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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
最終章 You Can Revolt
323/327

323.蛇と猫



「出来るかどうかじゃない! “やる”んだ!」


 ミントがヴィヴィアンに叫ぶと、隣のハルが嬉しそうに笑う。


「ふふ、ミントはイケメンネコですねぇ。流石はマスターの弟分です。ネコは飼い主に似るって本当なんですねえ」

「でしょお? ってそんな話は後だよハル。あいつを倒さないと」

「ええ!! 皆さん、行きますよ!!」


 ハルが気風良く告げるとオスカーがため息を吐きながら呟く。


「やれやれ、ボスには後で特別手当ボーナスを請求しねえとな。お前もそう思うだろ、マイク?」

「たしかに同意見だが、それにはこの戦いを生き残らないとなオスカー」


 オスカーマイクの二人は愚痴を吐きながらもヴィヴィアンに攻撃を仕掛け始めた。


 しかしヴィヴィアンの腕が変化した蛇が吐き出す強酸でオスカーの銃弾は溶かされて無効化される。

 ならばとマイクが防弾盾を構えながら近寄ろうにも、腕の薙ぎ払い攻撃に動きを制限され距離を詰めることが出来ない。


 その光景を見ながらミントは考えを巡らせ始めた。

 一見すると鉄壁の守りに見えるヴィヴィアンの戦法だが、きっとどこかに穴はあるはずだ。


 ヴィヴィアンが蛇の両腕を鞭のようにしならせてこちらを牽制してくる。

 それをかわしながら、ミントは突破口を探す。

 その間にもオスカーマイクはヴィヴィアンの両腕をどうにかしようと奮戦しており、そしてハルとヘルガは遠距離からヴィヴィアンの本体を狙えないか探っていた。


 しかしヘルガのボルトアクションライフルによる狙撃はオスカーの銃撃同様に酸で溶かされ、ハルが《フックショット》で近づこうにも両腕の蛇に邪魔されて上手くいかない。

 二進にっち三進さっちもいかない状況にハルがイラつき始める。


「あ”--、もう!! 全然、打開策が見えないじゃないですか! 鬱陶しいなぁ!」


 そうやって声を荒げるハルをミントが宥める。


「落ち着いてよハル。そうやって顔真っ赤になっちゃったらあいつの思う壷だよ」

「でも、こうしている間にマスターがあのハロルドに怪我でも負わされてたらと思うと……!」


 そう言って悲痛な表情を浮かべるハル。

 一方のミントはハルの言葉を聞いて重要な事に気付いた。


 それは戦闘に参加する前のヴィヴィアンの言った台詞である。

 人を食ったような態度のヴィヴィアンが気に入らなくてミントが怒鳴った時の事だ。


“おいお前!! 随分余裕ぶってるけど、僕たち全員を相手取るつもりかよ!!”

“ふふふ、余裕“ぶってる”ではなく実際に余裕なんだけどね。別に私は君達を倒す必要は無くて足止めしていればいいだけだし”


 先ほどの会話を思い出したミントは得心がいく。


 何の事は無い。

 ヴィヴィアンは最初に目的を全部喋ってくれていたのだ。


 奴は始めからミント達を倒そうなどという気はなく、あくまでこの体の持ち主であるクルスと寄生虫ハロルドの一騎打ちが成立すればそれで良かったのだ。

 ただそれを邪魔されたくないので、一応敵意を仄めかせてミント達の注意を自分に向けているだけだ。


 それに考えが到った瞬間にミントはやる気を無くした。

 ふう、と息を吐いて両手のダガーナイフを腰にしまう。


 それに気付いたハルがミントに問いかけてくる。


「ミント? 一体何の冗談ですか?」

「冗談なんかじゃないよ、ハル。ただボクはわかっちゃっただけ」

「わかったって、何が?」

「あいつの意図。最初からあいつは時間稼ぎしかする気ないよ。攻撃の事を一切考えてないからあんなに完璧に守れるんだ」

「じゃあ、あれを倒す必要はないと?」

「うーん、どうなんだろうね。倒せるかどうかはわからないけど、奴の隙をつくる方法なら思いついたよ」


 そしてミントは魔術《風塵》を詠唱すると強風を起こしてヴィヴィアンを一気に飛び越える。

 先ほど“トカゲの悪魔デーモン”が天井を壊してくれたおかげでミントは高く飛ぶことが出来た。

 オスカーマイクとヘルガの対処に忙しかったヴィヴィアンの頭上を、悠々飛び越える事に成功したミント。


 しかしヴィヴィアンはまるで背中に目でもついているかのように正確に腕の蛇をミントの方へ差し向ける。

 たとえ背後をとったとしてもヴィヴィアンの本体を攻撃するのは至難の技だ。


 しかしミントはヴィヴィアンに攻撃するでもなく、そのまま奴に背を向けて走り出す。

 ヴィヴィアンを飛び越えた先、つまりクルスとハロルドが向かったトラックバース方面へとミントは駆け出す。


 その瞬間ヴィヴィアンが初めて焦ったような態度を見せた。


「あっ!!! ちょっとネコ君! 戻ってきてよ! そっちはダメだって! いま二人が一騎打ちをしてるんだから!!」


 そう叫びながらくるりと体の向きを反転させるヴィヴィアン。

 それこそがミントの狙いだった。


 ミントに気をとられて不用意に背を向けたヴィヴィアンにハルが《フックショット》で接近する。

 そしてそのまま《パイルバンカーE型・改》による電撃を浴びせた。


 高圧電流を直に浴びせられ、体をビクビクと痙攣させるヴィヴィアン。

 そのままバタリと床に倒れ伏した。


 緊張感を持って戦闘しているミント達なら敵に背を向けて隙を晒すなどという失態は犯さなかったが、この戦闘をただの足止めだと認識して気を抜いていたヴィヴィアンはあっさりとハル達に背を向けた。

 そこの違いがこの結果を生み出したのだった。


 《パイルバンカーE型・改》の放電音を聞いたミントは踵を返してハル達のもとへと戻る。

 そこにはうつ伏せに倒れるヴィヴィアンとその周りを取り囲むハル達の姿があった。


 ミントはハルに問いかける。


「ハル、やったの?」

「……と、思いますけどねぇ。ピクリとも動きませんし」


 手ごたえを感じつつもどこか不安げなハル。


 ヴィヴィアンは突如両腕を白い蛇に変化させるような奴だ。

 まだ他にも何かを隠しているかもしれない。


 その時、頭を小刻みに震わせながらヴィヴィアンが口を開く。


「あーあ。負けちゃった。ずるいよネコ君、私を騙すなんて」


 目だけを動かしてミントの事を見やるヴィヴィアン。

 ミントは威張り散らしながらヴィヴィアンを見下ろした。


「どうだ! すごいだろ!」

「ああ、まんまとしてやられたよ」

「ふふん! ところで一個聞きたいんだけど白蛇」

「何だい?」

「お前はハルの電撃を食らっても平気なのか? 意識はあるみたいだけど」

「ああ、今は体が動かないだけで私は不滅の存在さ。この世界の創造主から恐怖が消えるまではね」


 そう言って力なく笑うヴィヴィアン。

 少し寂しげに笑った後でヴィヴィアンはミントに懇願してきた。


「ネコ君、君がクルスの元へ向かうのは構わない。だが、どうか二人の一騎打ちを邪魔するのだけはやめてくれ。あれはクルスが“現実に戻っても大丈夫かどうか”を試すのに最適なんだ。寄生虫ごときに遅れをとるようならクルスは現実に戻ってもダメだろうからね」

「……わかった。ボクはおにいちゃんの勝利を見届けに行く。手は貸さない。それなら構わないでしょ?」

「ああ、それでいい。ありがとうネコ君」


 今までの気味の悪い笑みではなく、今度は優しく笑いかけてくるヴィヴィアン。

 ミントがその表情をまじまじと見つめていると、後ろから背中を叩かれる。

 ヘルガだった。


「行って来いよ相棒。私は他の皆を手伝ってるからさ」


 ミント達から離れたところではナゼール達、レジーナ達、テオドール達が依然として“ヒル人間”達と激闘を繰り広げている。

 彼らを倒さないことには『世界の歪み』は正せない。


 ミントはヘルガに返事をする。


「いや、ボクもみんなを手伝った後で……」


 だがそう言い掛けたミントの背中をハルが押してきた。


「いいからミント。マスターの元へ向かってあげてください。ここは私たちで何とかします」

「ハル……」

「それに、マスターも意外とおっちょこちょいだったりしますからね。ミントが見ててあげてください」


 ハルの言葉を受け取ったミントは静かに頷く。


「わかったよ。みんな、また後で」


 そう言ってから後ろ髪を引かれる思いでクルスとハロルドの向かった先のトラックバースにミントは駆け出す。

 息を切らしながら広大な物流倉庫を走るミント。


 倉庫内はいくつかの区画に分かれており、それらはシャッターで区切られている。

 ミントはシャッター脇の従業員用のドアを開ける。



 その時、クルスの焦ったような声と銃声が聞こえてきた。


「ちぃっ!!」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は  2月12日(火) の予定です。


ご期待ください。



※ 2月12日  後書きに次話更新日を追加

※10月13日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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