおいしい食べ物に違いない。
「ちょっと手紙を読んでもいい?」
「仕方がない。弟贔屓のフレイヤに嫌われたくないからな」
あえて弟の所を強調しているのは嫉妬なんだろうなと思う程度には愛されている自覚がある。私の一番はあくまで魔王様で、フレイの事は家族としての好きなだけなのだけどなぁと苦笑する。
「私は魔王様贔屓でもあるよ? むしろラグの方が比率が大きいかな」
「当たり前だ」
自信満々な答えだけれど、端正顔が少しだけ顔がにやけていてうれしいという感情が伝わってくる。そんな表情を見せられるともっと甘やかしたい気分になってしまう。魔王様は昔よりもにょきにょき大きくなってしまったけれど、私の中では今でもやっぱり可愛い魔王様のイメージが消えないのだから。でもせっかくお許しを貰ったのだからと、私は手紙を読む。
そして読み進めて、この『ミツキ』がどんな食べ物か分かり、私は目を輝かせた。流石、フレイ。伊達に前世から私の弟をやっているわけではない。
「ラグ、プレゼントを開けて、早速食べていい?」
「ああ。構わないが、『ミツキ』が何か分かったのか?」
「はい。フレイ君の説明では、『ミツキ』というのは満月という意味で、米という植物を原料に使った白くて丸い形をした外国の食べ物って書いてあったかな。さらにこの食べ物はめでたい日に食べるもので、その国の人は冬に良くそれを食べるけれど、毎年何人かの人が亡くなる事もある危険な食べ物だと書いてあったよ」
嘘ではないけれど、ジョークがてら書いてくれたんだろうなと思われる文面を私は読み上げた。
そして、前世の私はこの食べ物が好きだった。きな粉で食べるもよし、醤油で食べるもよし、飽きてきたらケチャップとチーズでピザ風も美味しかった。
魔王様の許可も取れたんだし、早速焼いて食べなければ。フレイの手紙には、同じ土地で見つけた醤油ときな粉と小豆も一緒に入れておくと書いてあった。ありがたや。是非とも、フレイには、今度その国へ連れていってもらいたいところだ。
「ラグ、さあ、食べましょう!」
「ちょっと待て。その文面で、どうして食べようという気持ちになるんだ! 一種の暗殺じゃないか」
「大丈夫です。私はまだ死にません。この子の為にも」
「止めてくれ。どう考えても、いつもフレイヤが言ってる『フラグ』というものにしか聞こえない」
魔王様が青い顔で訴えてきたので、少しからかいすぎたかと反省する。
「本当に大丈夫ですよ。私は食べ物なら、もっと危険なものだって食べたこともあるんですから。今更これぐらいでは死にません」
「危険な物?」
「呼吸困難になる可能性のある毒を持った魚とか、特殊な調理法を使わなければ目まいや呼吸困難を引き起こす毒を持った青い果実とかですかね」
いわゆるフグと梅で、食べたのは前世だけれど、毒に比べれば餅なんて、ゆっくり噛んで食べればなんの問題もない。
「どうして、そんな危険な食べ物を?!」
「どうしてって……そこにあったから」
フグを食べたのは家族旅行で行った先の旅館で、梅はまあ昔から冷蔵庫に必ず入っていて食べていた気がする。お弁当のおにぎりの具にはかならずあったと思う。梅酒も実は結構好きだ。餅が存在する国なら、もしかしたら梅酒も存在するかもしれない。なんとしてもフレイに手に入れた場所を聞き出さなければ。
「フレイヤ。君の辛い過去は良く知っている。でも、もうここではそんなつらい思いをしなくていいんだ」
唐突に、ラグに抱き付かれ、思いっきり勘違いをさせてしまった事に気が付いた。
私の過去は、確かに孤児院から連れ攫われるという悲惨なものだったけれど、別にその間に仕方がなく食べたわけではない。むしろ前世で積極的に食べていた。美味しいのだから仕方がない。
「いや、あの。ごめんなさい。別にそれらの食べ物を嫌々食べていたわけではなくて……」
「毒のあるそれらを食べたというのは嘘なのか?」
「いや、嘘ではなんだけど……」
フレイ君のジョークから、ドンドン泥沼にはまっていった私は、誤解がとけ餅が食べられるまでに半日かかってしまった。その為過保護な魔王様相手に、今後はこの手のジョークは止めておこうと誓った。




