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すべてを狂わす黒い瞳  作者: 大門寅吉
3/3

斯くして魔女は恐怖する

 グァー グァー グァー


 森に棲む魔鳥の鳴き声に我に返る。

 気が付けば随分と時間が経ち、早朝といえる時間になっていた。

 名残惜しいけれどグリュクにこの日課がバレる訳にはいかない。

 私はそっとグリュクの頭を人撫でしてから、静かに部屋を出て行った。






 ◇◇◇






 リビングで向かい合って、2人でセレナの作った朝食を食べる。

 メニューは野菜スープとパン、目玉焼きだ。

 昔は加減が分からず、朝昼晩全力でアホみたいに豪華な料理を作ってたセレナも、俺の説得で普通の食事というものを学んだ。

 未だ油断はできないが。


「ねぇグリュク、奴隷を持ってみない?」


 食べ終わり、食後のハーブティーを嗜んでいると、おもむろにセレナがそんなことを言い出した。

 セレナから一般常識や大陸の歴史、魔法学なんかを一通り教えてもらった俺は、当然奴隷制度についても知っている。

 知ってはいる、けど。


「奴隷かぁ……」


 正直、あまり気乗りはしない。

 別に奴隷制度自体を頭ごなしに否定するつもりはない。

 罪人の受け皿になるだろうし、奴隷という労働力がないと成り立たない国もあるのだろう。

 そういった理屈は分かってはいるんだけど、いざ自分が奴隷を持つとなると、やはり抵抗感が強い。

 まぁ、何不自由しない温室で育った()()()()()()の甘ったれた考えだって言われたら反論は出来ないけど。


 そういったわけで、セレナの提案はあまり魅力的ではないんだけど、メリットというか、利点がない訳でもない。

 まず前提として、セレナは俺が他人と会うのを嫌う。

 他者との接触を禁止されたり、軟禁されているわけじゃないけど、月に一回の買い出しについていこうとすると、やんわりと断られる。

 強引に強請れば連れてってもらえると思うが、生活の全てを担ってもらっているため、あまり我儘を言うのもはばかられる。


 そんなセレナが奴隷とはいえ俺たちの生活に他者を介入させようと言うのは、大変意外だ。

 我儘はあまり言いたくないが、俺だって出来たら街に行ってみたいし、旅行とかもしてみたい。

 これを機にセレナが他者との交流に寛容になってくれるかもしれない。


「うん、欲しいな。誕生日の贈り物は奴隷がいい」


 結局俺は肯定を返した。

 気がかりだった俺への誕生日プレゼント問題もこれで片が付くだろうし、一石二鳥だ。






 ◇◇◇






「それじゃあ明日、町へ行って奴隷を買ってくるわね」


 私はグリュクにそう返して、彼が自然な動作で差し出してくる空のカップにポットからお代わりを注ぐ。

 彼は一言お礼の言葉を口にして、喉を潤した。


 きっと彼は私の提案を意外に思ったでしょうね。

 私自身もこの決断をするのに大きな葛藤があったことは言うまでもない。

 現に今も、私たち二人の家に第三者が来ることへの嫌悪感と、私以外へグリュクの関心が向けられることへの嫉妬と怒りで震えそうだ。


 ハーブティーを一口飲んでふぅ、と息を吐き出す。

 グリュクに悟られないように、自分に言い聞かせて落ち着かせる。


 ――落ち着きなさい、これもグリュクのため……グリュクの安全のために必要なこと――


 これから先、グリュクが成長して外の世界に出たいと言い出した時、グリュクを守るための、グリュクの願いを叶えるための駒が必要になる。

 勿論私だって、役立たずのつもりはない。最強種の一角である竜種だって単体なら負けることはないだろうし、守護魔法、防御魔法は常にグリュクに重ね掛けしてある。

 けど万が一、億が一に私の魔法が破られたり無力化されたら、私の身体能力は一般人並み。

 そんな状況に対処するための手札を早急に入手しなければならい。


 そう、だから仕方がない。

 そう繰り返して、身を焦がすほどの激情を抑え込む。

 けれど、私が本当に危惧しているのは、どこかのドブネズミが私たちの住処に来ることでも、グリュクの関心が向くことでもない。

 私以外の誰かがグリュクの『内側』に入ることだ。


 彼――グリュクは酷く傲慢だ。

 彼は穏やかで優しくて、我儘を言わず他人を思いやる心を持っている。

 けれど彼はどこかの国の独裁者より、魔物を統べる魔王より、この世界を支配する神よりもきっと、きっと遥かに傲慢だろう。


 グリュクと6年の月日を過ごして分かったのは、彼の心には確かな境界線がある。

 その線の外側の人間に対しては、さっき挙げた特徴通りに接するのだろう。

 けど、一度『内側』に入ると、一変する。

 別に声を荒げたり、偉そうにしたり、束縛したりするわけじゃない。

 ただ、『内側』の人間がグリュクの為に奉仕することを()()のこととして扱う。

 雨が空から降るように、太陽が夜になると隠れるように、魚が地では生きられないように。

 自然の理であるかのように傲慢に――愛をもって接するようになる。


「ねぇ、お茶まだある?」


「……ええ」


 彼はまた空のカップを私に差し出してくる。

 まるで所有物(道具)を使って自分で淹れるかのような()()()動作で。

 この空のカップが私以外に差し出されたとき。

 私は耐えられるのだろうか。


 そいつを――殺すことを。

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