91.スケルトン
輸送隊が休息している野営地から歩き出すクルス。
後ろからはルチアとジルドがついて来ている。
ある程度野営地から離れた茂みでクルス達は立ち止まった。
ここならばレジーナ達の視線も届かないだろう。
「この辺でいいか……。ほら、お望みの血だ」
そう言って小さな針を用意するクルス。
その針を指先に刺すと少量の血が滴った。
「うん、ちょうだい」
垂れたクルスの血を小さな手の平で受け止めて、それを啜るジルド。
ジルドが得た血はごくごく少量であったが、それでも彼は満足したらしい。
「ありがとう、クルスさん。もう大丈夫」
「あれ、もういいのか?」
「うん、“渇き”を癒すの自体にそんなに大量の血は要らないんだ」
「へぇ」
「でも“渇き”の周期は不安定だから、吸える時にはできるだけ吸いたくもあるんだけどね」
「それをされると……そのうち俺が干からびるな」
「でしょ? だから今回はここまで」
「わかった。ルチアは?」
クルスがそう尋ねるとルチアが答える。
「じゃあわたしも、一滴だけ」
そう言って指の先でクルスの血を受け取り、それを舐めるルチア。
「それだけでいいのか?」
「うん、わたしはそんなに“渇いて”なかったし」
「そうか。なら、そろそろ行こうか」
そう言って移動を始めようとするクルスにルチアが待ったをかける。
「あ、ちょっと待って。折角だから、ついでにお花摘んでくる」
「花を摘む? ……ああ、そうか」
寝起き故か、一瞬何の事かわからなかったクルスだったがすぐに小便の隠語だと思い出す。
「わかったよ、ルチア。行っといで」
「うん。あ、そうだ。……もし覗いたらクルスさん眷属にしちゃうからね」
「そんな事しないよ」
「どうだか。わたし聞いたよ。ハルさんとフィオさんの内緒のお話も覗いてたんでしょ」
強い詰問の眼差しを向けてくるルチア。
「だから、それはジルドが……まぁいいや。ほら、さっさと行っといで」
あまり言い訳をし過ぎるのも却って見苦しいと悟ったクルスは早々に切り上げる。
「ふん! そこから動かないでよね」
すたすたと歩いて物陰に隠れるルチア。
それを見届けたジルドがまたしても下卑な笑みを浮かべてクルスに言ってくる。
「あの時はごめんねぇ、クルスさぁん」
謝罪の言葉を口にしてはいるが、その口調は煽りそのものだ。
多少ムッとしながらクルスは告げる。
「……今度ああいう事したら、お前が“渇いて”も血あげないぞ」
「だからー、ごめんってばー」
ニヤニヤしながらジルドが言う。
こいつが子供の外見をしていなかったら殴りつけてやるところである。
クルスとジルドが因縁を深め合っていると、ルチアが戻ってきた。
だが様子がおかしい。
忍び足で音を立てまいと、だが同時に急いでいるようだ。
そして囁き声でクルスに告げる。
「クルスさん、そこに……が、骸骨が……」
「なに? 白骨死体か?」
「ちがうの。その骨が……う、動いて」
次の瞬間、茂みが音を立てて揺れる。
それに反応したクルスは二人を抱きかかえて後ろに飛びずさった。
そして姿を現したのはところどころ腐った肉がついた、動く白骨死体。
スケルトンだ。
右手には調理用と思しき大きな長方形の刃物を握っている。
中華包丁に近い形をしたそれは肉厚の刃を有しており、そして血錆びに塗れていた。
ここで、食糧を巡った争いがあったのだろうか。
そのスケルトンは二、三歩ふらふらとした足取りで歩くと、眼球が腐り落ちてぽっかりと空いた眼窩をこちらに向けてきた。
クルスはひとつ息を吐くと腰に差した剣、フィオレンティーナの仲間の形見である“骨砕き”を鞘から抜く。
そして傍らのルチアに問いかける。
「ルチア。骨はこいつだけか?」
「うう、距離はわかんないけどまだいると思う」
耳に手をあてて探るルチア。
ヒトより優れた聴力を持つ“吸血鬼”の子供達が言うのならば間違いない。
「わかった。こいつは俺が足止めしよう。二人はレジーナ達のところへ走れ」
「う、うん」
「よし、行け!!」
クルスの指示で二人は駆け出した。
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「レジーナさん!! みんなを起こして!! “不死者”がでた!!」
血相を変えて野営地に戻ってきたルチアとジルド。
その表情と台詞から一瞬で状況を察したレジーナは子供達に問いかける。
「おい、ガキんちょ。敵の数はわかるか?」
「わかんない……」
「クルスは?」
「向こうの茂みで、一体相手にしてる」
「わかった。他の連中を起こして、今の話を伝えてやってくれ」
「うん」
子供達に指示を出し終えたレジーナはフィオレンティーナに呼びかける。
「シスター、行くぞ! 準備はいいか?」
「はいっ!!」
気合充分のフィオレンティーナは既にメイスとバックラーを携えて臨戦態勢である。
レジーナも愛用のバスタードソードを引っつかむと、クルスが居るという茂みに駆け出す。
近付くにつれ、段々と剣戟音が聞こえてきた。
その音から察するに、スケルトンの数は一体ではない。
途中で別の個体が加勢したようだ。
「クルス! 生きてるか!?」
レジーナが大声で呼びかけると、クルスの返事が聞こえてくる。
「今のところはな!!」
「待ってろ! 今行く!!」
そしてレジーナとフィオレンティーナが茂みに踏み込むとそこにはスケルトン三体を相手に奮闘しているクルスが居た。
片側だけ刃を潰してあるという妙ちくりんな剣を使って、スケルトンに打撃攻撃を与えている。
レジーナが注視するとスケルトン三体の内、二体は両腕部分が破壊されていた。
クルスは対スケルトンのセオリー通り、“先ずは腕を壊せ”を実践したのだ。
スケルトンは肉体を持たないので刃による斬撃は通らない。
それに加えて骨のパーツを吹っ飛ばしてバラバラにしてもすぐにくっ付いてしまう。
無力化するには《奇跡》で浄化させるか、それとも打撃武器で再生不可になるまで砕くしかない。
そして砕く際の優先順位は武器を握っている腕が最優先である。
武器を握れなくさせてしまえば、スケルトンの危険度は一気に落ちるからだ。
「けっ、教科書通りに腕を壊したか。確かに堅実な戦法かもしれねぇが……」
そう呟くとレジーナは腰を落として大剣を構える。
そして前進しつつ横薙ぎに大剣を振りぬいた。
クルスの剣と違い、レジーナの大剣は刃を潰してはいない。
だが、そこらの武器とは段違いの重量と質量を持つバスタードソードの前では、相手が肉付きだろうが骨だろうがたいした違いはなかった。
二体のスケルトンの上半身をたった一振りで、まるごと打ち砕くレジーナ。
「……あたしは気が短えからな。この方が性に合う」
レジーナの豪快な戦い振りを見たクルスが呆れながら呟く。
「この狂戦士めが……」
「あ? 何か言ったか、クルス?」
「いや、別に。それより一番厄介な奴がまだ残ってる。油断すんな」
そう言ってクルスは残っているスケルトンを指差す。
そのスケルトンは肉厚の刃の包丁を携えていた。
包丁持ちの個体は今のレジーナの攻撃もバックステップでかわしていた。
だが大剣の威力を警戒しているのか、今は手を出して来ずにこちらの様子を窺っているようだ。
「ほーお、あの包丁持ちか。けっ、今ぶっ壊してやんよ」
そう言い放つと、先ほどと同じ様に大剣を横に振るレジーナ。
しかし今度は先の一撃とは違い連撃である。
レジーナが繰り出した横のなぎ払いを跳んでかわす包丁持ち。
ところがレジーナは横薙ぎから続いて、その包丁持ちを下から掬い上げるように斬り上げを見舞う。
斬り上げも、すんでのところでかわした包丁持ちだったが着地の際にバランスを崩した。
そこに斬り上げた大剣を今度は豪快に振り下ろす。
さすがに今回の振り下ろしは回避不能かと思いきや、包丁持ちは自らの体を関節部分で上半身と下半身に分離させて強引にかわした。
そして回避と同時に上半身が包丁を振り回して襲い掛かってくる。
それをスウェーバックでよけるレジーナ。
そして守勢にまわったレジーナの隙を突き、再び下半身と関節を接合するスケルトン。
一旦、戦いは仕切りなおしとなる。
ひょっとするとこの個体は生前の身体能力が高かったのだろうか。
そして場慣れしている。
クルスがこいつの腕を破壊できなかった理由を理解したレジーナ。
そのクルスが忌々しそうに呟く。
「だから、言ったろ。厄介だって」
「確かにな」
このスケルトンに攻撃を当てるのは至難の業に思えた。
レジーナの攻撃がいくら強力でも、かわされてしまったら意味が無い。
こういう場合は素直にその道のプロフェッショナルに頼るべきだ。
そう判断したレジーナはフィオレンティーナに呼びかける。
「シスター。出番だぜ」
「ええ、任せてください。もう祈ってます」
フィオレンティーナはそう静かに告げると奇跡《送還》を顕現させる。
どうやらレジーナが大剣を振り回しているうちに、既に準備していたようだ。
《送還》は不死者の魂を強制的に自然に帰す《奇跡》だ。
神の御業にしては少々乱暴ではあるが、迷える亡者には強引な救いも必要なのだろう。
まばゆい光が包丁持ちを包み込み、そして白い炎が骨を焼く。
包丁持ちは炎に包まれ悶えていたが、やがて真っ白な灰となった。
クルスとレジーナが手を焼いた強敵が一瞬で霧散してしまった。
フィオレンティーナに賞賛の言葉をかけるレジーナ。
「へっ、やるじゃねえか。シスター」
「いえいえ。亡者を救うのは当然の事ですよ」
さも当然といった様子でフィオレンティーナは答えた。
一方のクルスは未だ、警戒の姿勢を解いていない。
その様子に気づいたレジーナが問いかける。
「どうした、クルス?」
「お前ら……二人だけで来たのか? 誰も起こさなかったのか?」
「いや、そんな事はないぜ。ガキらに他の連中も起こすように言って……」
そこでレジーナも異変に気づく。
なぜ、自分とフィオレンティーナ以外に誰も来ないのだ。
「もしかして、向こうにも……不死者が?」
三人はすぐに、野営地に向かって駆け出した。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 11月7日(火) の予定です。
ご期待ください。
※11月3日 一部文章を追加・修正
※11月6日 後書きに次話更新日を追加
物語展開に影響はありません。




