96.一糸纏わぬ姿
「ねぇ、いい加減聞かせてよ。オーベイと他の部族の間に何があったのか」
「……わかったわ。話しましょう。あまり気分の良い話ではないけれど」
観念したように呟くとレリアは語り始めた。
「元々、このプレアデス諸島は今みたいな分割統治じゃなくて一部族が支配していたの」
レリアの説明に相槌を打つハル。
「あ、そうなんですか? てっきりずっと四部族での協議かと」
「いいえ、当初は強い力を持っていた一部族の独裁だったのよ」
「なるほど」
そこへコリンも口を挟んできた。
「その一部族ってどれ? やっぱりドンガラ族?」
「いいえ。どれでもないの。今はもう滅んでるわ」
「へ?」
「その支配者の一族『ルムンバ族』はとても横暴で強権的だったのだそうだけど、それを協力して倒したのがドンガラ、ンゴマ、ムカバの三部族よ」
「ふーん。あれ、オーベイは?」
「オーベイは最初ルムンバ側についていたの。でも劣勢になった後で、寝返って三部族と共にルムンバを討ったわ」
「うっわ。そりゃあ、ちょっとズルイねぇ」
「そうね。そういう事があったから他の三部族にオーベイは軽んじられていたの」
「なるほどね。部族間の溝には、そういう歴史的背景があるわけだ」
そう言って腕を組むコリン。
じっくりと思考する彼は、時折すごく大人びて見える。
「でもレリアさん。まさか、それだけが原因じゃないですよね? オーベイと他の部族のいざこざって」
ハルが続きを促す。
「もちろんそうよ。今まで軽んじられていたオーベイはずっと忸怩たる思いだったのでしょうね。それで独自の技術を磨きはじめた。それが……」
「《呪術》ですか?」
「そうよ。でも《呪術》なんておどろおどろしい技術を磨いてしまったせいで、益々他の部族から疎まれるようになってしまったの」
「それは、ちょっと気の毒ですね」
「でしょう? 《呪術》というと如何にも悪いもののように聞こえるけれど、本当に人を呪い殺せる術なんて………」
おや、無いのか。
そういえばレリアがウモッカに放った《毒霧》は呪いでは無く毒素であったか。
などとハルが考えているとレリアが続きを言う。
「……少ししか無いのだけれど」
あるんかい!
というツッコミを胸にしまうハル。
だが、ハルの代わりにコリンがツッコミを入れる。
「あるんじゃん!! だったら、やっぱり《呪術》って危ないんでしょ」
「……そうね。でもその《呪術》を会得しなければ、オーベイはずっと軽んじられたままだったわ」
「でもさ、いくら他の部族に舐められてたっていっても……普通そんな危ない技術に手を出すかなぁ?」
腑に落ちないといった様子でコリンが唸る。
「マリネリスから来たあなたたちにはわからないでしょうけど、プレアデス諸島は言わば、大掛かりな村社会なのよ」
「“大掛かりな村社会”?」
「そう、一回序列が決まってしまったら滅多な事では覆らない。一番下の立場だったオーベイはそこから脱しようと必死だったのね」
そこで、今まで沈黙を貫いていたナゼールが口を開く。
「二人には誤解して欲しくねえんだけどよ、三部族は別にオーベイを迫害してたわけじゃねえぞ。むしろ何度も手を差し伸べた。今回みたいにな」
“今回”というのは少量とはいえオーベイの集落にも食糧を届けに行こうとしている事を指しているのだろう。
それにドンガラの族長のオレール・ドンガラは度々他の族長を集めて会合を開いていたそうなのだが、オーベイの族長は欠席しがちだったらしい。
その事を疑問に思ったハルはナゼールに聞いてみる。
「では何故オーベイは差し伸べられた手を跳ね除けてるんでしょうか?」
「さぁな。俺にはよくわかんねぇよ。レリアはどう思う?」
ナゼールの問いにレリアは少し考え、そして呟く。
「彼らにも誇りがあるんでしょう。かつて敵だった連中に手を差し伸べられてもいい気分がしなかったのかもね」
寂しそうに言うレリアに今度はコリンが疑問をぶつける。
「でもさ、敵同士だったのは昔の事なんでしょ?」
「ええ、私たちの曽祖父の代の話だそうよ」
「そんな昔の事で今もいがみ合ってるの?」
「いえ、実は私の母の代でとある事件があって……」
そうレリアが言いかけたところで、唐突にアメリー・ムカバが顔を出してきた。
彼女はハル達が話をしている間に調理場へと赴いていたようだ。
≪おーい! そろそろメシだぜ、客人ども!≫
威勢よく告げるアメリーに連れられ、ハル達は外の広場へと繰り出した。
広場にはささやかながら宴の席が用意されており、集落の危機を救ってくれた者達をもてなそうという気持ちが見て取れた。
そこで食事を振舞われたハルたち一行はそれを瞬く間に平らげる
するとハル以外の者達は、食糧輸送の疲れからかすっかり眠気に襲われてしまったようだ。
先ほどと同じくアメリーの家にお邪魔して休息させてもらう事にした。
彼女の家はムカバの集落の他の家よりも広く、大人数が寝泊りするのに適していたのだ。
族長という役職柄、人を招く機会の多いアメリーの家は他の家より広いのだそうだ。
これはドンガラやンゴマにも共通することらしい。
ほどなくして、すやすやと寝息を立て始める一行。
それを確認したハルはこっそりとアメリーの家から抜け出す。
日中にウモッカのいる川に落ちてしまって体の中に水……しかも若干潮気のある水が入ってしまった。
その排水処置の為である。
集落の外縁には見張りの者が居たので“ひどく寝汗をかいてしまったので、ちょっと水浴びをしてくる。もし覗いたら顔の形が変わるぐらい殴りつけてやる”と伝えるとその男は笑いながら送り出してくれた。
ムカバの集落からやや離れた森の中にて。
集落からは完全に死角になっている事を確認して、ハルは一糸纏わぬ姿になった。
つまり、真っ裸である。
とはいっても、“合成樹脂の肌ごと脱ぎ捨てた全裸”なので艶かしさの欠片も無い。
鋼鉄の機械部分がむき出しになったその様は、むしろ新手の不死者と勘違いされかねない姿であった。
合成樹脂の肌を近くの木の枝に洗濯物のようにかけて乾かしている間に、ハルは鋼鉄の体を持参した布で丁寧に拭く。
本当はもっと長い間をかけて自然乾燥させたいところであるが、あまり長い時間をかけてもさっきの見張りに怪しまれてしまう。
そう考えたハルは自然乾燥もそこそこに、合成樹脂の肌を装着し始めた。
これで大分水気がとれた。
いままで感じていたパフォーマンス低下も緩和されるだろう。
そうしていつも通りの姿へと戻ったハル。
集落へと帰ろうとした彼女はふと何かが動いた音を感知した。
咄嗟に姿勢を低くして視覚を《暗視》に切り替える。
するとハルの視線の先には数名の男たちの姿が見える。
一瞬さっきの見張りの男が覗きに来たのかと思ったハルであったが、どうやらそうではない。
その男達は武装していた。
そして彼らの後ろから一頭の大きな猫型の動物がついてくる。
そのトラの口からは湾曲した曲刀のような大きな犬歯が二本突き出ていた。
サーベルタイガーだ。
チーターやヒョウなどと比べると、ずんぐりとした体型でスピードはなさそうである。
しかし、口から飛び出た長く立派な牙の威圧感は凄まじいものがある。
そしてその体長三メートルほどのサーベルタイガーの背中に一人の女性が横向きに乗っている。
闇夜をそのまま切り取ったような漆黒のローブを纏い、艶のある黒髪をサイドアップにまとめていた。
暗闇にじっと息を潜めつつハルがその者たちの動向を窺っていると、サーベルタイガーがハルの居る茂みの方に顔を向ける。
するとそのサーベルタイガーに乗っていた女が嬉しそうに呟いた。
≪あらぁアルベリク。どうしたの? そこに誰か居るの?≫
アルベリクと呼ばれたサーベルタイガーは、まるで返事をするかの如くグルルと喉を鳴らす。
≪ねぇ、そこのあなた。ちょっとお話をしましょう。大丈夫、危害を加えるつもりは無いわ≫
どうするか迷ったハルであったが、女の提案に応じる事に決めた。
連中の狙いが不明であったし、ハルが逃げることによりムカバの集落を危険に晒す可能性もあると考えたのだ。
ハルが連中の前に姿を現すとその女はにっこりと笑みを浮かべる。
そんな彼女にハルは話しかけた。
≪随分仲良しなんですね。その……アルベリクくんと≫
≪うふふ、そうなの。アルベリクはとても賢いのよ。もしかするとあなたより賢いかも……なんてね。冗談よ≫
≪……≫
掴みどころの無い女に自然と警戒を強めるハル。
そんなハルの様子を見て取った女がにこやかに笑いながら言ってきた。
≪あらあら、そんなに恐い顔しなくても大丈夫よ。そういえばまだ名乗ってすらいなかったわね。私はラシェル。ラシェル・オーベイよ。よろしくね、異民さん≫
用語補足
サーベルタイガー
氷河時代に栄えたネコ科の生物。
剣のような牙を用いて獲物を失血死させる狩猟方法をとっていたとされる。
緩慢な動きの大型動物を狙う事が多かったようだ。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 11月25日(土) の予定です。
ご期待ください。
※11月24日 後書きに次話更新日を追加
※ 2月15日 一部文章・用語補足を修正
※ 4月20日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。




