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ノルンの初恋【完結お礼小説】

「お久しぶりです。オーディン様」

「ああ。久しぶりだな、ゲイル伯爵」

 そう言われるオーディン様は、出会った時よりも背丈が伸びた。あの頃は少しだけ踵が高い靴を履いていた私の方が身長も高かったはずだけど、今はオーディン様の方がずっと高い。


 少し見ない間になんて言葉では足りないぐらい、私はずっとオーディン様に会っていなかった。父親の失脚。それに伴って私は監禁されるかのように領地に閉じ込められ、伯爵となる為の勉強に励んだ。

 それは私が今まで知らなかった世界の話だ。

 まだお父様もお母様も若かったので、そのうち弟ができて私は魔王様のところに嫁ぐ事になるのではないかと思っていた。きっとそう思っていたのは私だけではないと思う。

 でも現実は父親がやってはいけない罪を侵し、私が爵位を継がなければ剥奪をするというという未来が待っていた。今思うと、これはかなりの温情だと分かる。普通なら私に継がす事もなく、爵位を取り上げ、私たち一族は没落の憂き目にあっただろう。

 同じ一族が、しかも子供が継ぐというのは、同じ過ちを繰り返しやすい。その為、私はお父様と会う事は一切禁じられた。代わりに伯父が私の後見人となり、私の足りない部分をサポートして下さった。

 お父様がしたことに対して申し訳ないという思いと、何で私がこんな目に合わなければいけないのだろうという悲しさの中、私がめげずにやってこれたのは、たぶん友人たちからの手紙のおかげだと思う。


 中でも、オーディン様からの手紙は一番うれしかった。たぶんそれは、幼いながらに、私がオーディン様に恋をしていたからだろう。

 オーディン様は魔族の文字を書くのは苦手なようだ。だから、オーディン様がアース国語で手紙を書く代わりに、私はブァン国の言葉を覚えて手紙を書いた。

 甘やかされて育ち何もかもが自由だった私が、すべての自由を奪われてしまった後に残った、ささやかな自由。でも失った分、自由というものがとても大切で幸せな事であるのだと気が付けた。

 国をまたぐ為、それほど頻回に手紙のやり取りはできない。それでも私は可能な限り手紙を送り、手紙を受け取った。

 そして手紙のやり取りを始めて十数年たち、私たちはいつしかお互いの言葉を器用に使いこなせるようになった。そして手紙の中だけではあるけれどお互いの世界を知っていった。

 そして今回、私が治める土地とオーディン様が治める土地で姉妹都市というものを結ぶ約束をしたのだ。現在のアース国の方針はブァン国と文化的交流も増やし、お互いの国について知っていく方針となっている。

 なので積極的に交流していきましょうという方向で話を進め、とうとうオーディン様と再会できるようになったのだ。


「お会い出来て嬉しいですわ。今日は私が治めるこのゲイル領を見ていって下さい」

 あの頃のように、自由に好きですとは言えない。

 私はこの地から離れることができないから。初恋は実らないもの。それでもどうしても会いたくて、ようやく会えたのだ。これが上手くいけば、今後も年に1度ぐらいは会うことができ、きっとよい友人関係を結んでいいける。

 だから私はどうしてもこの姉妹都市計画を成功させたかった。

「手紙で読んでいたが、実際に見るのは違うだろうからな。楽しみだ。ゲイル伯爵の手腕を学ぶことは多々あるだろうからな」

「そんな、手腕なんてほどのものはないですわ。フレイヤ様のおかげでこの地域には平民が通う学校というものがありますから、皆が頑張ってくれているだけですもの」

「だがそれに乗り、出版、印刷の事業に力を注ぎ、主力産業を生み出した貴方の手腕はそんな謙遜する必要のないものだと思うぞ」

 オーディン様の言葉に私は少しだけ気恥ずかしい思いと誇らしい思いが混ざる。普段なら、当たり前の事と割り切れる褒め言葉だが、やはりオーディン様は私の中でまだ特別のようだ。

「でも、農地改革はまだまだ進んでおりませんから。その辺りは、オーディン様の管理されている地域に比べるとまだまだですもの。今度は私もブァン国行かせていただきますわ。寒地でも育つ作物は興味がありますから」

 オーディン様は、広大な農村を管理しているそうだ。剣士としての力と、魔物に対する知識を使って、王都で暮らし働く兄に変わって領地を回る仕事をしていると手紙には書いてあった。


「是非、ゲイル伯爵にも見てもらいたいな。君に似合う宝石などがとれる地域ではないが、美味しいものは多分にあるからな」

 ブァン国は金や宝石の産地でもある。だからオーディン様はそのような事を言うのだろうが、私はオーディン様が生まれ育った場所をみられるだけ楽しみだし、実を言うと宝石よりも美味しいものの方が好きな食いしん坊だ。

 あまり言うと恥ずかしいので内緒だけど。

「はい。楽しみです。では、まずは王都へも出荷している印刷所をご案内しますね」





◇◆◇◆◇◆◇






「印刷機というのは凄いな」

「はい。フレイヤ様が最初にお考えになって、現在は木板で文字を作って同じ文章を何枚でも印刷する事ができるようになっているんです。当初は教科書を作る時に使われることが多かったのですが、今は様々な書物もこれで作っています。文字を読む方が増えて本の需要も増えましたので」

 そして実は私も書物を作っている。

 主に恋愛ものの話で、今までにはない娯楽的な意味合いの強いものだ。本というのはこれまで学者や貴族の男性が書くものというイメージが強かった。しかしフレイヤが遊びに来た時、描いて下さった絵に話をつけてみたところ、フレイヤがすごく気に入ってくれたのがきっかけだったりする。

 文字さえ分かれば、そう言う物語を本で読みたいと思う人もいるのではないかと考えた私は、思い切って貴族の女性向けに本を作った。

 すると瞬く間に、流行ったのだ。

 その流行りは貴族を超え、いつしか文字を覚えた平民たちの間にまで広がった。

「しかし、国全土の量となると中々大変ではないか? それに広がったとはいえ、まだまだ紙も高価なものだろう?」

「ええ。ですので、最近は貸本屋という店が増えましたわ。庶民はそういう所で借り読んでいるようですの。特に恋愛ものの話が、娯楽として人気ですわ。舞台などを見に行く事ができなくても、読むだけで素敵な物語が広がりますから」

 私も中々外出が叶わない時に本を読むのは、とても楽しい時間だった。貴族の女性は外出が中々できないものだし、庶民だとお金の関係で舞台などを中々見に行く事はできないし、そもそもそんな施設があるのは王都やその周辺都市ぐらいのものだ。

 だからこぞって、本を読むようになったのだろう。また本の中でなら、舞台では表現できない奇想天外な話もできる。


「恋愛ものの本とは面白いな。数冊面白いものを貸してもらえないだろうか?」

「ええ。勿論読んで下さい。本はブァン国に持って帰っていただいてもかまいませんわ。今度行った時に返していただければいいので」

 本当はプレゼントしてもいいのだけど。

 こうやって理由をつければ、必ず会いに行ける。ようやく会えたのに、これっきりは嫌だ。

「そうなると、返せるのがいつになるか分からないが?」

「それでも……約束があれば、いつかは叶うはずですもの」

 手紙のやり取りで、いつか会いたいと書いていたのは叶ったのだ。もう一度会おうというのも、きっと叶うはず……叶って欲しい。

「そうだな。ノルンという著者が書いた小説にはそのような話があったな」

「……えっ?」

 昔のように私の名前が呼ばれてドキリとする。

「実はフレイ経由で、アース国で流行っているという本をもらった事があるのだ。とても面白い話だった」

「それは、……良かったですわ」

 ど、どの本を読んだのだろう。

 ノルンという著者と言っているが、きっと私が書いたものだと分かったはずだ。……どうしよう。基本的に小説は私の願望を投影した話が多かったりする。つまりは、その……えっと。


「ただ約束は叶うとは限らない」

「……ええ。そうですわね」

 叶って欲しかった。

 でも無理だとも分かっていた。だから本の中でだけ、夢を叶えた。そんな浅ましさに、オーディン様は気が付いているのだろう。

 軽蔑まではされていないと信じたい。あれは、ただのフィクションで――。

「だから約束は自分の意志で、叶えるものだと俺は思っている。遅くなってしまったな。俺と最期まで一緒に生きて欲しい」

「それって……」

「俗にいうプロポーズだな。情けないが俺はあまりノルンに与えられるものがない。ノルンほど色々持ってはいないからな。だから渡せるのは俺ぐらいだ」

 幼い日と同じようにオーディン様が私の名前を呼ぶ。

「俺を夫にすれば、俺の兄が収める土地へは行き放題だし、俺の地域の特産物の料理も披露しよう」

「私は……この土地を見捨てられませんわ」

「ああ。だから俺がここに留まる。兄にも納得させた。ただ他に好きな人ができてしまっているなら、君の願いを優先させたい。君を迎えに行くという約束が遅くなってしまったのは俺の責任だからな」

 こんな事ってあるだろうか。

 まるで小説の中の話のようではないか。都合のいい、夢のような――。

「先ほども言ったように、金の山をやるなども言えない、情けない男だが、どうかこの指輪を受け取って欲しい」

「サイズ……良く分かりましたね。私はあの頃と変わってしまいましたのに」

 ずいぶんと長い時間が経ち、初めて会った頃の私とは違う。

「それもフレイ経由で、フレイヤから聞いた。おそろいの指輪を買ってサイズを確認してくれたそうだ」

「……あれは、そう言う理由でしたか」

 父親がやった事を考えるならば、フレイヤとの絆はとうの昔に切れていただろう。

 しかしフレイヤはまったく私を責める事もなく、できるなら友達でいて欲しいと言ってきたのだ。だからずっと繋がっていた縁。もしかしたら私は恨まれているかもしれないがとフレイヤは言ったが、それはとんでもない話で、ユイとして会った時から変わらず、私は彼女が好きだった。

 そんなフレイヤが少し前におそろいの指輪が欲しいと言ったので、一緒に買ったものだ。


「貰ってもらえないだろうか」

「そんなの、もちろん――」

 きっとこの年でははしたないと眉をしかめられるだろうし、伯爵としてちゃんとして下さいと周りからとがめられるかもしれないけれど、私は幼いころに戻ったかのように、オーディン様に抱き付いた。

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