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竜の花嫁【完結お礼小説】

「今度こそ、私を花嫁にしてもらうんだからね!」

 ……またか。

 またなのか。

 俺は予想以上に粘り強く、頭の悪い人族種の女を見ながらため息をついた。


「私は、うふんとか、あはんとか、似合わない女だけど、でも誰よりも貴方を愛してるわ!世の中にはね、ちっぱいがいいっていう人もいるのよ!」

 いや、そんな事誰も望んでいないのだが。

 俺は深く深くため息をついた。

 人族種については、一応色々知っているつもりだった。時折変化(へんげ)をしで、紛れ込み、情報を得たりしていたから。

 その時は人族種は、こんな告白の仕方をしていたとは思わなかったが……。はて、数年の間に女性が男性に告白する方法が変わったのだろうかと思うが、たぶんこの女が変なのだろう。

「前も言ったが……俺は竜であり、お前とつがいになる気はない」

「前も言ったけど、私の事はフリッグって呼んでよ。でも、ハニーとかお母ちゃんとかでも許すわ」

 許すな。

 そして断りの文句に、嬉々とした表情を向けるな。

 

 この赤毛の女と出会ったのは数か月前にさかのぼる。

 人族の一団が竜狩りへとやってきたのだ。魔物の縄張りに入ってきて、我が物顔で強奪する人間はよくいる。なのでちょっと排除するかと考えていたのだが、ここに来るまでに他の魔物で全滅した。

 そして生き残った人族は人里に逃げ帰ったのだ……まだ生きていたこの女を置いて。

 ここで使命を全うしたとかと締めくくれる女だったら感動物語だっただろうし、置いていった奴らを呪えば人族種の醜悪さをうまく表現した物語としてこの女の人生は幕を閉じたはずだ。しかし、女は後者だった上にさらに怨霊の上を行くような性格と能力の持ち主だった。

「何で、何で、何でっ!! 私が止めようって言った作戦に無理やり連れてこられた上に、1人で山奥に取り残されて魔物の餌にならなくちゃいけないのよっ!! 呪ってやる。祟ってやる。私の全能力を使って、この世のすべてを不幸にして、冥界に引きづりこんでやるわ!!」

 こんな力強い死にぞこないを俺は初めて見た。

 ここまで清々しく呪えると、いっそこの醜悪さも、ある意味美学ではないかと思えるぐらいだ。しかも山の中に置き去りにしていった奴だけではなく、世界を呪うとか、とんでもなさすぎる。

 そして普通なら言葉だけなのだろうが、彼女が流した血と言葉は混じり合い、実際この土地の気にとんでもない歪みをもたらしていた。この歪みは魔物には良い物ではなさそうだ。理性を削り、本能を全面に押し出そうとするこの気は、知性の低い者達の秩序をどんどん蝕んでいくだろう。そしてさらに知性ある魔物も歪んでいく。

 呪いに蝕まれた魔物は、手当たり次第に人族種を殺し、人族種の住む土地を減らすに違いない。そして土地の減った人族種は、さらに自分たちでも争いはじめる。

 この世界は様々な生き物がいる事でバランスをとっているはずだ。人族種が滅べば、バランスを崩し、いずれこの世界は滅亡するだろう。正しくこの女の呪う言葉のように。


「女泣くな。お前を助けてやる」

 俺は全てを呪う女に世界を滅亡させられてはたまらないと傷を治した。とはいえ、治癒の魔法は少しだけ傷の治りを早めるものであるだけで、全回復させるものでもない。なので魔法で止血だけして、後はここで看病した。途中病気に罹ったりもしたが、女は持ち前の根性で生き延びた。元々毒などに耐性があったのも功を奏したのかもしれない。

 そして全回復した女は、ヒトに変化をしていない、人族種からしたら化け物と言われそうな巨体に向かってこう言った。

「好きです。結婚してください」と。

 そこから、俺とこの女の、馬鹿馬鹿しいバトルが始まった。


「そもそも。鱗のある大男など好みではないだろう」

「あら?私、その堅くてすべすべした鱗は好きだし、男は大きい方が良いともいうわ」

「人族種は人族種と結ばれた方が幸せだ」

「それは言いがかりというものよ。人族の中には魔族と結婚する人もいるもの。相手が魔物という子だっていると思うわ」

 むちゃくちゃだ。

 人族種は人族種同士でつがいになる事が一番だというのに、どうしても話を聞かない。

 今までに人族種にこうやって告白されたことがなかったわけではないが、大抵が竜の姿に変わったり魔物の姿に変化すると、悲鳴を上げて逃げていった。

 それなのに、この女は逃げるところがカッコいいといい、鱗に頬ずりしてくる。

「もしかして、貴方にはすでに妻がいるの? だとしたら、私は愛人になるしかないわね」

「妻は……昔は居たが、今はいない」

「あら。そう。バツイチを気にしてるの? そんなの気にしなくていいのに。私は、貴方の事が好きなのだから」

 この女の頭の中はお花畑なのだろうか。

 俺は再度断ろうとして、女が震えている事に気が付いた。……そうだな。確かに、何度も好意を否定されて何も感じない奴はいないからな。

 俺は爪で引っ掻かないように女の頭に手を置いた。


 種族が違うから。

 それだけを理由に女の好意を否定するのは、俺も紳士ではなかった。年をとり、しばらく誰とも会わない生活をしていると、どうしてもそう言う事に鈍くなる。

 だから俺も彼女と同様にまっすぐと向き合うことにした。

「俺の妻は人族種の勇者と呼ばれるものに殺された。その時、彼女が温めていた卵も一緒に。危険だからと割られた」

「そう。家族をすべて失ったのね。私たちの所為で。……だから貴方は人族種を憎んでいるの?」

 私は女の言葉に首を横に振った。

「卵と彼女は死んだが、他の子供は生きている。幼い子は竜の谷に預けてある。次の襲撃がないとも限らないからな。そして俺は妻を殺した人族種に復讐もした。だからこれ以上同族を理由に恨むことはない。ただ、もう、誰かを失うのは怖いのだ」

 復讐をしてもまったく満たされない。

 ただそれでも、竜を襲う愚かさを知らしめておかなければ次の犠牲が出てしまう。だからやったまでだ。

 しかし何をしても失った空虚さを埋められなかった。

 それでも山の主として縄張りを管理する役目を捨てるわけにもいかない。だからもう失わなくて済むように、子供は安全な場所に預け、1匹でずっとここを守ってきた。


「なるほど。貴方は私が死ぬのが怖いのね」

 はっきり言う女だ。

 でも、その通りだった。あの場所でこの女を助けたのは、世界の為に致し方がなかったから。だから女の傷がふさがったら、早急に追い出すつもりだった。

 竜の姿に戻り、気絶させ、人里に捨ててくるつもりだったのだ。なのに女は、竜の姿に変化しても全然驚かず、むしろその牙はカッコよくてクールねと言い、とうとう怪我が治るまで居ついてしまった。俺に心がないわけではないのだから、一緒に暮らして愛着がわかないわけでもない。

 そしてようやく怪我が治り立ち去ったと思えば、しばらくして戻ってきて、結婚しろと迫ってきたのだ。

 離れてみて、どれだけ貴方が好きか分かったと言って。

「そうだ。俺はお前……フリッグが死ぬのが怖いんだ。これだけ大きな体なのにと笑うだろうが」

「笑わないわ。ありがとう。貴方が、私を好きになってくれたという事だものね」

「……いいように解釈するが、もしかしたらペットとして可愛いと思っているのかもしれないぞ」

「十分よ。私を舐めないでよ。全身全力で貴方を落として見せるから」

 フリッグなら本当にそれをしてしまいそうで怖い。

 彼女には種族の違いとか、そう言うためらいがまったくないのだ。


「それと。貴方に、人族としての愛し方を教えてあげるわ」

「人族として?」

「どちらにしろ、人族は短命な種族だもの。他の種族よりも早くおばあさんになって、死んでいくの」

「そうだな」

 人族は数が多い分、短命で弱い生き物だ。

 勇者と呼ばれるもの以外は、吹けば飛ぶような命の儚さである。

「だから子供を残すのよ。そうやって血を繋いで、貴方より長くこの世界を見守っていくわ」

 フリッグは私に笑いかけた。それはとても力強い笑みで、俺はそれを拒む術を知らなかった。

「そう言えば、俺は【貴方】という名前ではない」

「教えてもらえるかしら?」

「どうか、ファフニールと呼んでくれないか?」

 俺は人族種の姿に変化し、彼女に敗北を宣言した。

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