お話をしようか
この日は、雲一つない晴天に外で昼食をとったら気持ちいいだろうな、と考えるほど気が抜けていた。
「こんにちは」
学校の休憩時間。トイレから教室に戻ろうとした時、声をかけられた。
「少しお話しましょ」と織部 杏寿に誘われ、廊下の端に寄り壁に背中を預けた。
「な……なに?」
学校で話しかけられると思っていなかった僕は動揺から露骨に警戒してしまった。
「仲良くなりたいなって思って」
「僕と?」
「そうよ」
「……どうして?」
「あなた、父親が嫌いでしょう」
無遠慮に僕の内面に踏み込まれ、思わず彼女の横顔を見た。
「私も嫌いなの、自分の父親が。だから仲良くなれるんじゃないかな、私達」
彼女は愚痴を吐露した。
父親によって勝手に許嫁を決められ、転校させられた。自由がないと――。
「私、嫌なの。自由になれないって。神代くんだったら分かるでしょ?」
正直に頷けないのは、自分でも戸惑っているからか。認めたくないからなのか。
「ところでお祖父様に会いました?」
黙ってしまった僕に彼女は別の話題を投げかけてきた。
「いや。まだ……」
「会って話を聞いた方がいいよ。自由がない意味が分かるから」
父からも言われたお祖父様に会わないかどうか。
まだ迷っている僕に彼女も会うように勧められた。
「同じ境遇同士、よろしくね」
彼女はヒラリと手を振り、教室へと戻っていった。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
(知らないよりは……)
――自由がない意味が分かる。
彼女に言われた言葉を思い出していた。僕は今、神社に続く石畳みの階段前に来ていた。
(父は……来てないか?)
まだ、なのか。一人で会いに行けとのことか。
父の姿がなくホッとしている自分と知らない人に会う不安が入り混じる。
なにせ、ここは…………。
母が消えた場所。
蜘蛛の異界があった場所。
良い思い出がないが、父に会う旨の連絡した際に指定されたのはここだった。
本家の…お祖父様と呼ばれている人に会うため、僕はこの場所に来た。
(結局、黙って来てしまった)
シン兄ちゃんやスバルにお祖父様と会うことを伝えようか迷ったが、結局言い出せず当日になってしまった。
反対されると決心が揺らいでしまいそうで。
ただ、自分ひとりで考えて行動したかったのかもしれない。
いつも頼ってばかりだったから。
「こんにちは」
上の神社へと続く階段を上がろうと一歩踏み出した時、背後から声をかけれた。
振り返り、僕は驚く。
「織部さん……」
どうして、ここに?
「杏寿でいいよ。神代くん」
私服姿の杏寿がいた。
父の代わりに来たんだという。
「私も当事者だから……。お祖父様に会いにいくわ。さぁ、一緒にいきましょう」
僕を追い越し、階段を上がっていく。
「お祖父様は、本家にとって偉大な方よ。
あまり本邸から出ない人だけど今日はお仕事でこの町においでになったらしい」
階段を上がる杏寿の背中を見上げ、付いていきながら「お祖父様はどんな人なのか」と尋ねた。
彼女、いわく……。
僕の父を含め、本家の人はお祖父様の命令には逆らえないらしい。
その他にもお祖父様はとうに百歳は越えていて人間じゃないとか………。
「噂?…もあるけど、土門家の先代当主だったからねぇ。今でも影響力があるみたい」
「なんでそんな人が……僕に会いたいと思ったんだろう?」
「……着いたよ。神代くんはここで待ってて。お祖父様に云いにいくから」
階段を上りきり、杏寿は鳥居を潜ると境内の奥へと駆けていった。
数分、その場で待っていると彼女は戻ってきてこっちへおいでと手招きした。
鳥居を潜った瞬間、膜のような何かに当たった感触がした。
景色は何も変わってないように見える。
「ん…?」
後ろを振り返った僕に彼女は言った。
「ちょっとした結界だよ」
『結界』と名称を変えているが。
「ここは繋がりやすいから利用したんだって」
――ここは、『異界』だ。
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