第十四話 憎悪と始譚
――神の世界――
「漸く――漸く!!」
一人の男が顔も隠さずに高笑いする。
雲一つない青空――いや、映像のように作り上げられたまがい物の空の下には、色を持った山や建造物が無数に立ち並ぶ。
しかし、それは男よりも五百メートル以上奥の景色の話。
彼のいる場所は、地面も壁も天も真っ黒で、立っている場所が本当に地面なのか――あるいは、空中で突っ立ているだけなのかすら理解できない。
「貴様――何故ここに!?」
一人の若き青年――とはいっても、二百五十歳程度ではある――が、瞠目しながら男の元にやってくる。
どうやって、男が神の世界に侵入したのを、一分足らずという時間で把握できたのか。
そんなこと分かりはしない。
しかし、青年は侵入者に警戒こそすれど、剣を構える素振りも魔法を放つ素振りもない。
故に、侵入者にとっては、彼に近づくことなど造作もなかった。
色なき場所にいる男はほくそ笑んだ後、前に倒れ込み、次の瞬間世界から姿を消した。
そして、次に男が世界に姿を見せたときには――。
「グァアアアアア!!」
青年の心臓部に直剣を突き刺していた。
剣と身体の隙間から大量の血潮が吹き荒れる。
鮮やかで淀みのない真っ赤な液体が、地面に向かって落ちていき、黒い床を紅い水で覆っていった。
剣を抜き出そうとすると、青年が口から血塊を吐き出され、侵入者の顔に大量の鮮血とともに付着する。汚く黒い血塊は重力に身を任せ、顔を紅く塗りたくりながら、下へ下へと沈みゆく。
「死なないくせに、断末魔みたいな叫びをあげるのはやめてくれないか? 鬱陶しいだけだ」
男が完全に剣を抜き去った時、青年は頽れることもなく、そのまま赤く光りその場から爆散するようにして消え去る。
男は血液を落とすように剣を振り払うと、雫が泉の中に落ちていき、小さな不快音を鳴らす。
『中々言うじゃない?』
「お前……どこから」
『脳に語りかけているのかもしれないし、この世界すべてに聞こえているのかもしれない』
誰なのかも何処にいるのかも――そもそも人なのかすら分からない女性の声を聞きながら、男は何処からともなく現れ始める目の前の神々に冷徹な表情を浮かべる。
一人いれば百人いると思え――と、どこかで聞いたフレーズを使い回したくなる気分である。
「お前だけは絶対に! 奥へ進ませては――!」
「……五月蝿いから黙っていろ」
一人の女神の心臓部を突き刺してこの場所から消滅させた後、周囲にいる神々を男は憎悪という名の牙を向ける。
周囲にいる神々を蹴散らし、黒い床を赤い絨毯で衣替えしながら、男は目的の場所へと進んでいく。
一振りすれば、二人の神が体を踊らせ爆散し、二振りすれば、五人の神が血を撒き四肢を飛ばしながら四散する。
そんな光景に女の声になっていた未知なる存在はケラケラと笑い出す。
『いいねいいね! 復讐と憎悪を剥き出しにして、ただ欲望のままに相手を殺すの。私は嫌いじゃないよ!」
「…………。それよりもその口調はなんだ?」
『え? こっちの方が接しやすいかなあって。ディオンはそうは思わない?』
「……うざいな」
『ええ!! 嘘! ……まあ、あまり効果なさそうだけど』
最後の言葉に引っ掛かりを覚えた、ディオンは鬱陶しい存在に詰問する。
「お前は何処で一体何をしてるんだ?」
『さあ、何をしてるんだろうね! ――ディオンは気にすることじゃないって! ……少なくとも、君たちが紡ぐ物語には影響なんて与えない。与えるのは――。…………まっ、いいじゃない? さっさと目的の場所に向かおうよ』
「ずっとそうしている」
しかし――神を斬っても斬っても、どこからともなく神が現れる。
これだけの数の神が存在しているのか――あるいは、一分程前に斬り刻んだ奴らが性懲りもなく、挑んできているのか。
どちらにせよ、強き神はこの場にいない。
何故なら能力ある現実世界の対応に追われているのだから。
「アルカナ様の元には行かせない!」
アルカナ――全知全能の神と呼ばれる女性の名。
人間の世界を飛躍的に進化させ、全神々の始祖ともいえる存在。
この世界に侵入したモノの目的は、例え今まで前例はなくとも、全知全能の神に接近することに違いない。
そんな固定観念に縛られていることが透けて見える。
「何か勘違いしていないか?」
首を刎ね様、ディオンは見当外れな考えを持っていた女神に、誤った考えであると優しく教える。
しかし、爆散寸前だったため、聞こえていたかどうかは不明である。
「神には必要のない粗悪物も一緒に壊してやろう」
一人の男性の姿をした神を鼠径部から顔に向けて一気に直剣を貫通させる。
下腹部につく粗末な物は抉られながら潰されて、砕けた骨や破裂した臓器が周囲に飛び散る。その一部の肉塊や骨が彼の身体に付着し、こそばゆさを与えつつ、重力に身を任せて落下した。
そんなこそばゆさも気持ち悪さもどうでもいいと言わんばかりに、ほかの神々を殲滅していく。
殲滅しながら、ディオンは奥の景色と床にぶちまけられているドロッとした液体を交互に見つめて口ずさむ。
「神の世界に色が付くとは……皮肉なものだな」
色のある世界で暮らすなど、まるで人間みたいではないか。
神と人間が同じ存在なはずがないのだ。何も知らないくせに――。
そう、ディオンは思う。
そんな考えに入り浸っていることを知ってか知らずか、呑気にふざけた声が脳に響き渡る。
『君、神様達からは魔王って呼ばれてるらしいじゃない? 正体、気づいていないみたいだけど』
「あいつらは私が人間の生命を脅かそうとしていると思っているらしい。だから魔王と呼称している」
『でも、ディオンがなんでアルカナに近づきたがってるって考えているんだろうね』
「神々は死なない。しかし――始祖であるアルカナは殺せば死ぬといわれている。それは何故か。それはアルカナの死とすべての人間の死は、祈り――もとい契約によって結ばれてしまっていると神の間では伝わっているからだろう。……実際、真実かどうかは不明だがな」
『へえ、そんなんだねえ』
絶対に知っているはずなのに、知らぬふりを続ける「何モノ」かに憤りを覚えつつも、漸く少なくなってきた神々を押しのけるように一気に奥に進んでいく。
「目的は違うが……神が私を魔王だと認識するのも時間の問題か――もしかしたら、既に気が付いているのかもしれないがな。しかし、気付こうが気付かまいが、私には一切関係のないことだ」
『………ねえ、これで満足したりしないの?』
「これで神が滅べば、私とて満足なんだが」
周辺の神から真っ赤な液体を絞り出すことに、死なずともすっきりとした感覚に襲われているディオンに対して、不服そうな声を漏らすモノ一りつ――。
『だから契約しようって言ってるじゃん』
「……知らないな。――そもそも、お前が何者か私は知らん。契約もクソもないだろう」
『ふーん。……まっ、今行こうとしている場所にたどり着けたら、答えがわかるんじゃない? 知らないけどっ!』
不気味で無邪気な、それでいて狂気的な笑い声を響かせる何かに苛立ちを覚えつつ、ディオンは色のある神の世界に踏み込んでいく。
元の色が見えなくなる程、染まりきった真っ黒な髪を揺らしながら。
第二章「憎悪と感情」
◇◆◇
――世界――
「「「やっとついたあああ!!」」」
俺を含めた男性陣が都市に入ったと同時に大きな声を上げる。
周囲の人々の数名が訝しい目を向けているような気もするが気にしない。
時刻は十八時を少し過ぎた頃だろうか。綺麗な丸を作っている月が少しずつ世界に姿を見せ始めている。
この時間は、一方は夜で、一方は黄昏という美しいタイミングではあるが、俺達――ユリアを除く――はそんな時間に浸ることなく、ティシアに対して色々と責め立てようとしていた。
「元々、一日程度の時間で到着するっていってませんでしたか!?」
「いやあ……それは……その――」
「一週間もかかってますが!?」
「僕もね……案内してもらってる身。こんなこと言いたくないけれど――。流石に……ね?」
「………最後の言葉――謹んでお受けします」
「「「迷子なりすぎだわ」」」
「だって、森しかなかったんですよ!? 無理ですってあれは!!」
謹んで受けはしたが反駁はするんかい、と合っているかわからない関西弁での突っ込みをしそうになるところをぐっと飲み込んだ。
神なのだからなんらかの能力で迷子にはならなさそうだが、そうでもないのだろうか。
それとも、ティシアが神であると知っている人物が俺しかいないため、あえて能力を使わなかった結果、迷子になったとか。
「反論よりも前にいうことがあると思わないか? ティシア。――俺は猛烈にお腹がすいているんだ」
「申し訳ありませんでした!!」
驚く程綺麗な姿勢で謝罪のお辞儀をするティシア。
流石に反省の意思もあろうと思った矢先、彼女はケロッとした表情で顔を持ち上げて、無理矢理話を進め出した。
「とにもかくにも! 一回目的の人物達に会いに行きましょう。……それから食事です」
「うっそだろ!」
悲痛な叫びをあげるアレクを横目に、「俺もお腹空いてるけど」と思いつつも、渋々とティシアの後をついていくことにした。
「……諦めよう」
背後からルイがアレクに対して、そんな事を言っているのが聞こえてきた。
◇◇◇
「あっれえ……おかしいですね」
「いるんじゃなかったの? ねえ」
俺がジト目で右側のいるティシアの顔を見つめる。
目の前には家がある。初めの都市は温もりを感じるような色合いだったが、この都市は逆の涼しさを感じる色合いだった。
白と水色を基調とした家が建ち並ぶ、瀟洒さとシンプルさが上手に組み合わさったデザインである。
そして、現在は双子の少女がいると思われるとある家の玄関の前で、ティシアが何回も金のリング型のドアノッカーを叩いていた。
結果は――いないのである。もしくは居留守か。
どちらにせよ、双子とは接触ができない状態だった。
「その家に何か用かの?」
ふと後ろから、年配の男性の声が聞こえてくる。
咄嗟に後ろを振り返ると、そこにはかなり腰の曲がった白髪の男性が、右手に杖を持った状態で首をかしげていた。
「ここにいるはずのニアさんとリアさんに用事があってきたのですが……」
「ほぉ……あの二人に。――じゃが、今は無理じゃよ。なんせ一年も前からニアちゃんはその家から姿を見せておらんからのう」
「えっ……」
「……おい」
俺はティシアを肘で何回かこずく。その行動にティシアは理解を示すそぶりを見せつつも、老父との会話を続けた。
「……それは何故なんですか?」
「…………一年程前。双子の姉であるリアちゃんが唐突に何処かへ行ってしまったんじゃ。……まあ、唐突ではなかったんじゃが、一人でどこかに行くとリアちゃんがニアちゃんに話したときに、二人は大喧嘩。そのまま離れ離れになってしまったらしくてのう。それをずっと後悔しているからか知らんが、それ以降、ずっとこの家から出てこんくなってしもうた」
「おい」
「姉もいないじゃん」という意思をこめて、ティシアの腕を数回叩く。
彼女はというと「あれぇ」という表情で首を傾げまくっていた。
「二人はマジックショーをよくしていてのう。それが儂や都市の住人にとって、一つの娯楽であり、癒しじゃったんだ。高貴な家柄なのに、我々一般人と同じ立場に立ってくれる。それ程嬉しきことはなかろうて。――またみたいものじゃが、ニアちゃんがまた家の外に出るためには、リアちゃんの存在は必要不可欠であろう。……それが儂達の判断じゃ」
その後、一頻りの会話を終えて、老父はその場を立ち去って行った。
俺は立ち去る老父に深いお辞儀をして――再び顔を上げたときには、ティシアに文句を言い放っていた。
「骨折り損のくたびれ儲けな状態ですが、これに関してはいかがお考えでしょうか、ティシアさん」
「…………おかしい、おかしいですよ。こんなの。そんなはず――」
「ティシアのポンが露呈してきてるね。……僕はいいと思うよ」
頭を抱え込むティシアに優しい(?)言葉をかけるルイに俺は感動する。
こういうこともあるだろうとは思うが、一週間も動かされた後だと話が変わってくる。
そんな状態でも優しい言葉をかけられる彼に俺はかぶってもいない帽子を脱ぎそうになる。
「と、とりあえず。あっちに宿を見つけたから……きょ、今日は一回、休もう? は、ハルキ」
「……そうだな。こんなこと言ってても仕方ないし」
無理して会話を頑張っているユリアに、俺は同意の意を示す。
ルイやアレクもそれで良いだろうと言わんばかりに数回頷いて、ユリアが指さしていた方に向かって歩き始める。
とぼとぼと歩くティシアの横を歩こうと、俺は足を動かそうと――。
「ん? 今誰かこっちを」
何らかの気配を感じ、咄嗟に背後を振り返ったが誰もいない。
――気のせいだと自分を納得させて、前の方にいるティシア達に追いつこうと、黄昏時が過ぎ去った都市の道を早歩きで進んでいった。
◇◆◇
――Unknown――
『こちらコードW』
『…………こちらコードA』
『早速だけど、そっちの……ハルキの近況報告をお願い』
『先ずは、ティシアと接触が完了し、契約とともに能力を付与。その後も目立ったズレはないまま、予定通りに進行している』
『それは良かったわ。ハルキって子には色々と頑張ってもらわないといけなくなるでしょうし』
『……そうだな』
『でも、確か……。能力以外にも身体能力が向上しているという話をしていなかった? あれはどうなったの?』
『大きな確認はできていないが、遺跡を生還できたことを踏まえると、それなりに身体能力が上昇していると考えられる』
『なるほど……。それもティシアが与えたものなのかしら?』
『彼女にそんな能力はない。それは知っているだろう? そもそも能力付与でさえ、彼女の能力では元々ないのだから』
『うーん。謎が多い状況ね。別世界からやってきたから、身体能力の値そのものに変化があったのか。……ただ、利用するに越したことはなさそうね。――もしかしたら、私の目的でもあるムマ調査を助けてもらうかもしれない。最近、異様なまでの速度で増えているから』
『それは彼自身に聞いてくれ』
『……それもそうね』
『……ムマといえば、こちら側にも一体ムマが出現したんだ』
『Aがいる場所に?』
『しかも、流暢に喋ってた。そっちでもそんな奴がいたら気をつけた方がいい』
『……了解。私達がいる場所では、まだ流暢に喋ってるムマはいないけど、十分気をつけるわ。しかし、まさかそっちにもムマが出現し始めるなんて。……いよいよ、安全圏が。いえ、まだそんな話はしないでおきましょう』
『何かあったのか?』
『…………何もな――』
『情報共有は大事だといったのは、どっちだ?』
『………………わかったわよ。――私達が調査している周辺の都市で、ホワイトヴィレッジ現象なるものが発生したの。それも立て続けに五箇所も。……最悪ったらありゃしないわ』
『……それは――。祈らねばならないな。こちら側でも一か所のみ確認出来ているが……』
『噓でしょ? ――私達が愛する人が住まう世界は、後いつまでもつのかしら』
『それは我々神の手でどうにかするしかないだろう』
『そうだけれど。……私達の能力って不親切すぎるのよ。――そのせいで、この現象に対する防衛手段も見つけ出せない。私達は人々を守るために存在するはずなのに』
『そうだな』
『…………ねえ、彼等の死は救いだったのかしら』
『……それは――』
『ごめんなさい。おかしなことを聞いたわね。……救いなはずがないわ。仮にその死が救いだったとしても、そんな状況に人々がなってしまうことはあってはならないこと。…………死を救いと捉えうる状況になるのは、私達神だけで充分よ』
『……………………』
『はぁ……陰鬱な雰囲気になってもしょうがないわね。――最後になるけれど、くれぐれも彼等には気づかれないように』
『分かってる。こういうのは得意なんだ』
『……そうだった。流石×××××を司る神』
『それは褒めてない』
『褒めたつもりよ?』
『……それはどうも。まあ、気づかれても構わないが、面倒ごとは嫌だからな』
『それは君に任せるわ。――じゃあ、これで会話を……っと。そうだった。一部の神と連絡が取れないの。そっちはどう?』
『まだ、他の神と連絡を取ってない。……しかしそうなのか?』
『ええ。――Aもだけれど、私達も暫く神の世界に戻れないから、もしそっちが先に神の世界に戻ることになるんだったら、調べて報告をお願い』
『了解』
『これで連絡は本当に終わりね。お疲れ様』
『ああ。……会話を終了する前に聞くが、なんでコードネームみたいなので呼ぼうって言ったのかな? ――』
『え? ただの憧れ』
『……………はぁ。――会話を終了する。……L頼む』
『なんだかんだ、最後まで乗っかってんじゃん。ふふっ、ありがとう』




