第十二話 異形と交いて、借りとネガイ
「サア、楽シミヲ語リ愛マショウ!!」
怪物は透明度の高い――しかし、何処か機械的な女性の声で無邪気に叫ぶ。
全ての関節が剝き出しで、胸は核のせいで二分割されている。しかも、体の各部位は、魔法で錆一つない銀色の金属片を集めることによって作られており、歪そのものでしかなかった。
美しい声とは正反対で、体には美しさも綺麗さも存在しない。
不揃いで不気味で不細工な――楽しさのみを求める健気な人形。
――ただ、一つ綺麗なところがあるとすれば、静かに燃えている青い核。
つよく、強く、靭く――誰にも消させはしないというように、ただ燃えている。
いつの間にか、俺から十メートル程離れていたアレクは、倒すべき敵の歪な顔を睥睨しながら、こちらに対して大声で話しかけてくる。
「こんなでかいっていうのは聞いてないな……。――ハルキ!! 今更すぎるんだけど、お前の実力は知らない。だから、もしまずいと思ったら、あの場所に行ってくれ! あとは俺にヘイトを向け続けさせるから!」
彼はこの空間に入口から二十メートル離れた場所を指さす。そこは、決して安全な場所ではないが、ヘイトが向かなければ、おそらく攻撃が当たらない位置でもある。
「分かった! でも、それでお前が危険になったら――」
「大丈夫さ! もう油断はしない!! ……だから、心配すんな!」
何の衒いもなく、死亡フラグを乱立するアレクに、自然と顔が綻びる。
アレクの積み重ねすぎた死亡フラグが折れる――いや、折れないことで死なないことを祈ろう。
「――――!!」
「っ !!」
逸れていた意識を自分に戻させるように、怪物は激しい咆哮を上げた。
そして、それが合図と言わんばかりに、右腕が地面についてしまう程にまで伸長し――疾風迅雷の勢いで地面を抉りながら、俺に向かって振り払われる。
――回避が間に合わない。
無謀だと分かっていながらも、俺は鍔が赤く輝いている直剣を盾にして、その凶暴な攻撃を防ぎ切ろうと試みる。
「速くなれ!」
アレクの気迫のこもった詠唱が耳に届いた次の瞬間。
右側から勢いよく何かが衝突し、俺はその何かと一緒に左側に吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた僅かコンマ一秒後――さっきまで俺がいた場所を右腕が、大量の土を宙に踊らせながら、通り過ぎた。
自分の腕力では絶対に防ぎきれなかった重い一撃。そこにいれば、確実に死が待っていたと言えるだろう。
俺は衝突してきた何か――もとい、アレクに感謝の言葉を伝える。
「ありがとう、助かった」
「……最初から言ってっからな、お前は死なせないって。――二度と目の前で……誰かが死ぬのは見たくねえんだわ」
アレクは哀しげな表情で、右腕を元の長さに戻す怪物を見つめていたが、すぐさま真剣な表情に戻し、怪物との戦い方を提示する。
「核を破壊すれば、相手の行動は止まる。それは今まで通りっぽい。だから、核を守っている防御壁をまずは破壊しないとな」
「了解。……でも、どうやってあの距離の核に攻撃を当てるんだ?」
俺の質問に、アレクは「愚問だな」と言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべる。
そして、一言。
「魔法、もしくは一方の足を削り取る!」
「……なるほど。それは単純明快、結構なことで!!」
単純な作戦ほど良くできたものはない。俺は気合を入れるように二、三回軽くジャンプする。
――どうやら、日本にいた時よりも身体能力が全体的に向上しているらしい。初日はその事実をあまり感じ取ることができなかったが、今では十分過ぎるほど、その恩恵を理解できている。
正直、《遅くなる能力》よりも、恩恵が強いように思える。
「――――!! ――――!!」
怪物の咆哮――次いで、両腕が地面につく勢いで伸長する。
しかし、伸びた腕が両方になっただけで全く同じ行動二回目は聞かない。
遅くなれ。
周囲がモノクロの世界に包まれ、全ての速度が遅くなる。
もう、随分と慣れた景色だった。
ただし、ゆっくりしている暇はない。
遅くなったとて、敵の攻撃は自動車並みの速度で振りかざされているのだから。
腰を三百六十度回転させることで。振りかざされる両腕を、敵の右足に近づくように動きながら――飛んで、しゃがんで、走って躱す。
五秒が経過し、ガラスが割れるように色が取り戻される。
攻撃も止まっており、好機であるこの状況を逃さぬと、更に走る速度を加速させて、右足にまで一気に肉薄。
その速度を利用するようにして、鍔が赤く輝く片手剣を振り上げるように一閃。
「くっ、かったい!」
無理矢理、剣を捩じ込もうと力を入れるが、どう足掻いても、金属片の一枚だって取れはしない。結局、怪物が足を動かし始めたため、間合いを取る必要が生まれて、金属片に僅かな傷跡を残しただけになった。
どうしたものか。
「身体よ痺れろ!」
詠唱と共にアレクの右手から電力の塊のような物質が生成され、怪物の核に向かって突っ込んでいく。
その魔法は見事命中――防御壁を破壊するには至らなかったものの、敵をよろめかすことに成功する。
「楽シイ!」
よろめきながらも異形は無邪気にそんな言葉を放った次の瞬間――壁から、無数の刃が付いた巨大な円状の金属板が一枚出現し、壁を伝うように高速で回転しながら動き始める。
「あぶなっ!?」
俺は急いで敵の下に潜り込み、その攻撃を回避。アレクも同じように足元に避難することで回避した。
すぐ近くにやってきたアレクに俺は、声を張り上げてこの攻撃に対して苦渋を呈する。
「卑怯すぎないかこれ!」
「まあ、遺跡ってのは相手のフィールドだからな! 公平にはならないって!」
金属板が、黒板をひっかいたときに生じるような音を鳴らして壁を一周している様子を確認する。
速度的には、逃げる形で回避することは十分可能だが――その回避方法を続けていると、体力切れでこっちが死ぬ。
何らかの対処は必要になってくるだろう。
「――――!!」
怪物が雄たけびを上げたすぐ直後に、左腕が伸長し、地面を抉るように振り払われる。
しかし、俺達は怪物の足元にいたおかげで、回避する必要は一切なかった。
その間、右足に攻撃を与え続けていると、一枚の金属片が破壊され、地面に重い音を立てて落ちた。
この時、攻撃を与え続ければ、足は破壊できるという気づきのほかに、もう一つの事実に気が付く。
それは、最初のあの言葉と「楽しい」以外のフレーズが用意されていないのか――怪物が発する言葉は「楽しい」もしくは表現できない叫び声のどちらかしかないというものである。
それに、そこに俺達がいようがいまいが、お構いなしで腕を振り払っている。
このことから察するに、敵は自我を持って行動しているわけではなく、何らかの規則に従って言葉を発し、行動をとっているはず。
例えば、さっきの表現できない叫び声の次の攻撃は、右腕もしくは左腕が伸長して振りかざされる。
そして、二回叫べば両腕である。
「楽死イ! 楽シイ!」
だったら、これはどうなるのか。
おそらく、壁から二つの無数の刃が付いた金属板が出てくるは――。
――びっくりする程違った。
このフレーズ後の行動は、核の下にある腰部分から、十字架を描くように青色のレーザーに似た何かが射出されるというものであった。
そのレーザーは十字架を維持しつつ時計回りに回転するが――上下に動き回るせいで、怪物の足元にあった安全圏に近しい場所でさえも破壊される。
俺達は左右に分散するように回避していく。
能力を使わずに無理矢理躱し切ることに成功するが、レーザーの端が衣類に掠っていたらしく、布切れが燃えて灰になりながら宙に消えていった。
「楽シイ! 楽死イ! 楽死逝!!」
壁から円状の刃が姿を現し、異形の腰からレーザーが穿たれる。
「――――!! ――――!!」
更には、両腕が伸長し、反時計回りに回転して土の地面を抉り始める。
「防ぎきれ!」
咄嗟に俺は能力を発動――瞬間的にモノクロの世界を創り上げる。
アレクはというと、魔法によって周囲に青白い球状のシールドを展開していた。
この能力ではどう足掻いても、アレクを動かせない。そのため、彼が放った魔法を信じて、俺は攻撃の回避に専念する。
太いレーザーに太い両腕、果てには壁から死の刃。全部動くし、全部速い。
十字架のレーザーはスライディングで、金属の両腕は跳躍で、そして刃は足元まで走って回避する。
四秒程度経過した時、俺は見ている世界に色が溢れ返る。
直後、レーザーと両腕がアレクに直撃し、天を劈かんばかりの爆発音を轟かせる。そして、空間の半分を覆ってしまう程の土煙を撒き散らす。
口の中に砂が侵入してきたせいで、俺は吐き出すように咳払いを行う。
十秒程で煙は宙に消えていき、アレクの姿を視認できるようになった。服の一部は破れていたものの、身体に傷を負っている様子はない。
俺は安堵の息を撫で下ろしながら、壁の方に向かって歩いている怪物に視線を向け直し、アレクに対して訴えかけた。
「これを永遠に繰り返されたら、命が吹っ飛びますけど!?」
「でも、言い換えれば、あの一撃で防御壁にそれなりのダメージが入ったってことにならないか?」
「それは……そうだな。――じゃあ、足を折らずに魔法だけでどうにかなるかもしれないのか。……多分だけど、よく分からん叫び声は腕が伸びるやつ。楽しいとかいう狂ったフレーズは、一回だと壁からなんか出てきて、二回だとレーザーの攻撃合図っぽい」
「――ああ、たしかに」
「だから、その隙を突いて魔法でぶっ飛ばせないかな?」
俺の質問にアレクは首を横に振った。
「魔力切れを起こしたらまずい。出来れば足をぶっ壊して、核を直接剣で破壊したい」
「そうか……分かった」
魔法に関して俺は無知でため、理由を問いただしたりはせず、彼の言葉を素直に受け入れる。
「あいつには後二回程度しか、魔法をお見舞いできないな。……残念だ」
話を区切るように、彼は右手を怪物に向かって差し伸ばす。
ジリ貧になってしまう前に方を付けなければならない。俺も疲労感を誤魔化しながら、殺意剥き出しの直剣を構えて、異形の右足に肉薄する。
己の持つ剣が敵を斬る。金属片の足に微かな傷を一筋付ける。
アレクの魔法が敵を穿つ。核を守る防御壁に僅かながらにダメージ負わせる。
己が持つ剣が敵を斬る。右足を形成していた金属一枚、宙を舞って地面に落ちる。
アレクの魔法が敵を穿つ。防御壁に大きなダメージ負わせて、核を守りし壁の一部が壊れゆく。
敵が「楽しい楽しい」とただ吼える。それに賛同するかの如く、十字のレーザーが縦横無尽に暴れ出す。
一瞬激しくなったのは、形態変化のようなものだったらしい。
それ以降、異形の攻撃が激しくなることはなく――寧ろ、傷を負えば負うだけ、行動速度が徐々にゆっくりとなっていっていた。
アレクは宣言通り魔法の詠唱をやめて、白き直剣が生み出す重き一閃を、何回も何回も右足にぶち込んでいく。
――そして、その時がついに来た。
「アアアアアアアア!!」
右足が完全に崩壊し、金属片で造られた異形が頽れていく。下敷きにならないように、俺達は敵の股下から飛び込むようにして抜け出す。
転がりざま異形を確認すると、剣で攻撃できる位置にまで下がっていた。
「アレク!!」
「わかってる!!」
俺とは違い、転げることなく敵から離れていたアレクは、獲物を捕らえた獣の如き表情で、攻撃可能範囲にまで近づき、核に向かって力強く剣を薙ぎ払う。
その威力は防御壁を破壊するには充分過ぎる程の威力だった。
「アア!!」
――防御壁の割れる音が響き渡り、無数の破片となった透明の壁が、地面に音を立てて突き刺さっていく。
「――これで、終わりだ!!」
アレクの持つ白く美しき剣が、ブレのない鮮やかで綺麗な一突きを放ち――弱々しく燃えている核を貫いた。
「イヤアアアアアアアアア!!」
鼓膜が破れそうな程大きな異形の断末魔の叫び声が遺跡に轟き、金属片が一枚また一枚と地面に落下していき――。
「楽……死カッタ――マ……タ――」
最期にそんな言葉を異形は遺し、青い核が静かに消えて機能を停止した。
「また……か」
もう会う機会はないだろうが。
そんなことを考えていると、地面から上に何かを乗せた筒状の台座が出現する。
「アーティファクトだ」
アレクが駆け寄って上に置かれていた、物体に触れて確認した後、そう呟いた。
《喜びの欠片》等しく、明るいイメージを持つ光がカケラの内部で発光し続けている。
「《楽しみの欠片》……か」
アレクの言い得て妙な命名に俺はゆっくりと頷いた。
アーティファクトは四つで、現在アレクが持つのは「楽しみ」と「喜び」。なら、残りの二つは「怒り」と「哀しみ」だろうか。
少なくとも、アーティファクトが人間の感情をモチーフにしているものであることは間違いなさそうである。
「おっと、ゆっくりしてる暇はないな」
「え? なんで?」
「爆発するから、この遺跡」
「はい?」
裏返った声で反応する俺を見てニヤリと微笑みつつ、アレクは「掴め」というように、左手で右腕を何回か叩く。
俺は頭が混乱した状態のまま。流れに身を任せて、彼の右腕を両手で思い切り掴んだ。
「しっかり掴まってろよ!」
「え、あ……りょうか――」
「速くなれ」
瞬間、視界が真っ白に近い状態になり、いつの間にか開いてくぁいた入り口の扉に向かって、一気に突っ込み始めた。
そして、そのまま通路に飛び出し、入り口――もとい出口まで駆け抜けていく。
「ヒイイイイイ!!」
あまりに速さに両足が浮き、宙ぶらりんの状態で、時折壁にぶつかりそうでめちゃくちゃ怖い。
トラップは全て停止しているらしく、どの石を踏んでも特に問題はないようだ。
新幹線も脱帽してしまう勢いで駆け抜けているためか――降りていくときは二時間弱かかっていた道のりを僅か一分で通過した。
この間、風を切る音のみしか聞こえていなかったが、第二階層に辿り着いた時、突如として、背後から強烈な爆発音が、連続して遺跡に轟く。
どうやら、連鎖的に爆発を引き起こし、遺跡を破壊しようとしているらしい。
アレクは更に走る速度を上げて、最終的に三分程度で入り口にまで到達し、遺跡を脱出。
しかし、彼は入り口では速度を落とさず、更に七十メートル程遺跡から離れたところでゆっくりと立ち止まった。
漸く、地面に足が付いたことにほっと息を撫で下ろし、一息つこうとした次の瞬間――。
世界中に聞こえてしまうのではないかと錯覚してしまう程の爆発音が、天を劈いた。
遺跡から溢れ出す赤い炎は、黄昏時の橙色を上書きするように塗りたくり、巨大な瓦礫は地に落ちて、小さな瓦礫は空を舞う。
「マジで爆発したんだけど!」
「いやあ、いつ見ても壮観だな!!」
「そんな楽観的な」
随分と暢気な台詞を吐くアレクに溜息をつきながら、遺跡が崩れていく様子を俺はただ見つめていた。
爆発が収まり、遺跡の瓦礫が全て重力に押し切られ、地面に叩き落されて暫くした後――近くにいたのか、ティシアとルイが俺達のもとに駆け寄ってくる。
「お疲れ様です、ハルキさん。……死ななくて何よりです」
「そりゃどーも」
「……ハルキ、大丈夫?」
その声の主はルイ――ではなく、心配してくれることを一切想定していなかった少女のものだった。
俺は状況が理解できず、言葉を選ばずに返事をしてしまう。
「え、どういう風の吹き回し?」
「…………何か悪い?」
「いや、嬉しいのだけど、なんで急にって思って」
「――例え苦手な人でも、露骨に無視して話さないのはおかしいと思っただけ」
「……なるほど」
彼女の言うことはごもっともなのだが、実際に心配しているかどうかは分からないという事実が明らかになってしまったせいで、俺は露骨に落胆する。
しかし、落胆という何とも単純な感情に浸りきる前に、アレクが声をかけてくる。
「なあ、ハルキ」
「ん? どうしたんだ?」
「いやあ、少し言いにくいんだけどさ」
「……ほう? 何々? 言うてみい? 言うてみい?」
「お、それはちょっとうざいな。……じゃなくて。――これからもさ、遺跡の調査に協力してくれないか? ほら、俺一人だと、また油断してしまいそうだし」
「それが言いにくいことなのか?」
「――ん、まあな」
確かに――今日みたいにアレクが油断したとして、そのせいで彼が死んだとしたら。
例え、そこに自分がいなくとも、その事実を知ったとき、きっとひどく悲しんで落ち込むことになるだろう。
ならば、おのずと答えは決まってくるし――もしかしたら、もっと前の段階で答えは決まっていたのかもしれない。
「……構わないよ」
「本当か!?」
「俺みたいなので良ければ、いくらでも力は貸すよ。――でも、その代わりと言ったらなんだけど、魔王? 退治に協力してくれないかな?」
「……魔王?」
「あ、それは私が――」
横で話を聞いていたティシアが、アレクに対して、端的に魔王退治についての説明を行う。
アレクは彼女の話を真剣に聞いているのか――何度も頷いて話を理解しようとしていた。
そして、ティシアが話し終えたとき、考えるそぶりを一切見せずに口を開く。
「なるほど、いいぞ! まあ、今日の借りもあるし、それに普通に面白そうだし?」
「そんなんでいいの?」
「そんなんでいいさ」
「本当にいいのか」と心配になりつつも――俺はアレクに対して右手を差し出した。
「じゃあ、よろしく」
「おう! よろしく、ハルキ!!」
アレクは今日一の笑顔を浮かべて、俺の右手を握りしめた。




