76.レジーナvsハル
プレアデス諸島を構成する七つの島のひとつ、マイア島にある集落。
そこの族長ドンガラの家での出来事である。
ドンガラ家では付近の者達で飢饉にどう対処すべきかという会合が行われていた。
皿に投げられた羊の踝の骨がカラカラと音を立てる。
現在、その骨によって占いを行っている最中であった。
サイコロのように骨を複数個投げて転がし、出た面の組み合わせで吉凶を占うのだ。
その出目を注意深く観察する肌の浅黒い少女。
暗い色のローブを纏っているその少女は、骨占いの出目を記憶と照合した。
その組み合わせは“苦難の時が終わり、明るい道が開ける”と告げていた。
「これは……吉兆です」
少女のその言葉を聞いた面々が口々に騒ぎ立てる。
「本当か!?」
「飢饉が終わるのか!」
「ついに精霊達が助けてくださるのだ!」
などと、それぞれが思い思いの言葉を口に出し収拾がつかない。
その時トン、と杖を床に叩きつける音が響き渡る。
一族を纏め上げる族長オレール・ドンガラだ。
「皆の者、静まれ」
病によって体はすっかり痩せ細ってしまったが、その双眸に漲る覇気は一族の長にふさわしいものだ。
皆が黙ったところで、オレールは占い師の少女に問いかける。
「それで、デボラよ。我が息子は、ナゼールは無事なのか?」
オレールは息子であるナゼール・ドンガラを『危難の海』の向こう、そこに存在すると信じられている新大陸に向かわせていた。
そして今現在飢饉で苦しんでいるプレアデスを救う手立てを探って貰っている。
無事辿り着いていれば、ではあるが。
「少しお待ちください」
ナゼールの安否を占うべく、デボラは再び骨を皿に投げる。
カラカラと音を立て転がる骨。
骨の面が出揃った。
その組み合わせを見て、デボラは顔に微笑を浮かべる。
「どうだ?」
「はい、彼は良き友人を得たようです」
「良き友人……」
「ええ、その友人が若様を助けているかと」
「ふうむ」
口元に手を当て、思案するオレール。
彼はデボラに尋ねる。
「それで、ナゼール達はここにいつ来るのだ?」
オレールの問いに、間をたっぷりと置いて答えるデボラ。
「……それは、わかりません」
その答えにふう、とため息を漏らす一同。
デボラはまだ、見習い占い師であったのだ。
待ち人が来る時期の占い方は、まだ師から教わっていない。
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プレアデス諸島へ向かう航海も既に二週間が過ぎた頃。
ノアキスの神官崩れの冒険者フィオレンティーナ・サリーニは水夫達が使う食堂で夕食をとっていた。
たまたま居合わせたナゼールとレジーナも一緒である。
取るに足らない話をしながら三人で食事をしていると、突如ナゼールが豪快なくしゃみをする。
「へぶしっっ!!!」
「ナゼールさん、大丈夫ですか?」
声をかけるフィオレンティーナ。
「ああ、体調に問題はねえ。埃かなんかが鼻に入っちまった」
思えばナゼールも大分言葉が達者になった。
いや、ナゼールに限らずレリアとポーラもである。
クルスとハルが鍛え上げた土台に加え、船の上で暇を潰すとなれば会話しかない。
上達は必然であった。
そんなナゼールをレジーナが茶化す。
「誰かに噂されてんじゃねぇか? 故郷に残してきた恋人とかよ。そういうの居るんだろ?」
「いいや、いねえ」
「何だよ、つまんねえな」
「何だよとは何だ。仕方ねえだろ、いねえもんはいねえんだ」
「それじゃ話のネタにならねえだろ。もう航海から結構経っちまって、話すネタも品切れてきやがった」
不機嫌そうに述べるレジーナ。
彼女は航海二日目に船室で吐瀉物をぶち撒けて以来、飲酒を禁じられていた。
おまけに罰として数日、清掃ボランティアを強制されていたようである。
彼女の不機嫌な理由は自業自得だとフィオレンティーナは思ったが、話題が無いという事に関しては全くの同意見であった。
そこで何か船内で面白い事はないかと食堂の中を何気なく見回すと、一人の女性の姿が目に入る。
ハルだ。
彼女は一人で料理を食べていた。
「あ、向こうにハルさんが居ますね。相変わらず凄い食べっぷりです」
それを聞いたナゼールが不思議そうな顔をする。
「ハルさん、船酔いが酷いらしくて滅多に甲板に出てこないんだけど、食欲だけは凄えんだよな」
そんな事を話していると、ハイペースで食事を終えたハルがこちらに寄って来た。
「皆さん、どうしました? 私の噂でもしてました?」
それに答えるレジーナ。
「なに、おめえの食いっぷりを褒め称えてただけだよ。気にすんな」
「ええーそうなんですか? 照れるなあ」
レジーナは本気で褒めているわけではなく皮肉なのだろうが、ハルは嬉しそうだ。
「ところでよ、おめえがクルスの野郎と一緒じゃねえのも珍しいな。いつも金魚の糞みてえにべったりなのによ」
「マスターは“推進装置”のボランティアに行かれてますよ」
推進装置はこの船の動力になっている特殊な魔道具である。
船底に取り付けられた水車のような装置を回転させることで推進力を得ている。
それは数人がかりで動かす非常に大掛かりなもので、担当する者の負担も大きい。
よってこの船を動かす上で最も人員が不足しがちなのだそうだ。
「ああ、そういえばコリンのやつもそれに行くっつてたな。手当ても支給されねえのに物好きなこった」
「これこそ無償の奉仕って奴ですよ。レジーナさんも、もう一回船のお掃除してきたらどうですか?」
レジーナを煽るような台詞を言うハル。
不審に思ったフィオレンティーナがハルの表情をよく見ると、怒っているように見える。
おそらくレジーナが、ハルの敬愛する主人の事を“クルスの野郎”などと呼んだ事が不服なのだろう。
「あんだと? てめえ、喧嘩売ってんのか?」
「いえ、別にお売りしたつもりもないですが……。でもお買い上げになるっていうんなら、それも面白いかもしれませんねぇ……」
そう言って不敵に笑うハル。
そこへ件の二人組、クルスとコリンがやって来る。
どうやら会話は聞こえていたようで、二人とも険しい表情だ。
まずコリン少年がレジーナを冷ややかに見つめながら釘を刺してくる。
「レジーナ、まーたトラブルかい? お酒で吐いた時は僕も一緒に船長に謝ってあげたけど、次は知らないよ」
「……けっ、誰も頼んでねえよ」
「ん?レジーナ。いま何か言った?」
「……」
コリン少年がひと睨みでレジーナを黙らせる。
おそらく、普段からコリン少年がレジーナの尻拭いをしているのだろう。
そのせいか、いつも強気なレジーナもコリンには頭が上がらないようだ。
一方のクルスとハルのやり取りはシンプルだ。
「……ハル?」
「大っ変申し訳ございません、マスター!!」
何の言い訳もせず、机に額を擦り付けて平謝りをするハル。
ある意味潔いその謝りっぷりに、クルスはため息をつくと短く告げる。
「わかった、今日はもう休め。お前も疲れてるんだろう」
「はいっ! 部屋に戻ります! お休みなさい!」
そう言ってそそくさと食堂を後にするハル。
それを見ていたレジーナも“ちっ、何だかシラけちまった”という捨て台詞と共に去ってゆく。
一時は殴り合いの喧嘩になるかとヒヤヒヤしながら見ていたフィオレンティーナだったが、丁度いいタイミングで二人が来て事なきを得た。
レジーナとハルが去るのを見届けてクルスとコリンは席に着く。
「やれやれ、フィオ、ナゼール。食事時にすまないな」
開口一番に謝罪するクルス。
フィオレンティーナは首を横に振った。
「いえいえ、お気になさらず。それよりどうだったんですか、ボランティアは?」
「ああ、意外と大変だったな。なぁコリン先輩?」
クルスに振られたコリンが説明してくれる。
「うん、複数人で同じ勢いで装置に魔力を流さなきゃいけないから神経を使う作業だね。ま、結局僕がクルスに合わせてあげたんだけどね」
自慢げに言うコリンにクルスが突っ込みを入れる。
「よく言うよ。最初水夫さんに“もっと加減しろ”って怒られてたくせに」
「その一回だけだろお? クルスだって後半集中力を欠いてたじゃないか。合わせるの大変だったんだからな!」
段々、ヒートアップしてくる二人。
おそるおそるフィオレンティーナが割り込む。
「あ、あの……二人とも。その辺で……」
その時、ナゼールが二人分のスープをとんっ、とテーブルに置く。
気を利かせて取って来てくれたようだ。
「ほら、ふたりともメシにしな。腹が減ってるから怒りっぽくなるんだぜ」
二人はナゼールに礼を言うとスープを啜り出す。
どうやら落ち着いたようだ。
さっきのレジーナとハルはともかく、こちらのクルスとコリンは比較的冷静な性格だと思っていたが、やはり長旅で疲れているのだろう。
そんな二人の気を紛らわす為に、何か話題を提供しようと思案するフィオレンティーナ。
「そういえば、お二人って何か趣味はあるんですか?」
その問いにまず答えたのはコリンだ。
「本!! 本大好きだよ、僕」
「へぇー、コリンさんは何読むんですか? やっぱり魔道書?」
「それも読むけど、他にも一杯読むよ。哲学書、歴史書、なんでもね」
「へえ、詩とか小説は? 私はそういうのよく読むんですけど」
「うん、もちろん読むよ」
「良かった。読書仲間ですね。クルスさんは? マリネリス大陸の本とか読みました?」
そうクルスに話題を振ると、彼は心底残念そうに言う。
「いいや、読んでないな。あまり時間が取れなくてな」
「そうなんですか。でも読書自体は……」
「ああ、本は好きだよ。と言っても“紙の本”なんてめっきり読まなくなってしまったが」
「え? 紙じゃない本があるんですか?」
「ああ、タブレットといってな。何ていうか……まぁ魔道具みたいなものだよ」
“たぶれっと”。
おそらくそれも“かめら”のような凄まじいアイテムに違いない。
そんな事をフィオレンティーナが思っていると、ナゼールが思い出したように言った。
「そういえば、ハルさんに聞いたんだけどよ。クルスさんは趣味で小説を書いてるって本当か?」
その言葉に文字通り目を丸くするフィオレンティーナとコリン。
「え? 本当ですか?」
「凄いじゃん、クルス!」
一方のクルスは困り顔だ。
「ハルめ……。余計な事喋りやがって……」
どうやら秘密にしておきたかったようだ。
そんなことはお構いなしにコリン少年が尋ねる。
「ねぇねぇ! どんな話? ねぇってば!」
「そんなたいした話じゃないよ。人気も無かったし……」
「え? 人に発表してるの? ますます凄いじゃん!」
「いやいや、俺の故郷では珍しくないんだよ……」
などと言って語りたがらないクルス。
そこでフィオレンティーナは切り口を変える事にする。
「じゃあ、クルスさんの“小説論”教えてくださいよ。私、興味あります」
小説を書く人間がどういう思考で物語を綴るのか興味があったのだ。
「小説論か……。わかった。俺が思うに……」
そう言って、クルスは持論を語り出す。
彼の小説論はいささか……いや、かなり奇特なものであった。
用語補足
骨占い
本文中でデボラが行っている骨占いはモンゴルの“シャガイ”という占いをベースにクルスがアレンジを加えたもの。
“シャガイ”で使用される骨は四つだが、作中の骨占いでは更に大量の骨を使って複雑に未来を占う。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 9月5日(火) の予定です。
ご期待ください。
※ 9月 4日 文章を一部修正 後書きに次話更新日を追加
※ 4月14日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。




