97.さっきの冗談
≪あらあら、そんなに恐い顔しなくても大丈夫よ。そういえばまだ名乗ってすらいなかったわね。私はラシェル。ラシェル・オーベイよ。よろしくね、異民さん≫
そう言って黒ずくめの女がハルに自己紹介をしてきた。
どうやらこの者たちがオーベイ族であるらしい。
ますます警戒を強めるハル。
しかし、少なくとも今の段階では相手は武装こそしているが敵意は見せていない。
ここは意図を探るべきだと判断したハルは名乗り返した。
≪どうも、ハルです。それでオーベイの人がこんな夜更けに何を?≫
≪あぁ、それなんだけどね。実はムカバの集落を探していたのだけれど、暫く振りだったから道を忘れちゃって困ってたのよ。それでこんな遅い時間になっちゃって≫
本当にそうだろうか。
どうにもこいつらは信用できない、とハルの直感は告げていた。
≪……普通、ここまで暗くなってしまったら適当な所を見つけて夜営すると思うんですが……≫
≪うーん、そりゃたしかに普通はそうなんだけど、今アルベリクがお腹空かせちゃってるのよ。だから早く集落を見つけたくて。ね、アルベリク?≫
やさしく首まわりを撫でるラシェルに、グルルルと喉を鳴らして答えるアルベリク。
そのすきっ腹に何の肉を詰めるつもりなのだろうか。
それにしても、このラシェルという女の弁には不審な点しか感じられない。
集落に早くたどり着きたい、というのもおそらく嘘であろう。
そう感じたハルは探りを入れる事にした。
≪あの、ところでムカバの集落にどんな用事があるんですか?≫
≪別にムカバの集落に特別に用があるってわけじゃないのよ。今ちょっと、人を探していて色々なところを回っているの≫
≪人探し? 誰ですか? ひょっとしたら私の知ってる人かも≫
≪クルス・ダラハイドって人なんだけれど、知ってるかしら?≫
その言葉を聞いた瞬間、ハルは確信した。
こいつは紛う事なき“敵”だ。
プレアデスの民であるラシェルが、クルスの名前を知っているなど有り得ない。
もしかすると《殺人鬼》と同じく邪神バルトロメウスの信奉者かもしれない。
できればこの場でこいつらを排除したいところだが、生憎《パイルバンカーE型・改》も《フックショット》もアメリーの家に置いてきてしまった。
ハルと言えど、素手でサーベルタイガーのアルベリクに勝てるかは怪しい。
しかも多勢に無勢である。
この場は逃げるのが賢明な選択だ。
そう判断したハルはラシェルの問いに答えずに、背を向けて脱兎の如く駆け出す。
しかし三歩と進まずに蔦系植物に足を絡めとられてしまう。
転倒したハルがラシェルの一行に目を向けると、彼女の配下の男が《呪術》を行使していた。
《樹縛》。
ナブアの村でリザードマンの群れを相手にしていた時に、レリアが使っていたという術である。
転んで地に伏すハルをラシェルが嗤う。
≪あら残念。あなた、私から情報を引き出そうとしてたみたいだけど、《樹縛》の詠唱が終わる前にさっさと逃げるべきだったわね。ふふふ≫
言い終わると彼女はアルベリクから降りてこちらにゆっくりと近付いてきた。
身動きのとれなくなったハルは、集落に向けて叫び声を上げようとする。
もしかしたらさっきの見張りが気づくかもしれない。
しかしそこへアルベリクが飛び掛ってきた。
ハルは反射的にアルベリクの牙を手で防ぐ。
≪ぐうっ≫
合成樹脂でできた肌に牙が食い込むが、鋼鉄の部分で牙は止まった。
アルベリクの攻撃を何とか受け止める事はできたが、その結果右腕上腕部に損傷を負ってしまった。
そしてその隙に《樹縛》がハルの口元を覆う。
喉元のスピーカーが潰されたわけではないので喋れなくはないが、口を塞がれてしまった為に声量が大幅に下がってしまった。
これでは叫び声も届かない。
その様子を見たラシェルは上機嫌だ。
≪あらぁ? あなたの腕、随分と頑丈なのね。もしかしていきなり“当たり”を引いちゃったかしら≫
≪“当たり”?≫
≪そうよ、大当たりだわ。だって虱潰しする手間が省けたんですもの。ああ、私ってツイてるわ。あなたもそう思うでしょう? “機械人形”さん≫
ラシェルの言葉を聞いてハルは耳を疑う。
まさか彼女はアンドロイドの存在を知っているというのだろうか。
ハルの怪訝な表情を見てラシェルはますます上機嫌になり、そして懐から何かを取り出した。
手の平サイズの黒い小さな箱から針が二本飛び出ている。
プレアデス諸島に存在するはずがないそれを目にしたハルは声を荒げてラシェルに問いかけた。
≪何で、あなたが“そんなモノ”を持ってるんですかっ!≫
ラシェルが持っているのはジュノー社製の対アンドロイド用のスタンガンだ。
対人用とは異なり電圧が高く、《パイルバンカーE型》と同様に相手に突き刺して使用する。
なんということだ。
ハルは戦慄した。
この女は『ルサールカ人工島』とも繋がりがある。
たった今得た重要極まりない情報を、主であるクルスの元に持ち帰る為には何とかこの場を切り抜ける他ない。
しかしアルベリクに牙を押し付けられ、足には蔦が絡み付いている。
全く身動きがとれない。
そんなハルをあざ笑うかのようにラシェルはゆっくりとハルに近付き、スタンガンをハルの首筋にあてがう。
そしてスタンガンの針の部分が合成樹脂でできた肌を貫通し、先ほど乾燥させたばかりの機械部分に触れた。
≪やっぱり、さっきの冗談は取り消すわ≫
静かに告げるラシェル。
その意味がわからずに問いかけるハル。
≪さっきの冗談?≫
≪ええ。あなた、やっぱりアルベリクよりバカだわ≫
次の瞬間、真っ白い火花がハルの視界に飛び散りハルの機能は停止した。
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≪あら? ひょっとして壊れちゃったかしら≫
スタンガンによる電撃を浴びせると、ハルとかいう機械人形はあっさりと動かなくなってしまった。
もっとこいつから情報を引き出すつもりだったのだが、壊れたなら仕方ない。
損害なく無力化できただけでも良しとしよう。
それに、機械人形がここに居たという事はクルス某もここに居る可能性が高い。
そう気持ちを切り替えたラシェルは配下に指示を飛ばす。
≪おい、お前。この人形を屋敷まで運びなさい。まだ動くかもしれないから手枷と足枷を忘れるな≫
≪はっ≫
そして残った配下とアルベリクを伴い、自身はムカバの集落を目指す。
当然ムカバの集落の場所は忘れてなどおらず、しっかりと覚えている。
少し歩いたところで、ムカバの見張りと思しき男と出くわした。
≪おい、何だお前ら!! こんな夜更けに何をしに来た!?≫
だが、ラシェルは返事もせずにその男に《毒霧》をぶっ放す。
こんなゴミ相手に時間を浪費するわけにはいかない。
≪うあああ”ああああああああっ≫
体がドロドロに溶解し、聞くに堪えない悲鳴を上げながら見張りは息絶えた。
その様子を横目にずかずかと集落内に足を踏み入れるラシェル達。
すると、今の悲鳴で眠りから覚めたムカバの民たち駆けつけてくる。
当然、各々の手には武器が握られている。
包囲される形となるラシェル達。
そんな状況でも落ち着き払った様子で辺りを見回すラシェル。
だが、黄色い肌に黒髪の男は見当たらない。
クルス某を探すラシェルに、全身にわけの分からないペイントを施した小柄な女性が声を掛けてきた。
ここの族長のアメリー・ムカバだ。
≪こんな夜更けに何の用だ? オーベイの魔女め≫
≪あら、ムカバの族長。お久しぶり≫
≪なーにが“お久しぶり”だ! このクソアマ! 事と次第によっちゃこの場でぶっ殺すぞ!≫
≪あらやだ。怖いわ。ところでクルスって異民さん、知らないかしら? もし知っていたら居場所を教えて欲しいのだけれど≫
≪……嫌だね≫
≪何よ、教えてくれたっていいじゃない。ケチね≫
ラシェルとアメリーが世間話をしていると、ムカバ族の若者がアメリーに告げた。
≪族長!! こいつら……このクソ野郎ども、見張りについてたエンゾを殺りやがった!!≫
それを聞いたアメリーは鬼の形相になる。
≪おい、魔女。とうとう一線を越えやがったな。ここから生きて出られると思うなよ≫
≪それはどうかしら? あのハルさんって女の人がどうなってもいいなら好きにすればいいけど≫
≪てめぇ!!≫
やはり、あのマヌケな機械人形は自分の正体を隠しているようだ。
機械人形風情に人質としての価値など無いのに、ムカバの連中はそうとも知らずに哀れな事だ。
≪三部族はサイドニアと貿易を結ぶつもりなんでしょう? マリネリス大陸のお客さんが無事でないのは不味いのではなくて?≫
≪……てめえ≫
憎悪の表情でこちらを睨みつけてくるアメリー。
その視線を真正面から受け止めるラシェル。
その時、ラシェルに話しかけて来る者があった。
≪どういうつもりかしら? ラシェル≫
声がした方向へ顔を向ける。
そこにはラシェルにとって最も愛しい少女と、最も忌まわしい女が居た。
ラシェルの血を分けた妹のデボラと、裏切り者のレリアだった。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 11月29日(水) の予定です。
ご期待ください。
※11月28日 後書きに次話更新日を追加
※ 4月20日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。




