変り者の転校生と過保護な先輩
「大丈夫だよ、だいたい治ってるから」
下校するタイミングが重なった東條先輩が僕の鞄を持とうとしたのを断った。
右肩の心配をしてくれるのは、ありがたいがあまりにも過保護なのである。
僕のことはそんなに虚弱に見えるのだろうか。
確かに東條先輩よりは背が低く、ヒョロヒョロかもしれないが……。
「神代ー!」
コンプレックス思考になっていたのをぶっ飛ばしたのは、背中から受けた衝撃だった。
前に転びになったところを東條先輩は横から支えられる。
腕がお腹を圧迫して「ぐふっ」と変に空気が漏れる音が口から出てきた。
「神代、なんですぐ居なくなるん?」
「久瀬……勢いよくタックルするなよ………」
背中に突撃し、肩に抱き付いた久瀬が言った。
久瀬が転校生してきてから数週間、日に日に激しくなる久瀬のスキンシップ。
どこを気に入ったのか今もよくこうやって話しかけられる。
「ん? ヒカルの知り合いか?」
「うん、同じクラス。転校生」
「……ヒカルがまた怪我したら危ないから、そういうことはやめてくれないか?」
あ………怒ってる。
表情に出ていないが、静かに東條先輩は怒っているを察した。
「神代、どこかケガしとんのか?」
きょとんと首を傾げた。
「うん、まぁ……ほぼ治ってるから平気」
「そっか、だったらごめんなぁ」
しゅんとした久瀬は謝った。
「ところで、その隣におる人はどちらさん?」
チラッと隣に立っている東條先輩に視線を向け、僕に聞いてきた。
「東條だ」
「へぇ! 俺は久瀬 昴ってゆーや。よろしゅうな」
ニッと笑う久瀬とは違い、東條先輩はまだ怒っているのか固い表情で「こちらこそ、よろしく」と返した。
まさか、三人で帰るとは……。
左に東條、右に久瀬、真ん中に自分が挟まれた状態で歩いていた。
二人とも自分より背が高いため、話しかけられる度に動かす首が痛い。
「なぁ、なぁ、今度一緒に遊びに行かへん?」
「え?」
久瀬に今度の週末に遊ぼうと誘われ、どうしようかと考える。
正直にいって学校以外で人と会いたくないなぁと思っていると。
「ヒカル、期末テストがあるから俺に勉強みてほしいって言っていただろ」
すでに先約があると東條先輩の言葉に便乗した僕は誘いを断った。
「う、うん。そうだったね、頭悪いからテスト勉強みてもらわないと……」
確かに成績は低い。
赤点は取ってはいないが、平均点に達していない科目が多いので嘘ではない。
……勉強をみてもらう約束はしていないけれどね。
「そっか。じゃあ、また今度誘うよ」
いいよ、誘わなくてという言葉は喉を奥に留めて「今度ね」と笑って返した。
久瀬とは違いぎこちない愛想笑いであるが。
「明後日からひとり暮しに近い生活になるが大丈夫か?」
久瀬と別れてから東條先輩は聞いてきた。
東條宅にお世話になって約半月、さすがにこれ以上は迷惑をかけたくないため家に帰ることを言った。
東條先輩やおばさんには、もう少し居てもいいと言われたけれど断った。
「平気だよ、それに長い間家を空けておく方が心配かな」
「分かった。何かあったらすぐ言ってほしい」
「うん、そうする」
そんな心配しなくていいよ、と言うフッと小さく柔らかい笑みを浮かべ。
「心配させてほしい。ヒカルは俺にとって家族みたいなものなんだから」
そう言って僕の頭を撫でた。
ほんの数日、帰らなかっただけで家の中の空気は余所余所しく感じる。
誰もいないため「ただいま」も言わず、ずかずかと歩き、リビングに着くとソファに身体を投げ出し息を吐いた。
自宅に帰ってきてどっと溜まっていた疲れが一気に出てきたようだ。
やっぱり、一人でいる方が楽だ。
何も考えたくない。クッションに顔を埋めていれば、うつらうつらとしている内にいつの間にか夢の中にいた。
渇いた土、焼けて黒く崩れた家々、荒れ果てた村で僕は力なく焼け残った家の柱に凭れ掛かっていた。
何もかも失って絶望することすら億劫になってぼんやりと地面を眺めている。
それは自分ではなく誰かの視点。
見知らぬ場所、ボロの着物を身に纏い、小さい子どもの指先は、血と土で汚れた男の子の視点だ。
「それ以上、迂闊に近付いてはなりませぬ」
「なに、大丈夫だ。ワタシはつよい」
目の前に人が立っている。
「鬼はお前か?」
自分と同じくらい歳の子供が僕を見下ろしていた。
黒に艶目く長い髪を一つに束ね、凛とした綺麗な顔立ちをした子。
品のある衣類から、今の自分とは明らかに身分の差があった。
貴族の子供だろうか? でも、何故この村に?
「もう一度、問う。お前が村をこの有り様にしたのか?…………聞こえておらぬか」
反応しない僕に貴族の子供は立ち去ろうとした際、僅かに動いた唇から幽かに声を発した。
「…………み……い」
それを目敏く気付いた貴族の子供は改めて僕の方に身体を向ける。
「お前には、恨みはない」
自分の方へ近付き屈んだ貴族の子供の手首を掴み、覆い被さるようにして襲いかかる。
貴族の子供の側に立っていた人逹は駆け寄り、僕に剣先を突き付け、「離れよ!」と怒鳴った。
「ウヴ……」
「鬼のなりかけか。いや、もう鬼か……残念だが、食われる気はないな」
横っ腹に蹴りを入れられ、地面に倒れるとその隙に貴族の子供は体勢を整え、見下ろしてきた。
再び襲い掛かろうとしたが、剣先を向けられてしまう。
「お前には二つ、選択がある。
一つ目は、ここで退治されるか。二つ目は、ワタシと共についてくるか、だ」
そう貴族の子供が選択肢を提示した時、側にいた人逹は「鬼を連れていくなど何を考えているのだ?!」と制止させようとするが。
「どうする?ワタシと一緒に来れば、好機があるかもしれぬぞ?」
周りの声などを無視した貴族の子供は勝ち気に笑い、手を差し伸べた。
視線を彷徨わせた後、僕は―――。
マナーモードに設定していた携帯から音が鳴り、画面を開く。
久瀬からだった。
『なぁ、テストが終わったら、メシでも食べに行かへん?』
ぼんやりした頭をのっそりと持ち上がらせ、考えとくとだけ返した。