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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
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98.印術講座


 ハル達がムカバの集落でオーベイ族の襲撃を受けた次の日こと。


 仲間たちの窮状など知る由もなくクルスたちはンゴマの集落で羽根を伸ばしていた。


 グールとスケルトンの集団に襲われた後、荒れた峡谷地帯を歩き続けて何とかンゴマの集落にたどり着く事に成功していた輸送隊一行はンゴマの集落でたっぷりと歓待を受けた後、骨休めの為しばらく滞在しているのである。


 そして現在クルスはチェルソと二人の子供ルチアとジルドを連れて集落の近くにある宝石の原石が採れる岩場を訪れている。

 ンゴマの者に案内された四人はそこで採掘作業を手伝わせてもらっているのだ。


 クルスが採掘作業に汗を流しているとジルドが話しかけて来る。

 その手に籠を持っており、中には大小様々な宝石の原石が入っていた。


「ねぇ、クルスさん。見て見て!! こんなに原石がとれたよー!!」

「おお、凄いなジルド。流石はパニッツィのアクセサリー職人だ」

「でしょでしょ! ああ、早くマリネリスに帰って加工したいなぁ!」


 などと嬉しそうに述べるジルド。

 彼曰く、プレアデス諸島の加工道具はマリネリス大陸の物に比べて劣るらしい。


 本職のジルドの嗅覚は凄まじく、次々と原石を見つけては籠に入れてゆく。

 その様子には案内してくれたンゴマの若者も驚きを隠せないようであった。


 “この子は伝説の鉱夫になれるぞ!”などと太鼓判を押したほどである。



 そのような有意義な採掘を終え、集落に帰還したクルス達。

 そしてジルド先生によって原石の選別が行われる。

 どの宝石がマリネリス大陸で貴重かを見てもらっているのである。


「これはオニキスか。見た事ある。こっちは……トルマリンかな。これもマリネリスにもあるね。この赤いのがわかんないなぁ。クルスさん、知ってる?」


 と、ジルド先生が聞いてくるがクルスは宝石に関しては素人のようなものである。


「うーん……赤いっていうとスピネル、ガーネット、もしくはルビーとかかな。でも俺にはこれがどれか分からん」

「えークルスさんでもわかんないの?」

「ああ、俺だって専門外だよ。ちょっと待ってろ。現地の人に聞いてみる」


 クルスがンゴマの若者に尋ねてみるものの、彼も明確な答えは持っていなかった。

 宝石類が豊富に採れるこの地では、宝石にいちいち名前をつけないのだそうだ。


 それを聞いたジルドが困ったように呟く。


「そっかぁ。まぁこの石もマリネリスに無いものだから貴重なのには違いないんだけど、名前がないと呼ぶのに不便だね。どうしよう……」

「だったら、ジルドの名前つけちゃえばいいんじゃないか?」

「え? いいの?」

「いいと思う。むしろこういうのは早いもの勝ちだぞ」

「でも……名前ってどうつければ……」

「そうだな。ジルドが見つけた石だから“ジルダイト”とかかな」


 その響きを聞いたジルドの顔がぱぁっと明るくなる。


「ジルダイト!! かっこいい!! よーし、この石はジルダイトだー!!」


 そう言ってぴょんぴょんと飛び跳ねるジルド。

 それを見ていたルチアが駄々を捏ねてきた。


「ジルドだけずるーい!! わたしも名前つけるー!! これがいい!!」


 そう言って淡い水色の原石を指差すルチア。

 何の原石かクルスには見当もつかない。


「じゃあ、それは“ルチアライト”だな」

「やったー!! ルチアライトー!!」


 はしゃぐ子供たちをチェルソと一緒に眺めるクルス。


 そこへレジーナがやって来た。

 レジーナはクルス達が岩場に行っている間、フィオレンティーナとともに《祈祷》について教わっていたようである。


 クルスに話しかけて来るレジーナ。


「何だなんだ、帰ってくるなりガキんちょがはしゃいでやがるな」

「ああ、大漁だったんだ。それにサイドニアのとの貿易に使えそうな宝石の目処もついた」

「貿易? ああ、宝石を金貨代わりにしようってことか」

「そういうことだな。現在プレアデスで不足している食糧と、マリネリスでは採れない宝石を交換する形で貿易する」

「なるほどねぇ」


 プレアデス諸島では貨幣経済は成立していない。

 原始的な物々交換が主な取引方法だ。


 時たま、マリネリスでいうところの依頼クエストのような、“モノ”ではない“行為”で取引することもあるそうだが、基本的には物々交換である。


 クルスとレジーナが話をしているところにンゴマ族の族長オサヤニック・ンゴマがやってきた。


≪クルス、ちょっと良いか≫

≪はい、どうしました? 族長≫

≪うむ、異民の者たちに《印術ルーン》について教えてやろうと思ってな≫

≪え? よろしいんですか?≫

≪もちろんだ。食糧輸送を手伝ってくれた礼だ。お前らも使えた方が何かと役立つだろう≫

≪ありがとうございます≫


 とはいうものの、クルスは《印術ルーン》についてはすべての知識を持っていたので、特に必要のない話ではあった。

 実際に“森の王”や“殺人鬼マーダー”との戦いでも使用している。

 しかし、断るのと要らぬ疑いをかけられかねないので、謹んで印術講義を受けることにした。


 早速、マリネリスから来た異民であるクルス、レジーナ、フィオレンティーナ、チェルソと子供達、ついでに近衛兵長のエセルバードも集められ《印術ルーン》の講義がスタートした。

 講師はヤニック族長と通訳のポーラである。


 《印術》は虚空に《しるし》を描くことによって使用者に様々な恩恵を与える術である。

 その成り立ちには『精霊』達が大きく関わっている。


 旧くから存在している『精霊』ではあるが、彼らとて永劫の存在ではない。

 存在を保つには人々に“崇拝”される必要があった。


 もし人々に“忘却”されてしまうと、存在が維持できなくなるのだ。

 『精霊』たちのいい加減適当な振る舞いも、ひょっとしたら自分達の印象を人々の記憶に強く残すための演技かもしれない。


 実際に『精霊』たちは過去に“忘却”の危機を迎えたこともある。

 《祈祷》による治癒の恩恵だけでは人々の信仰心を集められなかった時代があったのだ。

 そんな折に彼らが編み出したのが《印術》である。


 シルフ、ウンディーネ、サラマンダー、ノームの四精霊はそれぞれの力を文字に閉じ込めた。

 その文字をしるす事で人々に擬似的に力を分け与えたのである。


 具体例を挙げると、使用者の筋力を底上げする《勝利》のルーンはサラマンダーが創った文字であり、免疫を向上させて毒物に強くなる《活力》のルーンはノームが創ったものである。


 そしてそれぞれの精霊たちは自分の生み出した文字に愛着を持っている。

 故に、精霊に認められた人物しか《印術》は使えないのだ。

 そして同時に複数の文字を刻むと、その文字を生み出した精霊がヘソを曲げてしまう。


「なんだよ、随分と面倒くせえんだな」


 とボヤくレジーナ。

 そのレジーナにポーラが諭すように言う。


「しょうがないですよ。レジーナさん。便利なものには代償が付き物です」

「ふうん。まぁ《印術》がどんなものなのかは大体分かったけどよ、どうすればあたし達にも使えるんだ?」

「まずは精霊様達にお願いする必要があります。“私にもあなたの文字を使わせてください”って」

「お願い?」

「ええ、お願いです。これらの《しるし》を強く念じながら精霊様に頼むんです。それで精霊様が気に入った人が《印術》を使えます」

「うげ。気に入られる自信ねえぞ、あたしは」


 自信なさげな様子のレジーナ。

 クルスが思うに、凄まじい力を既に持っているレジーナなら《印術》なんぞに頼らなくても何ら問題は無さそうである。


 しかし、こう見えて向上意欲の塊であるレジーナは真剣な様子で精霊にお願いをし始める。

 他の者もそれに倣い、各々で祈り始めた。


 クルスも目を閉じ、祈り始めるフリをする。

 今までにクルスが《印術》を問題なく使用できているということは、すでに使用許可は降りていると考えて良いだろう。


 その時、自分のすぐ鼻先に気配を感じたクルス。

 何かと思い目を開けると、目の前に小さな銀髪の少女が浮かんでいた。

 風を司る精霊、シルフだ。


「うわっ、びっくりした」


 思わず声を上げてしまうクルス。

 その声に引き寄せられて皆の視線が集中する。

 ポーラが恐る恐る声をかけた。


≪ま、まさかシルフ様にまでお越しいただけるとは……≫

[ やっほー。何だか珍しい異民の人達がいるから見に来ちゃったよ。えへへ ]


 と、無邪気に告げるシルフ。

 そしてクルスの前に飛んできた。


[ ふーん、あなたがせか……じゃなくてクルスさんね ]

≪ああ≫


 『世界存在』と言わないということはノームから話は聞いているようである。

 そしてシルフは威張ったようなポーズで高らかに告げた。


[ 気に入ったわ! あなたは全部の文字を使っていいわ! 他の連中には私から話を通しておくから ]


 元々すべて使えたのだが、一応礼を言っておくクルス。


≪そりゃどうも≫

[ ええ! 寛大なわたしに感謝なさい!! ]


 “どうだ!”と言わんばかりに胸を張るシルフ。

 おそらく自分の創造主に対して形だけでも偉ぶってみたかったのだろう。

 満足げなシルフであったが、そこへ冷や水をぶっ掛けてくる存在があった。


[ シルフ! いつまで油売ってるの!! ]


 怒気を含ませた声の主は、水の精霊ウンディーネだ。

 神出鬼没な精霊らしく、気がついたらそこにいた。


[ な、なんだよ。そんなに怒らなくてもいいじゃんか…… ]


 と、しょぼくれるシルフ。

 だが、そんなシルフには構わずウンディーネはクルス達に告げた。


[ 異民たち。今、あなた達のお仲間が大変な事になってるわよ ]




用語補足


人名由来の宝石

 宝石の名称にはしばしば人名が用いられる。

 銀行家であり宝石収集家のジョン・モルガンの名を冠したモルガナイトや、岩石学者である杉健一の名が由来のスギライトなどがそうである。

 

 



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 12月2日(土) の予定です。


ご期待ください。




※12月 1日  後書きに次話更新日を追加 用語補足を修正 

※ 4月20日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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