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岸野コトネが異世界転移してからはや一年。
彼女は元の世界では家と仕事の往復するだけ、そんな毎日を過ごすただの普通を愛する会社員だった。
異世界に飛ばされてからもやっぱり彼女は普通だった。
特に何の能力のギフトを得ることもなく異界からの迷子として丁寧に保護された。
もちろんコトネは聖女ではないし、イケメンの王子様も現れない。
保護されたといっても永遠にお世話にもなれず、明日の食い扶持は自分で稼がなければならない。
就職先を探していたところ、運よくお金持ちの侍女として仕事につくことができた。
採用してくれたのは商家の家。
娘のハイネという少女の侍女だ。
さて、コトネの働き先のお嬢様、ハイネのことであるが、
「コトネ、私にはもう必要ないからあげる。」
「ねぇ、なんであなたってそんなサラサラな髪なの!?」
「……………………、ふぅん、あなたってば休みの日まで家にいるなんて暇なの?私が連れ出してあげてもいいわっ。」
絵に描いたようなツンデレお嬢様だった。
色素の薄い肌と銀色の髪。
一目見ればその可憐な容姿は妖精のようであった。
しかし、口を開けばツンと毒を吐く少女であり、出会った最初はツンばかりでどうしたものかと、悩んでいた。
でも、半年を過ぎた頃に猫がなつくようにコトネにデレだした。
コトネは元々小動物を愛でるのが好きであり、ハイネに対しても愛らしいと、そう思うのも自然のことであった。
ある時、隣国の貴族にハイネは見初められた。
隣国は獣人の治める国とであり、ハイネを妻にと求めたのは貴族の獣人だった。
さて嫁入りに当たって侍女としてついていく人材を探しても、行先は獣人の国。
名乗りを上げるものはそういなかった。
コトネといえばハイネに懐かれていたし、今暮らしているところに馴染んでいたわけでもなかった。
ただ、異世界転移してしまった場所でもあったし帰るためのヒントともまだ調べたい、と断ろうとしていた時。
「コトネは付いてきてくれない?」
と潤んだ瞳で見上げられたら断り切れなかった。
コトネはただのお人好しだったのだ。
そうして、ハイネの嫁ぎ先の侍女として隣国スイトバルトへと移住したのが現在である。
スイトバルトは国民の多くが獣人である。
獣人も異種同士の混血が進み獣の血が薄れたため番を求めるよりも自由恋愛が進んでいるらしい。
が、しかし獣として血が色濃く残るものも少数存在しており、彼らは番と認めると急速に相手を求めるらしい。
ハイネの結婚相手のハルバトールは龍の血を引く獣人で、一目見た瞬間にハイネが番であると知り、そのまま求婚。
雇い主の結婚までのすったもんだは置いておくとして、ハイネとコトネがスイトバルトに身を置いてようやく二か月が過ぎようとしていた。
「コトネ、あなた不便はしてないの?」
雇用主であるハイネの湯浴みの支度していると声がかかる。
「はい、奥様。」
と返事するとそこには透き通る肌と青い目。流れる豊かな銀髪の少女と呼んでも差し支えない女性、ハイネがいた。
正直に言ってしまえば、雇われてからしばらくは「ハイネ様」と呼んでいた。
いまだ奥様と呼ぶに口が慣れていない。
「あなた、本当に困っていても、中々言わないじゃないの。こっちに来るのだって私の我儘に付き合わせたようなものだし・・・」
目の前の妖精かと思える少女は頬を膨らして不満げな目でこちらを見ていた。
「はぁ、特にこちらで働かせていただいて不便な事もないですし、奥様も優しいですし。」
心のままに感想を伝えたはずが、妖精はさらに不満な顔で目の前にゆびをつき指してきた。
「コトネ!奥様じゃなくてハイネと呼んでと何度も言ったわ!あなたってば本当にぼんやりとしてるかと思えば案外意志が堅い所もあるし、勤勉なのはいいけど自分がないというかやっぱり異界のじゃぱんという所の人はみんなそんな風なのかしら・・・。」
奥様と呼んでいたのは環境と立場に慣れようとしていただけなのだが、どうらやハイネは至極不満らしい。
ハイネ自身、突然見初められはるばる隣国へと嫁ぎ、わがままを言いお気に入りの侍女を二人をつれてきた。
コトネと同じようにもう一人の侍女サララは現在そばにはいない。
サララについてはこの国に到着して早々、獣人に番だと連れ去らわれ、そのまましばらくは家から出せないと仕事にさえ戻ってきていない。
こんな非常識がまかり通るかと思えば獣の血が多く混じるこの国では当たり前のことらしい。
ハイネは不安なまま隣国へ嫁いでさらに、信頼しきったサララがそばいないのだ。
コトネは少女の不安を理解でき、素直にその感情を口にできるハイネを愛らしいと思っていた。
「おくさ・・・ハイネ様。異界にも様々な人間がいます。性格も人それぞれです。でも私は本当に困っていません。異界から来たという得体の知れない私をハイネ様は拾ってくださいましたし、この国スイトバルトに移住したのも、私からしたら些細な変化でしかないのです。」
コトネがそう困り顔でそう答えると、ハイネはコトネの手を取り小さな手で包み込むように握りしめた。
「本当にあなたって人は・・・・!そうよね。『異界からの迷子』という大きな変化を受け入れたあなたにとってこちらの世界での移動など大きな変化ではないのでしょう。でも何か本当に困ったことがあれば絶対に私に頼るのよ。頼りないかもしれないけど絶対よ!!いい?わかった?」
ハイネに手をぎゅうぎゅうと強く握り込まれたままコトネは、「はい」と笑顔で答えた。
スイトバルトの朝は早い。
時刻は5時を過ぎた頃で、すでに日が昇ろうとしていた。
朝日が当たる場所はほんのりと暖かいがそれ以外の場所は肌寒く、薄着で出たことをコトネは少し後悔していた。
屋敷から出て街へ向かう道中誰ともすれ違わない。
静かな朝だった。
パンの工房へお使いに行く朝に少し早く屋敷を出て散歩する。
コトネはこのが時間がなによりも好きだった。
日中の騒がしい街もいいが、多種多様な見た目の人達は獣の血が混じっているせいかより派手に思えて。
元の世界でさえポンと消えてこちらに来てしまったのだ。
コトネの黒髪のこれといって特徴のない地味な容姿は人混み紛れて存在がいつ消えても気づかれないようなそんな気がして。
麗しく派手なこの世界の人達にどうしても薄いコトネの存在は自信をもてないでいた。
スイトバルトの治安は比較的良い。
早朝に一人女が歩いていても問題はない。
ただし場所によっては夜以降は注意が必要である。
街の外は魔獣も多く存在しており、獣の血が混じるものなら対策もできるであろうがコトネのようなただのひ弱な人には護衛が必要である。
朝の光の中でひとりの少年を見つけた。
年齢は13,4だろうか小柄な体と髪色はくすんだ茶色。
そして背中に少年の身長の倍はあるであろう薪を背負っていた。
少年は玉のような汗を流しながら手には杖のような棒が握られている。
最初にコトネの脳裏に流れたのは少年は奴隷のような扱いを受けている、もしくはひどいいじめをうけているのではないかと。
この世界に来てから薄暗い部分を見る機会は幸いにも少なく奴隷という存在を目にしたことはない、でも文化が違えばあるのかもしれない。
「あのっ!」
気づけばコトネは少年を呼び止めていた。
「私は丘の上のお屋敷で侍女をしているコトネといいます。なにか助けになることはできますか?」
コトネの呼びかけに少年は人がいたことを今気が付いた様子で顔を上げた。
「え…………?助け?いらないかな。」
少年はコトネの呼びかけに戸惑いながら答えた。
「ごめんなさい。急に話しかけて。あなたの持っている薪の量があまりに多くて、なにか手伝えないかなと思ったんです。」
コトネは話しかけてから少年の反応に後悔していた。
もしかして、ただのお節介だったかもしれないと。
「あー、薪ね。いつもこの量なのでなにも感じなくて。じゃあ、コトネさんだっけ、手伝ってくれる?」
気まずそうなコトネに気遣ったのか少年は束の中からポンと薪を一束よこしてくれた。
「はい。もちろんです」
受け取ったコトネはたった一束の薪の重さに震えた。
きっと10㎏以上あるそれは、人の中でも非力なコトネにはとても重く。
かと言ってせっかく少年が気まずくならないようにと渡してくれた物をきちんと運ばなくてはと使命感すらあった。
幸いにも薪の配達場所はコトネの目的地でもあるパン工房だった。
裏口に届けると店主が「いつも、すまないね」との声かけとともに少年となにやら話し込んでいた。
コトネはそのままお使いのパンを受け取りに店の前へと回る。
お屋敷でもパンは焼けるがここのパン工房の味は嚙み締めるたびに小麦の味がして焼き加減もピカイチだ。
店員のお姉さんとひと言ふた言、言葉を交わすと店を後にする。
店の周りに少年の姿はもうどこにもなかった。




