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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
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89.羽虫



≪精霊様だ!!≫



 明るい光が幾つも浮かびそれが集まって纏まってゆく。

 アメリー・ムカバの《祈祷》により『精霊』が姿を現したのだ。

 


 その様子を見たプレアデスの呪術師レリアは驚愕に目を見開いた。

 レリアはそこまで《祈祷》に明るいわけではなかったが、それでもアメリーの《祈祷》のレベルの高さは一見して理解できた。


 レリアにとって一番身近に居たポーラも腕のある祈祷師ではあったが、彼女の《祈祷》でこうして『精霊』が出張ってきたことは無かったのだ。


 『精霊』というのは非常に気まぐれな存在で、ほとんどの場合は使用者に姿を見せない。

 自分が気に入った祈祷師に呼ばれた場合にこうして姿を拝めるくらいである。


 今回訪れた『精霊』は『シルフ』のようだ。

 人間の手の平サイズの身長の小さな女の子のような外見である。


 あまり整えられてないボサボサの銀髪に、背中には四枚の羽。

 そして体の回りを空気が渦巻いている。


 髪がボサボサなのはおそらく彼女が風を司る『精霊』だからだ。

 彼女の周りには常に風が吹き荒れており、その風で髪がなびいている。


 シルフはゆっくりと周りを見回すとアメリーの姿を確認した。

 そして旧知の友人のように笑顔で話しかける。



[ おやおや、ひさしぶりだね。アメリー ]


 頭の中に直接響くような不思議な声だ。


≪うん、ひさしぶり。けど……おかしいな。私はウンディーネに声をかけたつもりだったんだけどね≫

[ え、ウソ!? アタシじゃなかった? ]


 話には聞いていたが、やはり『精霊』というのは本当にいい加減な存在であるらしい。


≪うん、ほら≫


 そう言って呪術で汚染されてしまった川を指差すアメリー。


[ あっちゃぁ、水難かよぅ……。でもでも、それならそうとハッキリ言ってよね!! ]

≪うん、私は散々そう唱えてたよ≫


 『精霊』様の理不尽な言葉に至極論理的な返答を返すアメリー。

 ところが、そんなアメリーの言葉を無視して『シルフ』は状況を検分し始めた。


[ ふーん、呪術を使ったんだ。どうりで瘴気くさいと思ったよ。なるほど、これを浄化すればいいのね ]


 そう言って、しかめっ面で鼻をつまむシルフ。


≪あ、ごめんなさい……。私が……≫


 責任を感じ、頭を下げるレリア。

 妹デボラの危機に動転してしまい、危険な呪術を安易に使用してしまった。

 そんな真面目に謝るレリアを見て、ゲラゲラと笑うシルフ。


[ アハハ、いいのよぅ。気にしなくて ]

≪で、でも……≫

[ なーに、こんなのウンディーネを呼ぶまでも無いって事を見せてやるわ!! ]


 そう言い放つとシルフは両の手をぴんと伸ばし、頭上に掲げる。

 彼女の両の手に空気の渦が集まる。

 それはやがて風の塊とも呼べるような小竜巻の束を形成した。


 一体、何をする気なのかとレリアが訝しんでいるとアメリーが叫ぶ。

 彼女はシルフの意図に気づいたようだ。


≪みんな、離れろ!! どこかでっかい木の下に隠れるんだ!!≫


 わけもわからずにアメリーに言われた通りにするレリア達。


 次の瞬間、シルフが風の塊を川にぶつける。

 水と空気が弾ける轟音が響き、辺り一体に川の水が驟雨のように降り注ぐ。


 皆それぞれ木の下に隠れはしたが、結局ずぶ濡れになってしまった。


 水しぶきが収まるのを待ってからレリアが顔を上げると、シルフが得意げな表情をしてパタパタと羽ばたいていた。

 手には先ほどの《毒霧》で生まれた瘴気を風に閉じ込めたものが握られている。


[ へへっ。一丁あがり! ]


 得意げなシルフだったが、アメリーは怒気混じりに声を荒げた。


≪なーにが“一丁あがり”だ、この羽虫!! もっと穏便にできないのかよ!!≫


 思い切り罵倒された羽虫ことシルフは口をわなわなと震わせて反論する。


[ な、なんだよ!! 解決したんだから万事オッケーだろ!? ]

≪そういう問題じゃねぇ!!≫


 口汚く罵りあう二人だったが、それを諌める鶴の一声が響いた。


[ そのくらいにしときなさい。シルフ、アメリー ]


 声の方を見ると、川辺に佇む『精霊』の姿が見えた。

 水を司る精霊『ウンディーネ』だ。


 半透明の体を揺らしながら、面倒そうな眼差しで二人を見つめている。

 レリアがよく目を凝らして見ると、シルフとは対照的な気難しそうな女性のシルエットが確認できた。

 

 そしていつの間にかシルフが吹き飛ばした水を川に戻している。

 シルフはウンディーネに事の経緯を説明し始めた。


[ ウンディーネ、聞いてよ。アメリーのやつ酷いんだよ!! アタシのこと羽虫って呼びやがって ]


 ウンディーネに縋りつくシルフだったが、事はそう上手くは運ばなかった。

 毅然とした態度をとるウンディーネ。


[ うるさい。今のはどう見てもあなたが悪い。シルフ、あまり『精霊』の品位を下げるような事はしないで ]

[ はぃ…… ]


 羽虫どころか蚊の鳴くような声量でしょぼくれるシルフ。

 そんなシルフにアメリーが呼びかける。


≪ごめんよ、シルフ。ちょっと言い過ぎたよ。またいつか手を貸しておくれ≫


 同格である『精霊』にも罵倒され、落ち込む羽虫にしっかりとフォローを入れるアメリー。

 これが気分屋の『精霊』達とうまく付き合う秘訣なのだろうか。


[ う、うん。こっちこそ…… ]


 ウンディーネに一喝されて頭が冷えたのか、素直に謝るシルフ。

 そうして仲直りが成立したところでウンディーネが口を開く。

 

[ そういえば、ここには“あの方”はいらっしゃっていないのね ]

≪あの方?≫


 聞き返すアメリーにウンディーネが告げる。


[ そう、“あの方”。私たちも含めた万物の創造主『世界存在』よ。今、プレアデスに居られるようだけど ]


 それを聞いていたレリアは耳を疑う。

 万物の創造主やら『世界存在』なんてものは今まで聞いたことが無い。


 同じく眉をひそめていたアメリーがウンディーネに告げる。


≪……悪いけど、その『世界存在』っていうのは私は知らないね≫

[ あら、そう。でもいいのよ、別に。だって“彼”とはそのうち会えそうだもの ]

≪彼だぁ?≫


 まるでその『世界存在』が人間であるような言い方である。

 だが、『精霊』達はそんな疑問に答えるつもりも無いようだ。


[ ほら、シルフ。もう行くわよ ]

[ うん ]


 去ろうとする精霊たちに前のめりになって尋ねるアメリーだったが、ウンディーネはそれを撥ね付ける。


≪おいちょっと、その『世界存在』って何者なんだよ?≫

[ それは言わないわ ]

≪え、何で?≫

[ だって、説明するのが面倒ですもの。 それじゃあね、アメリーとお仲間の皆さん ]


 優雅な仕草で水の中へと姿を消すウンディーネ。

 そしてシルフは空高く舞い上がると何処かへ飛び去った。


≪やれやれ、これだから『精霊』様はよ……≫


 ため息を漏らすアメリー。

 あんな一癖も二癖もある連中と付き合って力を借りるのだから、祈祷師というのはたいした連中である。

 相当なコミュニケーション能力が無いと勤まらないに違いない。


 そんな中、コリン少年が目を輝かせながら呟く。


「あれが、『精霊』かぁ!! 凄かったね! 何言ってるか全然わかんなかったけど」


 そんなコリンにナゼールが補足説明をする。


「いや、あいつらの言ってる事は相当いい加減だったぜ」

「へぇー、そうなんだ。でも川の水を吹っ飛ばしたあの風、あれは僕の《暴風》よりも凄いよ。僕もあんな凄い風を起こしてみたいなぁ」

「ほぉー、俺は祈祷も魔術もよくわからんから“頑張れ”くらいしか言えねぇが」

「うん、頑張る」


 そんな中、レリアはハルの様子が気になった。


 彼女は『精霊』が居る間も上の空というか、呆けた表情をしていた。

 ハルだって『精霊』を見たのは初めてである筈だし、コリンと違って会話内容はわかっていただろう。

 だのに、驚くどころか無関心・無表情を貫いていた。。

 

 そんなハルにレリアは尋ねる。


「ねぇ、ハルさん」

「はい? 何ですか?」

「『精霊』を見てもあまり驚いていないみたいだけど」


 それを聞いたハルは声を落として答える。


「ああ、あれが『精霊』だったんですか……。そうですか……私にはぼわっとした光にしか見えなくて……」

「えぇっ!?」


 そんな事があるのだろうか。

 確かに“信心深くない者の前に『精霊』は姿を見せない”と聞いた事はある。


 だがそんなものはプレアデスの大人達が子供を躾ける時の方便で、本当に見えないなんて話は聞いた事がない。

 現にそこまで信心深くないレリアでもはっきりと見えたし、マリネリスから来たコリン少年ですらちゃんと認識していた。


 ハルは更に信じがたいセリフを続けた。


「それにアメリーさんやレリアさんが、急にその光に向かって喋り始めたからびっくりしました」

「えっ、声も聞こえなかったの? 嘘でしょ?」


 その発言にびっくりしたのはレリアの方である。

 ハルの場合、信心深くないというより“信心の欠片もない”というべきかもしれない。


 そんな話をしているとアメリーが、一同に向けて手を鳴らしながら声を上げる。


≪はいはい、おしゃべりはそこまで!! そろそろ動かないと日が暮れるよ!≫



 アメリーに急かされながら船に乗る一行。

 彼女の話だと滞りが無ければ、今日中にはムカバの集落にたどり着けそうとの事であった。

 船に乗り込んだところで、ハルがふと呟く。


「そういえば」


 それに反応するレリア。


「そういえば?」

「さっきアメリーさんが『世界存在』って言ってましたけど」

「あぁ、それね。『精霊』もあまり詳しい事は教えてくれなかったんだけど、なんでも万物の創造主らしいわ」


 それを聞いたハルの眉がぴくりと動いた、ような気がした。


「じゃあ『精霊』さん達はその創造主に何か用だったんですかね?」

「さぁ? それは私には何とも言えないわ。でも“今はプレアデスに居るから、その内会えそう”って言ってたわ」

「へぇー、そうなんですか。ふーん」


 突拍子も無い存在が近くに居るという話であるにも関わらず、まるで想定内の会話だと言わんばかりの様子のハル。

 それに多少の違和感を覚えたレリアは尋ねる。


「ハルさん、その『世界存在』について何か知ってるのかしら?」


 それを聞いたハルは一瞬どきっとした仕草を見せた後で、ぎこちなく答えた。


「さ、さぁー?」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 10月28日(土) の予定です。


ご期待ください。



※10月27日  後書きに次話更新日を追加 一部台詞を微修正

※ 4月17日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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