77.優れた作家の条件
まったく、妙な事になってしまった。
と、クルスは思う。
まさか自分が考えた物語の登場人物達に小説論を語るなどとは、クルスも想像だにしていなかったのだ。
しかもその相手は書物中毒のコリン少年と、教養高そうな神職のフィオレンティーナである。
しかし、ここで怖気づいては仮にも三作品を完結させた趣味作家クルスの名折れである。
語らなければならない。
謎の義務感に突き動かされたクルスはおもむろに語り出す。
「小説論か……。俺が思うに……“小説は設定で決まる”」
クルスの提示した序文に早くも懐疑的な表情を浮かべる二人の論客。
「は? 物語で決まるんじゃないの? 小説って読者の心を揺さぶってナンボでしょ?」
と、手加減無しのコリンは言う。
「私もそう思います。印象的なシーンとか、登場人物の心情に共感したりとか……。そういう物語がないと小説は締まらないんじゃ……」
フィオレンティーナも小説にはうるさいようだ。
彼らに対するクルスの反論はこうだ。
「違う。いや違わないが、とにかく俺が言いたいのはこうだ。“設定は物語に勝る”」
「何さ、それ。全然わかんないよ、クルス」
腑に落ちていないようなコリン。
そのコリンに持論をぶつけるクルス。
「設定っていうのはな、つまるところリアリティだ。現実の読者と架空の小説を繋ぐ架け橋だ。その小説の世界観そのものだ」
「うん」
「だから、その小説の世界観を完全に完璧に決めきってしまえば、物語なんてものは後からついてくる」
「はぁ? ごめん、ちょっとよくわかんない」
疑問符を表情に浮かべるコリン。
一方のフィオレンティーナは腑に落ちたように言った。
「あ、そういうの聞いた事あります。“登場人物が勝手に動き出す”ってやつですか?」
クルスにとっては今がまさにその状況である。
登場人物であるフィオレンティーナやコリンが自分の意志を持って動いている。
「そうだ。一旦魅力的な登場人物を設定してしまえば、後はそいつが頭の中で勝手に面白い話を作ってくれる」
それを聞いたコリンは感心したように唸る。
「はぁー、なるほど。面白そうな世界観や登場人物を、最初に全部決めちゃうんだ。で、後はそいつら任せ」
「そういう事だ」
「ん、でもちょっと待って。もしそいつらが面白い話を作ってくれなかったら? その方法は毎回上手くいくとは限らないんじゃないの?」
「そういう時は、役割に合わせた登場人物やら設定をつけ足す」
「あ、そっか。へぇー、意外と考えてるんだね。クルスって」
「意外と、とは失礼だな」
二人の論客も多少は納得したようだ。
だが、その会話を黙って聞いていたナゼールが唐突にちゃぶ台を返す。
「でもよ、そんだけ色々考えてもクルスさんの話って人気なかったんだろ?」
クルスの心にグサリと突き刺さるナゼールの言葉。
がっくりとうなだれるクルスに、コリンは容赦ない追撃をかます。
「そういえばそう言ってたね。そうなると、今のクルスの持論も説得力が無くなるねぇ」
「……う、うるさい」
精一杯の強がりを見せるクルス。
そんなクルスを見かねてか、ナゼールが建設的な議題をくれた。
「ならよ、人気のある話とクルスさんの話の違いって何だ? それが分かればクルスさんの話も人気がでるんじゃねえか?」
これに賛同するフィオレンティーナ。
「たしかに! ねぇ、クルスさんはどう思いますか? 人気作家とそうでない人の違いとでも言いますか」
腕を組んで熟考するクルス。
やがて考えが纏まったクルスは静かに口を開く。
「これは一般論では無くて、あくまで俺の個人的な考えだから話半分に聞いてくれ」
クルスの前置きに頷く一同。
それを確認してから話を続ける。
「おそらく、優れた作家っていうのは……ある程度“頭がおかしい”」
その発言に目を丸くして驚くコリン。
「はぁ!? 何言ってんの、クルス? そんなわけないじゃん!!」
フィオレンティーナも否定的な反応を返してくる。
「私もそれには同意できません。作家達に対する冒涜です」
否定的な意見が続く中、この中で唯一フラットな態度のナゼールが聞いてくる。
「クルスさんよ。そもそも本当に“頭がおかしい”なら話を考えられないんじゃねえか?」
「ある程度、と言っただろうナゼール。あくまで創作活動に於いて頭がおかしいだけだ」
そう言って一息つくと、クルスは改めて問いかける。
「お前らは面白い小説を読んでいて、こんな事を思った事はないか? とんでもない伏線回収とか予想もしなかった展開とかを目の当たりにした時に“この作者はイカれてる!!”って」
はっ、とするコリンとフィオレンティーナ。
どうやら心当たりがあったらしい。
「ある!! 何回も!!」
「そう言われれば……確かにあります」
クルスの言を肯定する二人にクルスは嬉しくなった。
「だろ!?」
その話を聞いていたナゼールが総括してくれた。
「つまり、あれか。ぶっ飛んだ話はぶっ飛んだ奴にしか書けないってことか」
「そうだな。俺はたぶん、ぶっ飛び足りないんだ」
フィオレンティーナが苦笑しながら言う。
「つまりクルスさんは“まとも”なんですね」
「そうさ、俺は“まとも”だ。結構な事だろう?」
そこへコリンが意地悪く嗤いながら言ってくる。
「だから話がクソつまらないんだね」
「おい、コリン先輩。俺の小説を読んでもいないのに、けなすんじゃない」
「じゃあ、読ませてよ」
「……気が向いたらな」
コリンにはそう言ったものの、クルスは勿論彼らに自身の小説を見せる気など毛頭ない。
それには登場人物達の人となり、そして今後の運命などが書かれている。
『ナイツオブサイドニア』ではフィオレンティーナ・サリーニという登場人物は、ナブアの村でトカゲの悪魔に食われて死ぬはずだった。
そんな話を本人に見せたらどう思うだろうか。
クルスは良い作品を書きたかったが、“頭がおかしく”はなりたくなかった。
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プレアデス諸島を構成する七つの島のひとつ、マイア島にある集落。
そこの族長・ドンガラの家での出来事である。
前回の会合から一週間経った今日、プレアデス諸島を分割統治する他部族の族長達が集められた。
エレクトラ島を仕切るンゴマ族の長ヤニック・ンゴマ。
そしてターユゲテ島のムカバ族のボス、アメリー・ムカバである。
ステロペ島のオーベイ族は今回の招集に応じなかった。
今回のホスト側であるオレールは座を見渡すと口を開く。
「今日はよく来てくれたな。ンゴマとムカバの長よ」
それに答えるヤニック・ンゴマ。
筋骨隆々とした獣人族の男性だ。
ベンガルトラのような立派なヒゲを生やし、黄色い体毛に黒いラインが走っている。
「フン。我らンゴマは約束を違えるような事はせぬ」
腕を組み、じっとオレールを見つめながらヤニックは言い放つ。
ヤニックの後でアメリー・ムカバが発言する。
「それはアタシ達ムカバも一緒さ。オーベイの陰気な連中とは違ってね」
アメリーは小柄な人間の女性だが、天才的な祈祷師でもある。
浅黒い肌に特徴的なペイントを塗りたくっており、それが彼女のトレードマークであった。
オレールは頷くと口を開いた。
「さて、それでは会合を始めるとしよう。先ずはここ最近の状況だが……」
そう言ってマイア島の状況を両族長と共有する。
この島では飢饉は未だ収まらず集落が一つ、また一つと無くなってゆく。
ここドンガラの集落はまだ無事だが、いずれ破綻する時が来るのは明白であった。
オレールの報告を聞いたアメリーが暗い表情で言う。
「それはウチも一緒だねぇ……。食糧を奪い合う争いもあったし」
一方のヤニックも現況に警鐘を鳴らしている。
「否、それだけならまだ良い。そうやって死んでいった者達が続々と不死者になっている。このままでは我々皆が滅ぶぞ。ドンガラの長よ、これからどうするつもりだ?」
ヤニックの問いに答えるオレール。
「うむ。この危機を打破するために我が息子ナゼールを『危難の海』の向こうへと送っておる」
「それは前に聞いたよ。で、無事なのかい?」
眉間に皺を寄せながらアメリーが聞いてくる。
「……わからん。だが占いでは無事だと」
オレールの言葉を聞いて、ため息を吐くアメリー。
「ハァー……。ドンガラさんよ、あんた達がプレアデスの為に色々やってくれてるのは素直にありがたいよ。でももっと現実を見なきゃ駄目なんじゃないかい?」
「む……」
「それに、占いだってそうポンポン当たるもんかい。あのデボラって娘だって元を辿ればオーベイの血筋だろう? 正直言って、信用ならないね」
「……」
アメリーの辛辣な物言いに、言葉を詰まらせるオレール。
そこへ、ヤニックが厳しい表情で尋ねてきた。
「それで、そのナゼールはいつ戻ってくるのだ? ドンガラの長よ」
「……それは」
オレールが答えようとした時、息を切らして占い師デボラが駆け込んでくる。
「族長!! 大変です!!」
普段は物静かなデボラだが、この慌てようは尋常ではない。
「何事か、デボラ」
そうオレールが問いただすとデボラは動揺を隠そうともせずに告げた。
「ふ、船が。見た事もない様な大きな二隻の船が、ゾラ浜に!!」
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 9月10日(日) の予定です。
ご期待ください。
※9月9日 文章を一部修正 後書きに次話更新日を追加
物語展開に影響はありません。




