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魔王様の家庭訪問【完結お礼小説】

 フレイヤが実家に帰って3日目。いまだに魔王城に帰ってこない。

 なのでもくもくと仕事をこなす。

 それこそ、食事と排泄、わずかな睡眠以外の時は、わき目も振らぬ勢いで書類に立ち向かった。


 そして4日目。俺は見事ルーンに出されたノルマをすべてやり切った。

「本当に、フレイヤ様効果は絶大ですね」

「これで文句はないだろう」

 俺の言葉に、てきぱきと書類を片付けるルーンは深くため息をついた。

「ええ。約束ですから。いいでしょう。明日1日は私の方で何とかしましょう」

 現在の季節は秋から冬へ変わるタイミング。城下町の収穫祭が終わり、次は魔王城で行われる舞踏会の準備が始まっていた。しかも今回は、いつもとは違うサプライズを用意している為、さらに準備が必要だ。

 そんな中、フレイヤの成人の誕生日を祝いたいとハン伯爵が言い出し、フレイヤが里帰りをした。しかし仕事が山ほどある状態の俺はついていく事ができずに魔王城で足止めをされてしまったというわけだ。あのジジイ。絶対、分かっていてやっているに違いない。


「悪い。それにそろそろ、あのジジイと決着をつけなければならないからな」

 いつになったら子離れする気だ。

 そう声を大にして文句を言いたい。いつまでも、いつまでも、フレイヤをことあるごとに呼び出すハン伯爵は、ある意味俺の最大の敵でもあった。そしてフレイヤもフレイヤで、俺の事が一番好きと言いつつ、恩人であるデュラ様は裏切らませんと、ハン伯爵の元へ行ってしまうのだ。

 それで涙をのんだ事が何度あったか。まあ、ハン伯爵にはお互い様だと言われそうだが。ただ俺は婚約者であちらは義親子。もしもフレイヤが家族の方が大切だと言うならば、そろそろ俺も動かねばなるまい。

「それにフレイヤが最近また卑屈な考えを持って、俺にフレイヤ以外の別の妃を立てようと考えている」

「それは立派な妃の考え方ですね」

 ……立派だと。

 俺ではなくフレイヤが正しいと言わんばかりのルーンを俺は睨みつけた。


「睨んでも無駄ですよ。よく考えなさい。普通の女性なら自分が一番の寵姫となろうとするものなのに、フレイヤ様は別の妃を立てるだけでなく、その仲を上手く取りまとめられないかという先まで考えているのでしょう? ただ自分が魔王様から解放されたいがためではない」

「……分かっている。言わせているのは俺だ」

 フレイヤは少しでも俺の治世が安定するようにと考えてくれているのだ。決して逃げる為ではない。自分が足りない部分を他の妃が埋めてくれればいいと考えている。

 それはきっとありがたい申し出なのだろう。俺の父が正室のみで側室をとらなかったばかりに、魔王に適している者が俺以外いないという状態になってしまった。俺が成人する今、我先にと貴族が側室を入れようとする。

 普通の女性なら、自分以外にも愛される女性が居るというのは苦痛だろう。俺が逆の立場なら耐えられない。それでも、彼女が俺を愛してくれるのは分かる。きっと彼女は俺が他の女性を好きだと言っても、もう十分愛をもらったと言い、それを受け入れるだろう。

 フレイヤに昔ほど不安定さはない。彼女は自分が何であれちゃんと愛されるという事を知ったから。でも、彼女はあまりに諦めを知りすぎている。自分の心を抑えても、たぶん愛する俺の為に尽くす。

「まあ、でも。正室はフレイヤ様で決まりですけどね。彼女は何を勘違いしているか知りませんが、ある程度飾りになるだけの後ろ盾があれば、後は本人が持つ技量の問題。例えば隣国の王女が嫁いだとしても、その者が側室になる事なんてざらです。正室には、どれだけ側室をまとめられるかが求められるのですから。権力が大きければまとめやすいと言うだけの事。最低限のマナーは身に着けさせましたし、問題はないでしょう」

「……お前だって、フレイヤびいきだろ」

「いいえ。彼女が適している事を知っていて、なおかつ彼女以外に適している者を知らないだけです」

 シレッと言っているが、ルーンは魔王びいきでありフレイヤびいき。ここまで育てたという所が大きいのかもしれない。手厳しい事には変わりないが。

 

「そして、彼女が魔王の妻の役目を果たせるなら、別にあえて他に側室など作らなくても、この国はやっていけます」

「そのためにはまずはフレイヤが誕生日を迎えると同時に結婚をしたい」

 正室を迎えて、すぐに子供ができれば、貴族も煩くは言ってこないだろう。

 特にフレイヤは、今一番金回りが良くなっているハン伯爵の娘であり、なおかつ民衆からの支持も失ってはいないのだから。

 だが結婚を上げるには、親の認めがいる。

 俺はこの世の男性の多くが体験するだろう、一番の難関を突破するために立ち上がった。





◇◆◇◆◇◆◇






「ハン伯爵、フレイヤを俺に下さい」

「魔王様、そろそろ娘を返して下さい」

 ……俺の決意の言葉を、同じく決意の言葉で打ち消したハン伯爵は、シレッとした表情をしている。このジジイが慌てる姿を俺はいまだに見たことがない。

 ただフレイヤは、たまになんか慌てさてしまうので申し訳なくてと言っていたので、フレイヤ位斜め上に突き抜けた行動を取ればそれも可能なのかもしれない。俺には無理だが。

 きっとこのジジイも、俺が今日これを言いに来るのは気が付いてたのだろう。

 何といってもフレイヤが結婚可能となる、18歳の誕生日が目前に迫っているのだ。今まで何度もスルーされてきたが、今度こそ認めてもらわなくてはならない。


「ハン伯爵、貴殿にとっても悪い話ではないと思うが?」

「ふっ。別に王家の力を借りなくてもこの土地は何とかなってきました。別に今更お力添えをいただかなくても、問題はないですよ。それよりそろそろ私の娘を返してはもらえませんかね。私も老体に鞭打って頑張っているのですが、年にはかないませんので」

 年とか何の冗談だ。

 ハン伯爵はまだまだ数十年は現役でいられるだろう。ただ、そろそろ後継者の育成に手を出したいというのも分かる。

 彼にはフレイヤ以外の家族がいない。もしも彼が倒れた時、彼が一番大切にしている領民を守れるものが誰もいないという事だ。

 ハン伯爵領という名がここで潰えたとしても、彼の潔さなら仕方あるまいとそれを飲むだろう。しかし次に来た領主が、彼自身が生きていれば到底認められない程度者になる事もあり得る。だから彼は優秀な後継者を望む。

「エレオーが居るだろう」

「ええ。愚弟の子供は、弟よりはマシです。でもフレイヤが築いたこの状況を、彼が同じ様にできると魔王様は仰られるのですか?」

 フレイヤが……ユイの知識が行った事は、確かにまぎれもなくこの地域を飛躍的に発達させた。でもそれは彼女という天才が居たからこそ。

 たまたま偶然その才能を生かせる場所に彼女が居たからこの地域は発展したのであって、彼女が居なくなった後も現状を維持できるための基盤はまだ出来上がっていない。

 だから彼女が責任を持って、ハン伯爵を継ぎ、それを築いていくのが、一番いいことではあるだろう。でもそれでは俺が困るのだ。


「俺の家臣が言っていたのだが、王とは皆馬鹿らしい」

「ほう。貴方が馬鹿だから、この伯爵領の後継者を略奪し、約束をたがえると言われるのですか?」

「まだ後継者と決めたわけではないだろう。俺が言いたいのは、誰が伯爵になろうとも、問題ないように手助けをしようと言っているのだ。王は馬鹿だから、周りの家臣が優秀でなければならないというのが奴の持論で、それでアイツ自身、自分を律し常に勉強をしている。だから数年前始まったばかりの【学校】なのだが、ユイをもらう代わりに、援助金と人材派遣を増やそう」

 俺はそう言って、ハン伯爵を真っ直ぐ見据える。数年前は見上げなければならなかったが、今は同じ目線となった。

「貴殿が教育に失敗し、エレオーが立派な領主となれなくても、エレオーを周りの者で支えられる状況を作ろう。それでどうだ。優秀なものが居る限り、この土地が名前を変えたとしても、永遠に繁栄する。誰か1人に頼っているわけではないからな」

 フレイヤはユイの知識は、すべて学校教育というもので身に着けたといっていた。そこではユイが誰よりもできる人ではなかったという。

 だから誰だって、ユイにはなれるのだと。


「分かりました。魔王様の条件を飲みましょう」

「良かった。なら、フレイヤと俺の結婚を認めてくれるんだな」

 俺は上手く交渉が成功したことに胸をなでおろす。これで――。

「おとといきやがれ。クソガキ」

 ――ん?

 今一瞬、ハン伯爵がガラの悪い言葉を吐いた気がするのだが、気のせいだろうか。

「そもそも、もう少しマシな恰好はなかったのかね。私に認められたくて来たというのに。センスを感じられない」

 そう言ってやれやれと言った様子でため息をつく。

「今俺の条件を飲むと言わなかったか?」

「ええ。貴方の部下としてフレイヤを差し出しますよ。貴方はフレイヤをくれとしか言わなかったでしょう? なので貸出ではなく、貴方に最後まで仕えさせましょう」

 そう言ってハン伯爵は楽しげに笑った。

「でも魔王様をフレイヤの婿と選ぶかは別の話です」

「別?!」

「可愛い娘を渡すのです。親が慎重になるのは当然でしょう?」

 くそジジイ。人が下手に出れば、いい気になりやがって。

「ですから、私が納得するまで、何度か通いに来なさい。納得すれば、あの子を最高の花嫁として貴方にお渡ししましょう」

 

 その後俺は、ハン伯爵が納得するまで、何度も何度もルーンを納得させるだけの仕事をこなしては、ハン伯爵領に通う事となった。そしてそれはハン伯爵が作らせたフレイヤの結婚衣装がが出来上がるまで続き、その間何度も重箱の隅をつつく様なダメ出しをされる事となる。

 そんな体験をし無事フレイヤを妻とできた俺は、将来娘が結婚する時、婿には同じ通過儀礼を味あわせてやろうと心に決めたのだった。

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