帰してよ
※姫川 水樹の視点です。
いつまで、こうしていればいいのだろう?
真っ暗な視界。
手首を後ろ手で結ばれ、拘束された僕は床の上で横たわっている。
(あれから……どのくらい時間が経っているのか)
休日、買い物に出掛けた自分は繁華街で懐かしい人を目撃し、追いかけてしまった。
その後、目隠しをされ拘束された状態で目を覚まし、ずっとこのままの状態で放置されていた。
日の光すら感じられない。
体内時計を無理矢理に狂わされ、何時間いるのか何日過ぎたのか分からなくなっていた。
僕はだんだんと感覚が変に研ぎ澄まされていくような錯覚と思考を巡らすことを放棄したくなるような虚無感に襲われている。
(……すぐ、眠くなってくる)
なぜか空腹や尿意を感じないが、眠気が酷いのだ。
すべてどうでもよくなるような睡魔が。
このままではいけない。どうにか抜け出したいのに酷い眠気に邪魔される。
うつら、うつら、と。
瞼が落ちそうになった時、遠くで足音が聞こえてきた。
(誰か、来た……!)
コツコツと乾いた音が大きくなり、僕の方に近づくとそばでピタッと止まった。
「ねぇ~?」
上の方から声をかけれた。
「起きてる?」
子供独特の高めの声。
女の子のようにも聞こえるし、声変わり前の少年の声にも聞こえた。
子供の、自分より年下な声に無意識に強張っていた身体は緩まる。
「あ、だ…誰かいるんですか?」
もしかして、自分と同じようにここに捕まった人かもしれない。
少しだけでもこの状況から変わるかもしれないと期待した。
「僕、いつの間にかここにいて。縛られてなかったら……」
「やっぱり、声は難しいか。一番最初に忘れるのって声だもんなぁ~」
相手の独り言と被り、僕の言葉は遮られる。
「あ、あの……」
手首を拘束している紐をほどいてほしいと遮られた言葉を目の前にいる人に言おうとし、言葉を詰まらせた。
そもそも、どうやってここに来たんだろう。
他に人の気配はしない。
一人でここに来た?
だとすれば、この人は自由に動けるということになる。
僕を閉じ込めている側の人間……。
「あれ、何か言おうとした?」
再び話しかけられ、ビクリと肩が震えた。
怯え声が出ない僕に「まぁいいや」と言い、話し続けた。
「君はボクのことを追いかけてきたけど、そんなに誰かさんと似てた?
ねぇ、ねぇ、誰を見たのか、教えて」
偶然、街で見かけた懐かしい人の姿を思い出し、下唇を噛みしめた。
過去に囚われて自分の身体は、アイツが、本能のままに動き、こんな状態になってしまったのだ。
「怖がらないでよ。参考にしたいだけだからさ」
「僕は知らない」
僕は首を横に激しく振った。
アイツのしたことなんて知らない。僕には関係ない。
「だから、帰してよ」とか細い声が口から漏れた。
「知らないわけないじゃん。ボクを見て追いかけてきたんだ。それにそっくりだ」
盲目のお姫様と――。
囁かれ、耳元で吐息がかかった。
「覚えてるから追いかけてきたんだろう?」
(あぁ…そういえば、僕……アッチの格好してたんだ)
女装して街で買い物をしていたのを思い出す。
髪や服、化粧もそのままで放置されているとしたら、見た目は前世のアイツと似てるんだ。
生まれ変わり。前世の記憶を持って生まれた。
夢見がちな人であれば自分を『特別』だと優越に浸れただろう。
でも、僕は男として生まれた。
普段の見た目は地味で、暗く臆病な性格から周りに飛び込めず、馴染めなかった。
周囲の人に愛でられ、大事にされていたアイツとは全然違うのだ。
(ただ、前世の記憶があるだけだ。それだけで僕は閉じ込められてしまった)
「知らない、知らないんです。あなたのことを何も……」
それにあってはならないんだ。
千年以上前に存在していた人が目の前にいるなんて――。
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