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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
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90.人を殺せる本



 プレアデス諸島の島の一つ、エレクトラ島。


 この島のンゴマ族の集落へ、マリネリス大陸から持ち込んだ食料が輸送されていた。

 “金”級の腕利き冒険者であるレジーナはその護衛をしている。


 エレクトラ島はプレアデス諸島の中では珍しく密林の面積が広くない。

 その代わり荒れた峡谷が広がっており起伏が激しい。

 よって密林が少ないとはいえ、移動にかかる手間は他の島と大差ないという。


 護衛の人選は、パワーのあるレジーナ、多彩な戦術に対応できるクルス、神職で不死者アンデッド戦の得意なフィオレンティーナ、回復役のポーラ。

 それに加えて国王直々に派遣された近衛兵長エセルバード、更に胡散臭い骨董屋のチェルソという“ごった煮”感の強い布陣となった。


 別働隊はターユゲテ島とかいう島へ向かっており、そちらは川が危険だという。

 その為、ターユゲテには遠距離攻撃に長けたメンバーが向かっている。


 当初レジーナもそちらに赴く予定であったが、水上の不安定な船の上ではレジーナ愛用の大剣もそうそう振り回せない。

 そのため相棒のコリンとは暫く別行動である。

 

 特に大過なく初日の行程を終えた輸送隊は荒地の中にある小さな森の近くで野営することにした。

 森に入ってしまうと虫がうるさいので、少し離れた所でそれぞれ薄手の布にくるまっての雑魚寝だ。



 レジーナが寝っ転がりながら目を閉じて状況を振り返っていると、不意に肩を叩かれる。

 彼女が目を開けるとチェルソがいた。


「あぁ? どうした、骨董屋」

「交代の時間だよ、レジーナさん」

 

 見回すと辺りはすっかり宵闇に包まれている。


 いつの間にやらすっかり寝てしまっていたらしい。

 レジーナたち護衛者は、交代で夜間の見張りをすることになっていた。


「もうそんな時間かよ……」

「うん、何なら今日は僕がレジーナさんの分も見張ろうか? 僕は夜更かしは得意なんだ」


 そう言って人の良さそうな笑みを浮かべるチェルソ。

 この男はクルスの話によると“至って普通の骨董屋の主人”との事だったが、レジーナはそうは思ってはいなかった。


 確かに冒険者などとは一線を画す穏やかな物腰ではあるが、時折見せる油断の無い所作は堅気のそれとは明らかに違う。

 過去に幾度も死線を潜っているに違いない。


 おそらくこの男に引き続き見張りを頼んでも何の問題も無いだろう。 


 とはいえ、この輸送隊の護衛であるレジーナが見張りをサボって眠りこけるのはよろしくない。

 そう常識的な判断を下したレジーナは渋々起き上がる。


「いんや、流石にそこまでやらせるわけにはいかねぇな」

「そうか」


 レジーナは伸びをして立ち上がると、焚き火の方へと歩いてゆく。


「そんじゃあ、おやすみ。骨董屋」

「うん、見張りよろしくね。レジーナさん」


 レジーナは首をポキポキと鳴らしながら焚き火へと近付く。

 ここは虫が多いので追い払う為に火を焚いている。


 焚き火に近付くと誰かが居るのが見えた。

 フィオレンティーナだ。


 温暖湿潤なプレアデスの気候にマリネリスの民は苦しめられているが、それは彼女も例外では無い。

 いつものローブを脱ぎ捨て軽装になっている。

 但し、さすがに夜間は冷えるので現地の民にもらったポンチョを上から羽織っていた。

 そんな彼女に話しかける。


「よう、シスター・フィオ」

「あ、レジーナさん。仮眠とれました?」

「ああ、ぐっすりな」

「それは良かった。私も二時間くらい寝ました」

「そうかよ」


 フィオレンティーナの隣に腰を降ろすレジーナ。

 座るのを待って、フィオレンティーナが提案してくる。


「でも、こうやって焚き火に当たっていると寝ちゃいそうです。何かお話ししませんか?」

「いいぜ。何を話す?」

「じゃあ、レジーナさんとコリン君の出会いについて」

「何だ、そんなの聞きたいのか」

「ええ、是非」

「しょうがねぇな……。ってもたいした話じゃねえぞ」


 そう前置きをしてから話し始めるレジーナ。


「あのガキとはな、ハルマキスで会ったんだよ」

「えっ、ハルマキス? そこって確かエルフの国ですよね。私は行った事ないですけど」

「ああ、コリンはそこの出身だからな」

「へぇー」

「あたしが冒険者になって一月も経ってねぇ頃にな、指名依頼が入ったんだ。そんでハルマキスに用があった」

「じゃあ、そこのギルドで彼と会ったんですね」

「いんや。その頃あいつは“大樹の学院”から退学を食らって間もなかった」


 大樹の学院。

 ハルキマスに存在する魔術研究の総本山だ。


 そこでは素質を持った学生を広く募集しており、人材育成に一役買っていた。

 優秀な学生は学院で研究を続けたり、王侯貴族に召抱えられたりする。


「ええ? コリン君はあの歳で凄い魔術を使えるのに退学になっちゃったんですか?」

「ああ、つっても成績に問題があったわけじゃねぇらしい。むしろ逆だな。優秀過ぎた」

「“過ぎた”?」

「ああ、何でも他の先輩連中やら教授連中に妬まれちまったらしい。いろいろ嫌がらせを受けたみてえだな」


 レジーナの話を聞いて、まるで我が事のように悲痛な表情を浮かべるフィオレンティーナ。


「ひどい……」

「けっ、クソインテリどもなんてそんなもんだろ。でも、あのコリンがそれで黙ってるわけがねぇ」

「コリン君はどうしたんですか?」

「“人を殺せる本”を使ったんだと」


 今度はのけぞって驚くフィオレンティーナ。


「ひ、人を殺せる本? の、呪いの書か何かですか……? というか、コリン君がまさか……殺人を……?」

「違えーよ。“人を殺せる本”ってのはクッソ分厚い魔術辞典の通称だ。キレたコリンはそれを鈍器代わりにしてクソ教授をぶん殴ったんだとさ」

「いや、それはそれで危ない行為なんじゃ……」

「非力なあいつにクッソ重い鈍器を頭部に振る筋力はねえよ。せいぜい腕に打撲を負わせた……とかその程度さ。でも暴力沙汰を理由に退学を食らうには充分だった」


 ため息混じりにレジーナが言うとフィオレンティーナの表情も暗くなった。


「それで学院を追い出されちゃったんですね……」

「ああ、そんで当ても無くハルマキスの街を歩いてるコリンを、あたしが見つけて声をかけたんだよ」

「それでパーティ結成ですか」

「ああ、でもあいつ昔は本当に面倒くせえ性格でな。退学騒ぎのせいで人間不信になっちまったのか、凄え人見知りになっちまってよ。今は治ってるんだけどな」


 バーラムの町で拳闘会が行われた際に、彼は人見知りを克服している。


「大変でしたね。でもきっと今のコリン君があるのは、レジーナさんのおかげですよ」

「フン、そうだといいけどよ。……さて、こっちの話は終わったぜ。シスター、次はあんたの番だ」

「私ですか。何をお話ししましょう?」

「そうだな……。そもそもシスターは何でクルスのパーティに入ったんだ?」

「あ、ええとそれはですね……」


 フィオレンティーナが答えようとしたところで、背後から物音がした。

 二人が振り返ると、骨董屋チェルソが連れて来た二人の子供ルチアとジルドだった。


 子供達はクルスを揺すって起こそうとしている。


「ねぇクルスさん、起きて……ねぇってば」

「……」


 だが、クルスの眠りは深く、中々起きる気配が無かった。

 長旅の疲れ、それに通訳疲れもあるのだろう。

 二人の子供たちにフィオレンティーナが優しく声をかける。


「ルチアちゃん、ジルド君。どうしたの、おトイレかな?」

「えっ? う、うん……」

「よし、クルスさん寝てるから、私と一緒に行きましょうか」


 だが子供たちは首を横に振る。


「やだ、フィオさん頼りない」


 非情な子供の発言にショックを受けるフィオレンティーナ。

 その様子を見かねたレジーナが助け舟を出す。


「そんじゃ、あたしが行ってやるよ。なら文句ねえだろ?」

「やだ」

「あぁ? 何でだよ?」

「レジーナさんこわいから、やだ」


 無茶苦茶な理屈である。

 子供特有のわがままにレジーナは辟易する。

 その時レジーナが何気なくジルドの口元を見やると、八重歯が伸びていることに気づいた。


 それを見てレジーナは不審に思う。

 彼はあんなに特徴的な八重歯だっただろうか。

 レジーナが記憶を探っていると、クルスが瞼を擦りながら起き上がる。


「う”ぅー、誰か俺の事起こしたか……?」


 声もガラガラな様子でクルスが言う。

 それに答えるジルド。


「ねえ、クルスさん、トイレ」

「ええ? 見張りが居るだろ? 別に俺じゃなくても……」


 そう言い掛けたクルスは何かに気づく。

 クルスの視線はジルドの口元に向いている。


「あ、わかった。“そういう事”か。じゃあ、しょうがないな」


 今までゴネていたクルスは急に物わかりが良くなった。

 傍らに置いてあった剣をとって立ち上がる。


 それを不審に思ったレジーナが思わず尋ねる。


「おい、待てよクルス。“そういう事”って“どういう事”だよ?」

「あー大丈夫。たいした事じゃないよ。ほら、二人とも行くぞ」


 クルスの呼びかけに子供達は笑顔で頷いた。


「うん!!」


 そしてクルスたち三人は少し離れた林に向かって行った。

 その様子を少し寂しそうに眺めるのはフィオレンティーナだ。


「クルスさん、“また”だ……」

「あ? 何が“また”なんだ、シスター」

「何か隠し事してるんです」

「隠し事? そりゃ穏やかじゃねえな」

「でも、プレアデスでの用事が片付いて落ち着いたら教えてくれるって言ってました」

「ふぅん……。まあそっちのパーティの問題だ。そっちで何とかしな」

「はい……」


 そう言うと、それっきり黙りこむフィオレンティーナ。


 二人の間に静寂が訪れる。

 ぱちぱち、と焚き火の火が爆ぜる音がただ響く。


 その時、小さな人影がこちらに走ってきた。

 ルチアとジルドだ。


 レジーナが話しかける。


「どうした、ガキんちょ? ションベンは終わったのか?」


 ところが戻ってきた二人は血相を変えている。


「レジーナさん!! みんなを起こして!! “不死者アンデッド”がでた!!」


 


お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 11月1日(水) の予定です。


ご期待ください。



※10月31日  後書きに次話更新日を追加 

※ 4月18日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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