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d|IF|fer Affection  作者: 江川無名
第一章 「依存と信頼」
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第八話   邪悪が襲いて、アイをかたる

「ティシア!?」

 

 僕は慄然とした表情を浮かべて、立ち上がりざまに、彼女の名前を叫ぶ。

 ティシアは腹部から大量の血液を地面に垂らして(くずお)れていたが、両手で身体を貫通した傷口を抑えながら、何とか声を出して、僕に大丈夫と伝えてくる。


「大……丈、夫……ですから。ハァ……この程度で――死にません」


 彼女はそう言うと、紅い目を持つ敵から離れるように木々の方に移動した後、一つの魔法を唱える。


癒せ(レキュパリーグ)


 黒き空間に二つ目の異質な光が生まれる。それは緑色の淡い光。

 その光はティシアを包み込んで、ゆっくりと着実に、腹部を貫通していた傷口をふさぎ始める。

 魔法が凄いのか、神の治癒能力が凄いのか、それともその両方か――どちらにせよ、彼女が動けないのは事実であった。 


「すいません。……治癒には暫く時間がかかるので、何とか耐え忍いでください」

「……分かった」


 ティシアがもう一つの魔法を唱えて、模造剣を再生成して、()に向かって地面を転がす形で渡す。 

 俺は簡素でもあり瀟洒でもある直剣を受け取って、目の前にいる敵を睥睨する。


 敵は人間の姿をしている。

 しかし、身体の右半分が、周辺のもの全てを飲み込んでしまいそうな程のどす黒いオーラで纏われており、性別が一切理解できない。

 オーラが侵食したせいか――右腕は既に人間のものではなくなっており、地面に付きそうなほど巨大で、かつ長い指の先から鋭い爪のようなものが伸びている。


 人間なのか、異形が人間を模しているのか、まるで分らない。

 

「……ハルキさん。伝え忘れていましたが、その剣はあなたの行動パターンを収集しています。今後のために……。なので、必ず使わなければならないものです」

「了解。んで、それが何!?」

「襲い掛かってきたその方は、異様な見た目であっても、オーラが侵食してしまっただけの人間かもしれない。何があっても……模造剣の状態を貫き通してください」

「…………分かった」


 この剣を使わないという選択肢は取れない。そして、それはいついかなる時も、誰かに対して死を望んではいけないことを意味する。

 屋敷で行った過ちを二度と繰り返してはいけない、と彼女は伝えたいのかもしれない。



「絶対に……約束は守るって」



 俺は目を瞬間的に閉じて強く願う。


 敵を殺すのではなく、無力化するのだと――決して殺さずに。

 

 今右手に握っている直剣は、優しい青色の鍔を持っていた。

 その状態を維持しながら、俺は腰を落として構える。

 

 そして、敵に向かって肉薄しようと――。



「ヨウヤ――」


 

「!?」


 俺は咄嗟に足を止める。

 人間なのだから、喋るのは当然の事――しかし、問題は声の方だった。



 その声は――男性とも女性とも、子どもとも大人とも、何より機械とも人間ともいえるもので、一切の判別がつかなかったのだ。


 

 月明かりしかない薄暗く闃然とした空間で、敵は異様なまでに赤く両目を光らせながら、天を(つんざ)かんばかりの巨大な声で吼える。


「漸ク――家族ヲ……助ケらレルトオモッタのに!!」

「っ!」


  圧倒的な威圧感と声量に押し負けて、俺は反射的に両手で耳をふさぐ。

 自然は風を吹かせる事で騒めきを伝え、眠っていた鳥が一羽、逃げるようにどこかに羽ばたいていった。


「ナノに……ナノニ! あの男ノセイデ全てが終ワッタ!」


 その声は人間のものではない――なのに、憎悪、慟哭、殺意、ありとあらゆる負の感情をむき出しにしていることが伝わってくる。

 オーラが爆発するように呼応し、両目が破裂するように眩く光る。


「ダカラ!  全部!!」



  その言葉を皮切りに、異形の姿になった人間が、俺に向かって一気に肉薄。

 その速度はティシアの投げた球など非にならない速度で、スローサイトを使う時間さえなかった。

 

 気付いた頃には既に咫尺の間にいた異形は、俺に右腕を振りかざす。

 巨大な右腕で放たれるその攻撃を回避することは出来そうにない。そのため、俺は剣を盾にして、強靭な右腕から放たれる強大な攻撃を防ぎきる。


 重く、強く、痛い攻撃。喰らえば即死は間違いないだろう。


 右腕に加わった力が弱まったタイミングを見計らい、俺は剣を奥に押し込むように相手の身体を弾き、後ろに回り込む。

 背後に回った後、動きを止めるために、足に向かって直剣を薙ぎ払った。

 加速自体は速いが、全体的な動きは遅いらしく、敵は躱す気配もないまま、本来の攻撃力で身体を喰らわれる。


「ネエ、この痛ミに耐エたらカゾクを救エルかな?」


 その攻撃を受けて、異形は反応を示す。

 その声は、一切の判別がつかなかった声から僅かに変化し、少女の声に近くなる。



 ――相も変わらず機械感は残っていたが。



 敵の言ったその言葉は、誰かが想ったことなのか、オーラに飲み込まれている人間が想ったことなのか――それとも、侵食しているオーラが適当に言葉を羅列しただけなのか。

 兎にも角にも――。


「痛みに耐えたって、家族は救えないだろ……」

 絶対に反応は返ってこないのに、自然と口からそんな言葉が漏れる。

 俺の意見には、真も偽もありやしない。世界を一方向からしか見ていない人間のただの主観。

 もしかしたら、痛みに耐えるだけで、本当に家族を救えるのかもしれない。


 そんなことを考えながら、相手の動きを確認すると――相手は明らかに攻撃の手を止めて、俺からの攻撃を待ち、そして、それを受け入れようとしている。

 


 まさに痛みに耐えるという行動そのもの。



 その行動を前に、敵を無力化する絶好の好機なのに、身体の動きが鈍り、攻撃するのに躊躇が生まれた。


「……駄目だ駄目だ」


 敵の言葉に飲み込まれたら、相手の思う壺になってしまう。

 俺は首を左右に振って、本来の目的を取り戻す。


 そして、止まり続けている敵に向かって、右足で横蹴りを入れると――敵は悲痛の声をあげて宙に浮き、湖の方に吹っ飛んでいく。

 自分の力が強かったのでは決してなく、相手の身体が異様に軽かっただけであり、しかも、その重さは人間の最低限の軽さを優に下回っていた。


 水しぶきが宙を飛び交い、異形が叩きつけられたことによる破裂音が、鼓膜をこれでもかと言わんばかりに震わせてくる。

 


「痛い! ケド、痛ミガ嬉シイの。だって――お父サンとお母サンニ愛サレテルって実感できルもノ。ダカラ、お願イ! モット――」



 敵はびしょ濡れになった身体を起き上がらせて、両手を広げるようにして、攻撃の手を待つ。



 気にしてはいけない――何度も頭の中で繰り返す。



 もう一度剣を構えなおして、相手との距離を詰めようと試みる。

 ――しかし、そう簡単にはいかなかった。



「大好キダヨ。――」



 一番最初に発していた声で、異形はそう呟いた後、俺が肉薄するよりも前に、突然その場から姿を消した。


「なっ……!」

「ハルキさん後ろです!!」


 ティシアの声を受けて、急いで身体を後ろに回すと、「愛」を纏った異形がそこにはいて、人を壊す強さを持った右腕を振りかざそうとしていた。


「オマエの事ガスキだかラ、――オ前にコンナコトしてルンだロ!」

「くっ!」


 今度は男性のような声で、俺に腕という名の鋭利な牙を薙ぎ払いながら、不気味すぎる言葉を吼える。

 俺は両手で剣を持ち、無理矢理その攻撃を防ぎきる。


「だから、オトナシク言ウコト聞けッつッテンだロウが!!」

 

 身体は軽いのに攻撃は重い。

 徐々に蓄積されていた疲労のせいで力負けしており、俺の身体は徐々に湖の方に追いやられていく。

 しかし、湖に落とされるよりも前に、敵は右腕を剣から離す。


 相手の不可解な行動に驚くも――もう一度背後に回って、攻撃しようとしていることに勘付く。

 その予想は正しく、異形は俺の目の前から姿を消した。


 俺は敵が姿を消すと同時に急いで振り返り、剣を盾にするように構える。

 振り向いた時点で敵は姿を見せて右手を振り払っていたが、(すんで)のところで相手の攻撃を防御することに成功。

 

 しかし、今度は一撃ではなく、何度も何度も右腕を俺に向かって叩きつけてきた。

 


「愛シテル、アイしてる、あいシテル、アイシテル、大好キ大好キダイスキ大好き!! アハハ!!」



 愛を謳う言葉の声音は、気味が悪くなる程狂気的で、本当に愛を語っているようには思えず、寧ろ騙っているとさえ思える。

 

 力の限りで相手を後ろに弾き返すが、疲労のせいか――身体を支えきれずに後ろに倒れこんでしまった。


 無力化できないまま、時間だけが経っていく。疲労しているのは明らかにこちら側で、このままいけば死ぬのは自分。

 ティシアの身体は未だに回復が終わっていない。あれだけの傷だったのだから、当然だろう。


 森の騒めきが一層強まっていく中、流れを変える音が聞こえる。



「そこからよけて!!」


 

 中性的な声で放たれるその言葉は、自分に対して向けられたものだとすぐさま理解し、俺は一気に左に向かって身体を飛び込ませる。

 

 避けた瞬間、今まで俺がいた場所を目にも止まらぬ速度で何かが通過――その後、背後から世界を震わせるほどの爆音が奏で響く。

 慌てて振り返ると、そこには、一人の性別不明の中学生程度の少年が、異形の頭を右手で掴み、地面に押し倒そうとしている姿があった。

 

 

眠りに誘え(ドルミレーヴ)



 少年が魔法を唱えると、敵は気を失うかのように力を失い、そのまま顔面が地面に叩きつけられた。

 痛そうな音が周囲に響く。


 艶やかな黒髪を持った少年は両腕を抑えて、異形の行動を制止する。

 異形は気を失いながらも、どうやってかは知らないが、奪われた自由を取り戻すために、身体を滅茶苦茶に動かして暴れ出す。


「呪いだったら、解呪できるかな……そこの君、足を抑えておいて」


 俺はその子の指示に従って、オーラに身体を奪われた人間の両足を掴んで、行動をさらに抑制した。


解呪せよ(ディゾクシオ)!」


 魔法の詠唱が響くと同時に、異形の身体が真っ白な光に包まれる。

 そのまま数秒が経過し、ゆっくりと光は消えていったが、異形の身体には何一つ変化はなかった。


「っ……解呪せよ(ディゾクシオ)!」


 もう一度、少年が魔法を唱えるも結果は全く同じ。

「…………どうして!」


 三度目の正直というように、魔法の詠唱を唱えようとしたとき――異形が閉ざしていた瞼を持ち上げて、紅目を激しく光らせた。


「ゆ……ア――カエ、シテ。返してかえしてカエシテカエシテ!」


 性別不詳の機械声で、同じ文字の羅列を繰りえした後、更に目を鋭く、眩く発光させる。

 そして、最後には人間の原形を留めていた身体の左半分がオーラに包まれた。


 ――いや、オーラに変わった。


 その光景を見て、解呪を試みていた少年が瞠目する。

 

「違う……こいつ人間じゃ――」



「……カエシテ」




「!! まずい! 逃げて!!」



 少年の焦燥しきった叫び声を聞いて、俺は咄嗟に立ち上がって、異形から走って距離を取る。

 少年も急いで起き上がり、俺と同じ方向に向かって足を動かした。



「アアアアアアアアアア!!」


 

 悲痛、苦痛、慟哭、救済、贖罪、絶望。何もかもを包み込んだ叫び声を異形は世界に響かせて――。


 

 ――身体を爆発させた。



「!!」

 

 天を劈き、世界を壊さんとする爆発音が湖周辺に響き渡り、真っ黒なオーラがこの空間に撒き散らされていく。

 オーラは宙に散った後、そのまま何処かに消えていき、全てが失われたときには、異形がいた場所には何一つ痕跡が残っていなかった。


 漸く、傷口が塞がったティシアは、ゆっくりと立ち上がって、俺達のすぐ近くにまでやってくる。



「…………ムマ――」


 

 そして、さっきまで異形がいた場所を見つめながら、そんな言葉を呟いた。

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