322.分断
「ああ、教えてやる。ただし、この一騎打ちが終わった後でだ。楽しみは後に取って置いた方がいいだろう?」
ハロルドと向かい合ったクルスがそう言うとハロルドはウンザリしたように呟く。
「はぁー……そうやってまた“引っ張る”。趣味作家ってのは本当に厄介だよ。勿体ぶって意味深な台詞を吐いたところでそれを楽しみにする読者はここには居ないってのに……」
「何だ? お前は楽しみじゃないのか?」
「……もういいよ。お前を思いっきり痛めつけて自分から喋りたくなるようにしてやる」
そう言ってハロルドは腰に差した両刃のブロードソードを抜いた。
クルスも収納アイテムである『ベヘモスの胃袋』から散弾銃《ラヴィーネM3》を取り出す。
互いに準備を終えたのを確認したところでハロルドが告げてくる。
「戦いの前のお喋りはもう終わりだ。クルス、覚悟はいいかい?」
「ああ、お前こそ泣き喚いて俺に許しを請う準備はできたか?」
「フン、本当に性格の悪い男だよ。こんなクソ野郎に寄生するんじゃなかった」
そう言ってハロルドは懐から金貨を取り出す。
それをクルスに見せると親指でそれを真上に弾き飛ばした。
言葉が無くてもクルスにはそれが戦闘開始の合図だと理解できた。
昔見たテレビ番組でそんなシーンを見たことがあったのだ。
ハロルドはブロードソードを握る右手に力を込める。
対してクルスは手早く指で《印術》を刻んだ。
反応速度を高める《俊足》のルーンだ。
接近戦用装備のハロルドを散弾銃を使って封殺のするのが、クルスにとっての理想の展開である。
やがて真上に飛ばされた金貨が落下してくる。
緊張感が高まる二人。
そしてキィンという甲高い金属音と共に金貨が落下した。
それと同時にハロルドが距離を詰めて来る。
ハロルドの前進に合わせてクルスは《ラヴィーネM3》の引き金を引いた。
だがハロルドは巧みに身をよじってそれをかわすと、さらに距離を詰めて来た。
すぐさま散弾銃のポンプレバーを引いて排莢するクルス。
だが次射は間に合わないと悟った彼は、右手の義手を振りかぶって力の限り殴りつけた。
さすがにフユほどではないが、それでも自分の鉄拳も中々の威力であると自負していたクルス。
彼の拳に反応したハロルドは即座にブロードソードでクルスの殴打を防御する。
衝撃を受けてバランスを崩したハロルドにクルスは散弾銃の銃撃を見舞う。
再び身をよじってかわすハロルドだったが、今度は散弾が腕を掠めた。
赤い血が被弾箇所から滴る。
しかし彼はその痛みに気を留めることなく、じっとクルスの隙を窺っている。
クルスはじりじりと後ずさって距離を取り、腰に巻いたホルダーから散弾銃に装填するショットシェルを取り出す。
しかしこれは本当にリロードをしようと思っているわけではなく、ハロルドを釣る為のフェイントだ。
本来クルスは『生成の指輪』を使って銃そのものを生成してしまえば、そもそもリロードの必要も無い。
もしハロルドがクルスのリロードの隙を咎めるべく突っ込んできたらそのまま迎撃する予定だった。
しかしクルスの狙いとは異なり、ハロルドは敢えて隙を見逃し静観している。
この行動が釣りだと読み切っているのだろうか。
それを確認したクルスは悠々とリロードを完了させ、再び引き金に指をかける。
そうして油断なく銃口をハロルドに向けるクルスの脳裏にある出来事がよぎる。
以前、オスカーと模擬戦をやった時と現在のシチュエーションはよく似ている。
あくまで白兵戦を狙って来たオスカーをクルスが迎撃し続ける展開である。
あの時、オスカーは地面に落とした拳銃をフットボールのように蹴り飛ばしてきて隙を作ってきたが、今のハロルドも似たような事を考えているのだろうか。
クルスはチラリとハロルドの足元に目を向ける。
だが彼の足元には何も転がっていない。
その瞬間、ハロルドが短く言った。
「どこを見ている」
彼はデリンジャータイプの小型拳銃を隠し持っていた。
左腰のポケットから抜いたそれは、小型ながら強力なマグナム弾を発射できる《クライン》という銃だ。
《クライン》の銃口が火を噴く。
不意を突かれたクルスは反応が遅れた。
「ちぃっ!!」
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「私もボチボチ参加しようかな。見てるだけだとヒマだしね」
そう言って腰を上げるヴィヴィアン。
ヴィヴィアンはクルスの物語の悪役の動きをコピーした線虫達、通称“ヒル人間”と歩調を合わせてゆっくりとこちらに向かってきた。
ミントはハルに相談する。
「ハル、どうしよう? あいつら全員とここで戦うの?」
「いえ、分断して各個撃破した方が良さそうですね。コピー線虫に関しては動きを把握している人たちが向かった方が良いでしょう」
するとレジーナがハルに声をかけてくる。
「だったらハル。リチャードは私とコリンがやるよ」
「ええ、お願いします」
ハルが頼むと彼女はコリンを連れてリチャード・ダーガーを模したヒル人間と対峙する。
久々に手にしたという巨大なグレートソード“鉄板”と《マンゴーシュ》の変則二刀流を構えるレジーナ。
その後ろに控えたコリンは《魔術》でのバックアップ体制だった。
二人を見送ったミントにナゼールが話しかけてくる。
「ミント、こっちは任せろ」
ナゼール、レリア、ポーラ、そしてチェルソは“吸血鬼”チェルソの動きをコピーしたヒル人間の相手をするようだ。
チェルソ本人だけでなく周りの眷属も厄介そうである。
ミントはナゼールの言葉に頷く。
「うん、若様も気をつけて」
ナゼールと言葉を交わすミントに、今度はヘルガが話しかけて来る。
「ミント、見ろ。フユは自分のコピーと戦うみたいだな」
向かい合うフユと“ルサールカ”。
しかし性能で見れば同型の二体のアンドロイド同士の戦いはどう転ぶか読めない。
ミントがそう考えた時、横に居たハルがテオドールとフォルトナ、リリーに頼み込む。
「テオドール、フォルトナ、リリーちゃん。フユを助けてあげてください」
ハルの頼みを快く引き受けるテオドール。
「ああ、任せとけ! 行くぞお前ら」
テオドールの威勢の良い掛け声とともに、彼ら三人はフユの元に向かう。
こうして担当を決めて、残ったのはミント、ハル、ヘルガ、そしてオスカーマイクだ。
彼らに向かってヴィヴィアンが口を開く。
「さて、君達が私の相手か。失望させないでくれよ」
ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべるヴィヴィアン。
ミントは油断なく腰から抜いたダガーナイフを構える。
五対一の状況ではあるが奴が普通の人間ではないことは一目見て明らかである。
そしてそのミントの予想はすぐに実証される。
「さてと、この姿で五人を相手にするのは厳しいねぇ……。キキキ」
歯をカチカチと鳴らしながら耳障りな声を上げるヴィヴィアン。
その様子をミントが警戒しながら見つめていると、次の瞬間ヴィヴィアンの両手が変化する。
奴は変化した両腕をこちらに伸ばしてきた。
ミントはすんでのところでそれをかわし、距離をとる。
そして改めてヴィヴィアンの両腕に目をやると、奴の両腕は蛇に変化していた。
ヴィヴィアン本体と同じく真っ白い色をした蛇だ。
その蛇の腕を大きく横に薙ぎ払って攻撃してくるヴィヴィアンだったが、ミント達は全員その攻撃をかわした。
両腕の蛇はクネクネと身を捩らせながら血のように真っ赤な目でこちらを睨みつけてくる。
するとそれを目にしたハルがヴィヴィアンに問いかける。
「その白い蛇……お前、もしかして……」
「おっ、凄いねえ気付いたかい? そうさ、私は『白い鯨レヴィアタン=メルヴィレイ』と君らが呼ぶ存在と同一のものさ」
「やはりそうでしたか。あの鯨にはマスターに作っていただいた体を壊された事があります。その時の屈辱を晴らさせてもらいますよ」
「ははは、威勢が良いね。だが果たして君にそれが出来るかな?」
こちらを嘲るように聞いてくるヴィヴィアン。
その言葉にハルの代わりにミントが叫んで答える。
「出来るかどうかじゃない! “やる”んだ!」
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 2月11日(月) の予定です。
ご期待ください。
※ 2月11日 後書きに次話更新日を追加
※10月12日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。




